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2 動乱の後始末


 ヒモグラーが一掃され、城内を見回った警護隊が丸々と太った頭の薄い中年男と、女性、そして男の子を連れて現れた。

 ラインズ侯爵とその娘、そしてその孫であった。


「は、離せ! わしにこんな事をして、ただで済むと思ってるのか!」


 ラインズ侯爵が怒鳴り声をあげる。カサンドラは静かに言った。


「ただで済まないのは貴方の方です、ラインズ侯爵。帝都に火を放った犯罪者集団を庇っていた――つまり共犯、あるいは一味と考えてもおかしくない。ヒモグラーがこれまで襲ってきた貴族の家は、貴方の政敵ばかりだ。貴方こそが主犯だと考えてもいいくらいだ」


 カサンドラの言葉を聞くと、ラインズ侯爵は途端に青ざめた表情になった。


「ち、違う! わしはゴードンに頼まれて城を貸しただけだ! 犯罪者の隠れ場所になるなんて知らなかったんだ!」

「……その言い分が通るといいがな」


 カサンドラはそれだけ言うと、拘束している警護隊員に頷いた。警護隊員が、ラインズ侯爵を連行する。連行されながらも、ラインズ侯爵は何かを喚いていた。


「カサンドラ!」


 突如、カサンドラを怒鳴りつける女の声が響いた。ラインズ侯爵の娘で――ケリーの妻であるガーニャであった。


「あんた……夫に未練があるから、うちをこんな目に合わせたのね! うちの財産が目当てなんでしょう!」

「……何を言ってる? 犯罪行為に加担したのは、お前の父親と――夫だ。お前の家は……もう終わりだ」


 カサンドラの言葉を聞くと、ガーニャはぶるぶると震え出した。


「ど、どうしてあたしがこんな目に合わきゃならないのよ。あたしは何もしてないし……何も悪くないわ――。あたしはこれから、どうしたらいいのよ……」

「……何もしなかったことが、お前の罪だろう」


 カサンドラの言葉に、ガーニャは憤りで顔をあげる。


「なんですって!」

「父親と夫が犯罪に加担しているのに、それを制止しなかった。それを止められたのは、お前だけだったかもしれないのに――けど、お前はこんな状況になっても、子供のことではなく、自分の身の事だけを考えてる。……それが、お前の罪だ」


 カサンドラの言葉に、ガーニャは激昂した。


「ふざけるんじゃないわよ! あたしに説教しようっての!? 下級貴族の分際で、あたしに対等に口きくんじゃないわよ!」

「お前はもう上級貴族ではなく、犯罪者の仲間だ」


 カサンドラは憐れむように言った。ガーニャが驚愕に眼を見開く。

 と、その口から号泣が始まり、ガーニャは崩れ落ちた。


「もういい。連れて行ってくれ」


 カサンドラが言うと、泣き叫ぶガーニャを警護隊員が連行していく。

 その背中に、男の声が発せられた。


「ガーニャ!」


 ガーニャは振り向く。その声を発したのは、首にリストレイナーをつけられ、手首の捕縛されたケリーだった。

 しかしガーニャは憎々し気にケリーを見ると、吐き捨てるように声をあげた。


「お前のせいだ! この役立たずのクズが!」


 ガーニャはもう、夫も――そして残された息子も振り向かずに、歩き去っていく。

 ケリーはうなだれて、膝をついた。


 その背中を見ているカサンドラは、苦渋の表情を浮かべる――そして、かける言葉は持っていなかった。


*  *   *

 夜、皇帝の部屋にエリナは来ていた。


「――ですからね、この帝都の動乱は皇帝の権威を失墜させるための工作なのよ」


 エリナはソファに座るレオンハルトにそう言った。


「余の権威が、こんな事で失墜すると?」

「犯罪者を取り締まることもできず、記念祭に一斉に帝都を焼かれる。そして計画では、その首謀者も捕まらない――という筋書きだったんでしょう。帝都警護隊も力がないものと見做されるし、皇帝陛下ももう力を持ってない――そう思わせるのが狙いなんじゃないかしら」


