第三十五話 帝都祭事件 1 父の技
カサンドラは、道場でガルドレッドと向き合って座っている。
その白い口髭を一撫ですると、ガルドレッドは話し始めた。
「儂とゴライアス――この間、帝都警護隊の総隊長を拝命した男だ。あの熊耳だ、判るな?」
「はい、判ります」
「儂とあの熊と、そしてお前の父バリー……儂ら三人は、師ラルダー・バーミリオンの元で修行し、皆、皆伝を得て上級剣士の認定を受けた。そして軍に入り、それぞれの場で活躍した。我らは、自分たちがこの世界で最も強い剣士だ――そんな風にうぬぼれていた」
ガルドレッドはそう言うと、苦笑した。カサンドラは口を開く。
「そう思っても……充分だったのでは?」
「ジュール様の戦いを見るまではな」
ガルドレッドの言葉に、カサンドラは息を呑んだ。
「――17年前の戦争の際、ジュール様は『聖人剣士』リュート・ライアンと三日三晩を不眠不休で戦った。『ゼストレ峡谷の戦い』だ。儂らはあの戦いを……間近で見た」
ガルドレッドが懐かしむような顔をする。
「それはもう、儂らの想像をはるかに超える戦いだった。儂らはまったく、ヒヨコだった……そう思ったのだ。それからバリーは、ジュール様の戦い方に近づけるように、自分で気力の技を磨き始めた。その練習相手に、儂らもなった。そしてバリーは生み出したのだ。『気功域』を」
「父が……生み出した技――」
カサンドラは、その事実に改めて息をついた。
「あの気功域が、ジュール様の気力技に近いのですか?」
「そうだな……ジュール様は、まったく問題にならないほど次元の違うお方だ。だが、かなり近い技を生み出したと言える。バリーは惜しみなくその方法を儂とゴライアスに教え、我らは互いに切磋琢磨し剣を磨いた。――結果、我らは皇帝直下の配下『獅子王戦騎団』に名を連ねるという光栄に預かることになった。実のところ――儂はバリーがいなければ、そこまでは行けなかったと思っている。バリーは儂の恩人であり、かけがえのない親友だ」
心なしか、ガルドレッドの眼が潤んでいる。
「バリーが死んだ後――その娘であるお前には、なんでもしてやろうと思った。それが儂の親友への感謝の気持ちだからだ」
「申し訳ございません……私が愚かなばかりに……おじ様の元を離れてしまいました――」
カサンドラは頭を下げて謝る。しかしガルドレッドは笑った。
「もう済んだことだ。それに儂は、お前は必ず剣の道に戻ると信じておった。お前は……あのバリーの娘なのだからな」
「おじ様――」
カサンドラは、胸が締め付けられる想いで師をみつめた。
しかしガルドレッドは、不意に寂しげな表情を浮かべていた。
「……お前の兄、グラントは非常に剣に才能があった。しかし非常に心優しい青年だった」
「――はい…」
「その優しさからか、剣筋に厳しいところが足りないと、いつもバリーはぼやいていた。多分、世間の厳しさを知ることが、剣に厳しさを生むと思ったのだろう。バリーはグラントを軍に入れた。しかし……優しすぎたグラントは、教練の最中に自殺した。その真相は判らずじまいだったが――」
ガルドレッドはそう言うと、息をついた。
「バリーにとって、真相はどうでもよかった。ただグラントが死んだこと――その事実だけが真実で、バリーはそれに打ちのめされた……。バリーは言っていたのだ。自分の生み出した剣技を、グラントに教えたいと。心優しいグラントだからこそ、きっとグラントは自分より高みに行けると――そう言っていた」
カサンドラの眼に、涙が滲んだ。兄が死に、まったく生気を失くした父バリーの背中を見ていた風景が甦る。その父を少しでも励まそうと、カサンドラはガルドレッドに弟子入りしたが――父は、それを顧みることはなかった。
ガルドレッドは、カサンドラを見つめて言った。
「だがな、カサンドラ。お前に気功域を教えることで、儂はバリーの意志を少しだけ実現できたと思う。お前がこの技を習得することを……誰よりお前の父が喜ぶだろう」
「はい……おじ様。私も――そうであってほしいと思います」
カサンドラは涙をにじませながら、ガルドレッドにそう告げた。
ガルドレッドはその言葉に深く頷いた。
