2 帝都祭の動乱
パーティーも終わり、片付けの後の入浴中にエリナはカサンドラに言った。
「なあ、カサンドラ、私たちが帝都に来て、そろそろ一ヶ月だ。私は今度の帝都祭が終ったら、オーレムに帰ろうと思っているんだけど」
「奇遇だな、私もそうしようと思っていたところだ」
カサンドラは微笑した。と、エリナは訊く。
「いいのかい? これから新たな修行段階に入るんじゃないの?」
「いや、むしろ仕上げ段階――という感じだ。多分、一週間あれば両方ともものにできる……し、またそれを目標に研鑽できる」
カサンドラは静かに微笑む。それを見てエリナは、声をあげた。
「さすが、カサンドラ! だてに美乳じゃない!」
「胸は関係ないだろ! ……というか、お前、オーレムに帰ってからもこの調子でいくつもりか?」
呆れ顔のカサンドラに、エリナは神妙な顔をして言った。
「いや……ちょっと真面目なクオンくんには刺激が強すぎるし、それにキャルちゃんの前では、『知的で、ちょっとおちゃめなお姉さん』でいたい」
「……お前、そういうつもりだったのか?」
「――って、考えると、もうカサンドラのおっぱいを揉めるのは今だけ! この機会を逃してはいけない!」
「だから、胸に触るな!」
エリナとカサンドラは、また湯船の中でばちゃばちゃと争った。
* * *
翌日の夜、エリナは皇帝レオンハルトの部屋に、いつものように招かれていた。
エリナは紅茶を淹れながら、レオンハルトに背中を向けたまま告げる。
「今度の帝都祭が終ったら……オーレムに戻ろうと思っています」
レオンハルトが、微かに驚きの表情をみせる。が、すぐに皮肉な笑みを浮かべ、エリナに言った。
「向うに――いい男でもいるのか?」
「可愛い少年と、可愛い少女が、私と美乳美女の帰りを待ってます――帰らないと」
「帰って何をする? そういえば……冒険者だったか?」
「ええ」
レオンハルトはソファに身体を預けながら、エリナに言った。
「モンスターと戦って、些少の糧を得る――そんな事をせずとも、余の傍にいれば贅沢な暮らしをできるのだぞ?」
「……そんな暮らしが、それほど面白くないものであることは――陛下が一番、ご存知でしょう?」
エリナの言葉に、レオンハルトは真面目な面持ちになった。が、すぐにため息をついて、エリナに言った。
「……そなたには敵わんな」
「お褒めに預かり――」
光栄です――という言葉を発する前に、エリナは背後にレオンハルトの気配を感じた。そのままでいるエリナを、レオンハルトは柔らかく抱きしめる。
「余では……そなたの心を掴むことはできなんだか?」
「レオ様――」
エリナは息をつくと、自分を背後から抱きしめたレオンハルトの手を、その上から自分の手で触れた。
「まだ――駄目なのです」
「まだ?」
エリナは頷くと、レオンハルトの腕の中で身体を回し、レオンハルトと向きあった。みつめあう二人の視線がぶつかりあう。
「私は……異世界から訳も判らずこのノワルドに転生して――殺されかけました。それをなんとか逃れて仲間に会ったけど、お金もなく、食べ物もなく、あばら屋に隠れ住んで――あったかいお茶が飲めたら、それが本当に贅沢だった。一枚の毛布をみんなでかけて暖をとって寝た……そんな仲間たちなんです」
「……そうか」
レオンハルトは、その背後にあるものを懐に収めるように頷いた。
が、レオンハルトは腰に回した手を引き寄せる。
「力づくで――そなたをとどめることもできるのだぞ」
「……抜け殻の私でよければ――そうなさいませ」
エリナの言葉に、レオンハルトは苦笑した。
「敵わんな……しかし、『まだ』とは?」
「色々なことが片付いてないのです。それが片付き、私たちがお互いに支え合わなくても立っていられるようになったら――皆、一人一人の活動をするようになるかもしれません」