 もう完全に皇帝に対して、ほぼため口をきいてるエリナだが、レオンハルトは気にした様子もない。むしろレオンハルトは愉快そうだった。


「ほう。それで余をどうしようというのだ?」

「政治は枢密院かなんかに任せて、お飾りとして君臨するだけの存在として退場してもらう――ってところじゃないかしら?」

「まあ、余はそれでも構わんがな。政にも飽いた」

「ダメです!」


 エリナは眼鏡の奥の眼を剥いて、レオンハルトを怒鳴りつけた。


「そんな連中に政治を任せたら、自分たちの利権ばかり守って、民衆は貧窮に喘いでもほったらかし――いや、むしろなお搾り取ろうとするかも。国中に異民差別が浸透して、不当な処遇や暴力なんかが街に横行する――最悪です」

「最悪だな」


 レオンハルトは他人事のように笑った。


「しかし、そういう中から強く生きる者が現れるかもしれん」

「弱い者はそこで、声をあげられずに涙を流します。誰もがご自分のように強くなれるのではないんですよ?」

「エリナは皇帝を怒鳴りつけるくらいに強いではないか」


 レオンハルトが、からかうように混ぜっかえす。エリナはちょっと膨れた。


「もう。冗談はいいですから、ここで皇帝の権威をババーンと取り戻してください!」

「一体、何をしろと言うのだ?」


 エリナは人差し指をたてる。


「帝都復興です! しかも、皇帝自ら!」

「……そなた、余を働かせようとしておるのか?」

「その通り! 明日は帝都祭二日目。皇帝は消失の一番ひどい地域に行って、そこで復元魔法で焼失した建物を復元するんです!」

「人使いが荒いな」


 レオンハルトは笑った。


「けど、皇帝自ら街を復元してもらった民衆は、もう感動で感激! 全部直す必要はないんです。ある程度まで復元したら、後はむしろ新しく街を自分たちで創れるようにした方がいいと思います」

「ふむ……。しかし余の力だけでは、復元できる広さも限界があるな。帝都にいる上級魔導士六人を召喚して、復興隊を形成しよう。余一人より、帝国に人材がいる、という事の方が、他国への風聞としても効果がある」


 レオンハルトはそう言うと、エリナに微笑んでみせた。

 その言葉を聞いたエリナは、さらなるアイデアがひらめいたように声をあげた。


「ならいっそ、帝都祭が終っても、キャラバンみたいに巡回して復興してまわるのはどうでしょう? 各地域で、皇帝への忠誠度は爆上がりになりますよ!」

「なんだ、バク上がりというのは? ……まあ、しかしそれは面白い計画だ。そうだな、帝都に限らず――復興が終わったら、一度、帝国領内を自分で見て回るのもいいやもしれぬな……」

「それ、凄くいい考えですわ!」


 エリナはレオンハルトに微笑んでみせる。


「私の意を汲んでくれて、ありがとうございます、陛下」

「――その時、余の傍にいる気にはならないか、エリナ?」


 レオンハルトは、静かな瞳でエリナを見つめた。


「……政や色恋などもう飽いたと思っていたが――。お前と一緒だと、世の中が面白く思える。こんな気分は……久しぶりだ」


 真面目にエリナを見つめるレオンハルトに、エリナも眼鏡の奥の瞳を向けた。


「レオ様……前にも一度申し上げたように、未だ片付いてない事がございます。それが――終わったら……」


 エリナはソファに座るレオンハルトの傍へ歩み寄った。

 手すりの上に置かれたレオンハルトの手に触れる。


 その上から触れた手を、レオンハルトが軽く握り返した。

 静かに引かれた手に導かれるように、エリナの顔がレオンハルトに近づく。


 二人の唇が近づくなか、レオンハルトは囁いた。


「終わったら……余のものになってくれるか?」

「――なりません!」

 

 レオンハルトの言葉を聞いた途端に、エリナはバンと身体をあげてレオンハルトから距離をとった。レオンハルトが驚きに絶句する。


「私はものではありません! それがたとえ――皇帝陛下のものであっても!」


 エリナは挑戦するような目つきを、レオンハルトに向けている。

 ――と、レオンハルトは笑い出した。


「ハッハッハ! しまったな、これは! 余としたことが失敗したらしい。そうか。そなたを余のものにはできぬか?」

「……はい」

「フフフ……そうでなくてはな。そうでなくては、エリナではあるまい。よかろう。そなたを余のものにはせぬが、余がそなたを抱ける可能性はあるのか?」

「それは……まあ…」


 エリナは少しうつむいて、赤くなりがら答えた。と、慌てて言い添える。


「けど、すぐじゃありませんからね!」

「判っておる。――よいぞ。余は時間があるからな。……待っておるぞ」


 レオンハルトは愉快そうに、笑みを浮かべて見せた。


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