「今の段階まで剣技が磨けているという事は、気力も相当にコントロールできるという事だ。この域まで来れば、気功域を作るのはそれほど難しいことではない。が、それを実戦の中で使いこなすのは難しい。そのために明後日から、お前はゴライアスのいる警護隊へ行って稽古をしなさい」
ガルドレッドの言葉に、カサンドラは驚いた。
「帝都警護隊の――練習に参加するという事ですか?」
「そうだ。ゴライアスの指揮の下、実戦想定で、気力・魔力・霊力の三力すべてを駆使した訓練が向こうでは行われている。剣技でお前に勝る者はおらんだろうが、総合力ではかなりの猛者もいるだろう。その中で、気功域を自分のものにせよ」
「――はい、判りました、おじ様」
と、返事をした後で、カサンドラは首を傾げてみせた。
「ところで、おじ様、何故『明後日』から? 明日からではないのですか?」
「うむ。明日は屋敷で、お前の上級剣士認定祝をやりたい――と、道場生たちが言うのでな」
「え?……」
カサンドラは驚いて目を丸くした。
「お前が道場から、警護隊の方に移る、という話もしてある。ある意味、お別れパーティーのようなものだろう。カサンドラ、つきあってやりなさい」
「はい……私なんかのために…みんなが――」
カサンドラは胸に詰まって、言葉を呑み込んだ。
翌日、夕方のガルドレッド邸に道場生たちが集まってきた。
と、ノースリーブの緑のドレスの身を包んだエリナが声をあげる。
「は~い、皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます! それでは、主賓の入場です!」
場内が一斉に暗くなる、と同時に、入り口に向かって光魔法が照射された。
ドアが開き、カサンドラが入場してくる。
「お、おい、エリナ……この格好は――やりすぎなんじゃ……」
顔を赤らめながら入ってきたカサンドラは、深紅のドレスを身にまとい、肩も胸元もぎりぎりまで露わで、スリットからは大腿が覗いていた。
「さあ、主賓はこちらへ~」
エリナがカサンドラの手を引っ張って、場内へ連れてくる。
と、部屋が明るくなった。
「うっ――ぶ……」
クロイドが真っ赤になって口を抑える。
コニーその他、道場生男子たちがカサンドラの麗しい姿に顔を赤らめつつも釘つけになった。
その顔を赤らめたコニーを、アルデが横目で見ている。
それに気づいたコニーは、慌てて弁解した。
「い、いや、あの――僕は純粋に綺麗だなって、ビックリしただけで……」
「ふ~ん…」
アルデがジト目でコニーを見る。コニーは狼狽した。
そんな事が展開されつつ、カサンドラは挨拶をし、花束をもらう。
やがてパーティーはそれぞれ飲食する場に変わっていった。
と、アルデが涙目になって、カサンドラに訴える。
「師範! わたし、カサンドラ師範にもう稽古をつけてもらえないなんて――悲しいです!」
「いや、君は凄くいい剣士だ。今のまま、もっと技を磨くといい」
カサンドラは少し飲んだシャンパンに顔を赤くしながら、そう答える。
カサンドラに褒められたアルデは、嬉しさに顔を赤くしながら涙目になる。
「わたし! カサンドラ師範に憧れてるんです! カサンドラ師範みたいな剣士になることを目指します!」
「嬉しいな、アルデ。けど、目標はまだもっと高い処にもある。私もまだ――上を目指している立場なんだ。お互いに研鑽しよう」
「カサンドラ師範……」
アルデは感動で唇を震わせている。
その隣で、エリナがコニーに囁いていた。
「ところでコニーくん、その後、アルデちゃんとはどうなんだい?」
「ど、どうって?」
コニーがしどろもどろになって答える。
エリナは悪い目つきで、コニーを見た。
「決まってるだろう! ヒモグラーから守って、ちょっとはいい感じになったんじゃないのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「お! なにかあるね?」
エリナの追及に、コニーは顔を赤らめながら、もぞもぞ言う。
「一週間後にある帝都祭で、一緒に出かけようってことになってて――」
「おぉ! デートじゃないかぁ! やるなあ、コニーくん!」
「そ、そういうわけじゃないって!」
赤くなるコニーを見ながら、エリナはふと呟く。
「そういえば……一週間後は、私たちが帝都に来て、ちょうど一ヶ月くらいか――」
エリナは道場生に囲まれるカサンドラに、ふと目をやった。




