4 魔人皇帝レオンハルト
二十体はいるだろうと思われるヒモグラーの全てが、いきなり床に押し潰さる。
ヒモグラーたちが声をあげた。
「な……なんだ…これ――」
「う、動けねぇ……」
エリナは傷ついた警護役に治癒をを施しながら、驚愕した。
「ウソ、あのヒモグラーたちは並外れた怪力を持ってるはず――それが…抵抗すらできないの?」
その時、皇帝の低く深みのある声が発せられた。
「お前たちが最近、帝都を騒がせてる犯罪者どもか。それは余に逆らう――という事だな?」
レオンハルトは、その鋭い目つきで床に這いつくばるヒモグラーたちを睥睨する。
「に……逃げられねぇっ!」
「ヒぃ――た、助けてくれ!」
レオンハルトが短く言った。
「お前たちにかける慈悲はない」
レオンハルトが右掌を前に出す。その掌から、小さな黒い球が現れた。
「消失点」
その黒い球が床に這いつくばるヒモグラーたちに発射される。
ヒモグラーたちは重力から解放されて、その身を起こした。
「う、動ける!」
「逃げるぞ!」
ヒモグラーたちがレオンハルトから逃げ出そうと走り出す。が、その背中に発射された黒い球が迫った。
突然、一番、近くにいたヒモグラーの身体が歪む。その背中が骨を折ることなく、その存在自体を歪めるようにしてたたまれ――そして黒い球に吸収された。
「え……」
エリナは驚きに眼を見開いた。
驚ている間にも、ヒモグラーたちは次々にその黒い球に吸収されていく。
「「「た、助けてくれ!」」」
「「ヒィッ、に、逃げられ――」」
頭から吸い込まれる者、足から、手から、背中から――その小さな球は、逃げるヒモグラーを次々と吸い込んでも、その姿を変えない。その吸収の際には、風すら起きず、ただ空間の歪みに巻き込まれるだけであった。
悲鳴と絶叫の中、ヒモグラーたちは一体残らず黒い球に吸収されて消えた。
エリナもサラミスも、警護役の全ての者も――その魔法に圧倒され声も出せない。
が、その沈黙を破るように、火を噴いた屋敷の一部が崩れようとする。
サラミスが声をあげた。
「陛下、此処は危険です! 早く避難してください!」
「ふむ……」
レオンハルトは炎をあげている二階に掌を向ける。
「真空空間」
緑の線に囲まれた巨大な立方体が二階に発射され、それが炎をあげる箇所と重なる。と、その途端に炎が消えた。
「な――」
サラミスが驚きに絶句する。
レオンハルトは平然とした顔で、その緑の立方体を動かしていく。
「奥に生きている者はいるか? 真空で包み込んで消火するが」
「い、いえ、皆ここにいます、陛下」
サラミスの答えを聞くと、レオンハルトは緑の線で囲われた立方体を超巨大化させた。と、屋敷のあちこちにあがっていた全ての業火が消えていく。
「あ、ありがとうございます、陛下! 消火までしていただき――」
「まだ終わってない」
レオンハルトはそう言うと、両手を左右に広げた。
「修復」
レオンハルトの両手から紫の光が迸り、屋敷内全体を照射した。
と、焼け崩れた屋敷が、みるみるうちに元へ戻っていく。
「修復魔法? ……しかし、こんな大掛かりな――」
サラミスが絶句する。エリナもその驚きに、眼を見開いていた。
やがて焼け崩れた屋敷は、全て完全に元の状態へと戻った。
「エリナ、負傷者はどうした?」
「はい、もう治癒を終えました。幸い、死者はいません」
「そうか。ならば帰るか」
レオンハルトはそう言うと、エリナに向けて手を差し出した。
と、レオンハルトの足元に、サラミスが平伏する。
「陛下! 命を救っていただいたのみならず、屋敷まで修復していただけるなど――光栄の至りでございます! このサラミス、一生、陛下に忠誠を誓い、この身を賭してお仕えいたします!」
「「「我らも同じ所存です」」」
サラミスの家臣たちも平伏して、その声をあげた。
レオンハルトは深みのある声で、サラミスに言う。
「うむ。頼りにしているぞ――サラミス」
「はっ! ははぁっ!!!」
サラミスは涙を流しながら、頭を床にこすりつけた。
家臣たちも皆、感涙にむせいでいる。
「ところでサラミスーー」
「は、はい!」
レオンハルトは、微笑して見せた。
「今夜のことは、内密にな」
「はっ! 了解いたしました!」
サラミスの返事を聞くと、レオンハルトはエリナの方を向いて口を開いた。
「では帰るか、エリナ」
「はい、レオ様」
レオンハルトから差し出された手を取ると、レオンハルトは逆の手でホールを作る。と、その中に踏み出し、二人はその場を後にした。
ホールを出ると、元の皇帝の居間である。
つないだ手を放すと、レオンハルトがエリナを振り返った。
「エリナ、今夜は面白かったな」
そのいたずらをした後の少年のような微笑みに、エリナは目を丸くした。
「面白かった……ですか?」
「フフ……街の様子も見れたし、噂の犯罪組織とも遭遇したしな。いい退屈しのぎになった」
レオンハルトはソファに身を沈める。と、留守番をしていたライガが寄ってきて、その膝に顎を乗せる。レオンハルトは、その頭を撫でた。
「エリナ、ワインを少しくれ」
「判りました。けれど――レオ様の魔法、魔力の高さには驚きました」
レオンハルトは差し出されたワイングラスを受け取ると、こともなげに言った。
「余にとっては造作もない事だが、一つ一つは上級魔法だからな。あまりその辺でみかける事はないだろう」
「それにしても――レオ様の懐の深さに感服いたしましたわ」
レオンハルトは、まだ立ったままでいるエリナを上目で見る。
「サラミスは真面目で忠義に厚い者だ。ああいう家臣を守るためなら、余は全ての手を尽くす」
エリナは微笑んだ。
「どうだ。余に惚れたか?」
「すこし」
いたずらっぽく笑いかけるレオンハルトに、エリナも笑って答えを返した。
* * *
翌日の朝稽古を終え、エリナとカサンドラは昼食前に入浴する。
一緒に風呂に浸かりながら、エリナの話を聞いたカサンドラが驚愕の声をあげた。
「なにっ!? ……昨夜、皇帝陛下とヒモグラーに遭遇して、戦っただと?」
「あ、戦ったのはレオ様だけだけどね。私は手を出す暇もなかった」
「なんだ、そのレオ様という呼び方はっ!?」
驚愕の色を隠し切れないカサンドラに、エリナは昨晩の事を話して聞かせる。
カサンドラは大きな息をついた。
「皇帝陛下の魔法力とは……そこまで凄まじいものか――」
「やっぱり……凄いんだよね?」
「無論だ! 修復魔法自体が、物体の時間軸を戻す高難度の上級魔法だ。しかしそれを屋敷単位でかけるなど……信じられん…。やはり『魔人皇帝』との異名は、伊達ではないということか――」