エリナがそう言うと、レオンハルトは微笑んだ。
「では――それまで待つとするか」
「陛下の心が変わってしまうかもしれませんが」
「余には時間がある。気長に待つとしよう」
レオンハルトは微笑んだ。
「少なくとも、帝都祭までは、そなたは此処に来てくれるのだろう?」
「はい、レオ様」
エリナは微笑して見せた。
* * *
帝都祭当日、カサンドラはガルドレッドとともにいた。
「警護の手伝いまでしてくれて、すまないなカサンドラ」
「いいえ。一緒に訓練した仲間たちですから、最後までご一緒させてください」
カサンドラは笑ってそう言った。
この一週間、カサンドラは帝都警護隊の中で訓練に混ざり、警護隊員とともに汗水を流した。警護隊員たちにとってもカサンドラの実力は別格であり、すぐに尊敬の念を集めるとともに、仲間として受け入れられたのだった。
帝都祭は三日間にわたって行われ、街は既にお祭り一色で飾られていた。
狭い通りには建物間に縄が渡され、色とりどりの三角紙がそこに並んでいる。
通りには出店が並び、大道芸人が広場で芸を披露していた。
その初日、帝都大通りを皇帝レオンハルトがパレードで進行する。
人々が待っているのはその皇帝のパレードであり、カサンドラたちはその皇帝の玉車の警護に就いているのだった。
「では、行くぞ!」
ガルドレッドの声とともに、皇帝の乗った玉車が動く。
帝城の大門が開き、玉車がその門をゆっくりと進んでいった。
城門の前に集まった人々から、歓声が上がる。
「皇帝陛下だ!」
「レオンハルト様だ!」
人々が歓声をあげるなか、玉車は大通りを進んだ。
皇帝の座る玉座のすぐ傍に、『皇帝の黒剣』ジュール・ノウが身を潜めるように控えている。
玉車の前には馬に乗った警護隊員が人々をかきわけ、玉車の進む場所を作っている。ガルドレッドとカサンドラの乗る車は、玉車の後ろからついていた。
大通りを進み、やがて玉車は中央広場に到達した。
玉車から、用意された高台にレオンハルトは移る。その演説台にレオンハルトが姿を現すと、民衆の声は一斉に高まった。
レオンハルトは手を上げると、その凄まじい歓声を鎮める。
「皆の者、歓待を感謝する」
レオンハルトの第一声に、観衆が沸き立った。
レオンハルトは、演説を続ける。
「神聖帝国の太守城はオーレムにあり、その頃はオーレムがこのガロリアの中心都市であった。此処、ケイムはその頃は、畑ばかりの小さな田舎街であった」
レオンハルトの演説に、人々から笑いとため息が漏れる。
「しかし余は、このケイムに神聖帝国の色のついていない、新しい街を築こうと思った。そう思い、ケイムに城を築き、余は神聖帝国からの独立の足掛かりを作った。それから160年――このケイムは世界に誇る都市となった。それはこのケイムに生きる、全ての者の誇りでもある!」
レオンハルトの言葉に、どよめきとも言える歓声が上がった。
「この記念すべき日を、ともに祝おう! 帝都ケイムに、祝福あれ!」
レオンハルトはそう言って、手をあげた。
『祝福あれ!』のエールが、観衆の間でこだまする。人々の熱狂の最高潮を受けて、レオンハルトは再び玉車に戻った。
――と、その瞬間、レオンハルトは思いがけぬ光景に腰を上げた。
「あれは……帝城が燃えている!」
今、出たばかりの帝城から、煙と炎が上がっている。
そう確認した矢先、帝都のあちこちから悲鳴が上がった。
「火事だ!」
「火が回ってるぞ!」
火災の起きてる現場は五、六ケ所に留まらない。
「なんだ! 一体、何が起きている!」
ガルドレッドが声をあげる。その時、突然、レオンハルトの傍にエリナが現れた。
「レオ様――動乱が仕掛けられたようです」




