3 暴れん坊皇帝
手をつないだレオンハルトとエリナは、空間の歪みから外に出る。と、そこは夜の街中であった。ただし、二人の姿は誰も見ることはできない。
「ほう……これが夜の帝都か。――皇帝になってからは、久しく街に出ていないな」
「あんまり声を出すと、ヘンですよ。声は外に聞こえますからね」
「そうなのか。喋っても洩れないのかと思っていたが……」
見えないレオンハルトが、微笑を洩らす雰囲気がした。
しばらく夜の街を歩く。誰も皇帝の存在に気づく者はいない。
レオンハルトが囁いた。
「フフ……面白いものだな、エリナ」
「どっか、入ってみたい処とかあります?」
エリナも囁いてみる。
囁きが返ってくる。
「そうだな――酒場へ行ってみるか」
「じゃあ、行きましょう!」
酒場に行くと、さすがに人が多い。
手をつないでいるエリナとレオンハルトは、人混みをかき分けるように歩く。
が、たまにぶつかる。ぶつかられた方は、妙な顔をしている。
「レオンハルト様、ちょっと混んでます。腕組みますね」
「名前もあまり出さぬ方がよいだろう。――レオでいい」
「じゃあ、レオ様で」
エリナはレオンハルトの腕をとると、自分の腕を絡ませた。
レオンハルトがどういう顔をしているのかは――判らない。
酒場は客で賑わっている。冒険者風の者も多いが、一般の客の姿もみえた。
皆、楽しく飲んでいる風景がある――
と思っていたが、一角から声が上がった。
「おいおい、ちょっとこの辺、ケモノ臭いんじゃないの?」
「まったくだな。妙な匂いが混じってるぜ」
男の三人組が、一つのテーブルの傍を通る時に言い捨てる。
そのテーブルには、犬耳、猫耳の男と、兎耳の女性の三人が座っていた。
犬耳の男が血相を変えて席から立ち上がる。
「なんだと、貴様ら! 今、何か言ったか!?」
「言ったが、どうした? え、ワン公よ」
「貴様……」
歯を剥き出しにして怒る犬耳に、兎耳の女が手を触れて止めようとする。
「ちょっと、やめなよ。みんなに迷惑になるから!」
「そうだ! お前らは存在自体が迷惑なんだよ」
男の一人が嘲笑するように言った瞬間だった。
席に座っていた猫耳が消えた。
と、男の背後に、その姿が移っている。
そして鋭い爪を、男の側頭部にあてがっていた。
「……迷惑なのは、お前らのような存在だ」
猫耳が静かに呟く。男は冷や汗を垂らしながら、その場から離れた。
三人で固まった男たちは、強張った顔を隠すように声を上げる。
「へっ! この店は空気が悪いぜ! よそへ行くぞ」
「「おう!」」
男たちはそれで体裁がとれたつもりか、足早に店を出ていった。
猫耳と犬耳が席に戻り、兎耳が二人に何か言っている。
と、腕を組んでいたレオンハルトが、不意に店の外へ歩きだした。
店の外へ出ると、レオンハルトが呟く。
「異民差別が、こんなにも民の間に広がっているとはな……俺の想像以上だ」
「――今、『俺』って言いました?」
エリナは事件自体より、その事に驚いて声をあげる。
「声が大きいのではないか?」
「す、すいません。ちょっとビックリして――」
「昔から余なんぞと言ってたわけはあるまい。一介の傭兵だったのだぞ。酒場のような場所に来て、つい昔の癖が出たようだ」
少し笑みを洩らした気配。と、すぐに、ため息の気配が感じられる。
「やはり……宮殿にいたのでは判らぬことがあるものだな。民の動向、景気、街の雰囲気など――昔はそれを肌に感じながら、世界をどう変えるべきか考えていた」
「今も……お考えなのでは?」
「少し……政に飽いていたのかもしれぬ。惰性になっていたようだ……しかし、その間にも、民は日々の暮らしを送り、色々な思惑が交錯している。少し改めなければな――」
そうレオンハルトが言った時、何処からか悲鳴のようなものが微かに聞こえた。
「レオ様、聞こえましたか?」
「うむ……何処かで悲鳴のようなものが――向うだな」
レオンハルトはエリナの腕を振りほどくと走り出した。
その姿が露わになる。
「あ、レオ様!」
「後から来い!」
そう言った途端、レオンハルトが発力する。
その気力の高さは、エリナも驚くものだった。
エリナはそれを必死で追いかけながら、声をあげた。
「レオ様、待って~!」
やがてエリナが追いつくと、レオンハルトの立つ向う側に、炎上する屋敷があった。レオンハルトが声をあげる。
「これは確か――サラミスの屋敷」
鉄の門扉は閉ざされているが、その奥に見える屋敷が炎上している。
「エリナ、来い!」
「はい!」
レオンハルトはホールを作ると、中に入っていこうとする。その差し出された手をとり、エリナもホールに入った。
ホールから出ると――そこは炎上する屋敷の中であった。
家人と思しき者たちと、奇怪な連中が戦っている。
「なんだ、あれは?」
「レオ様、あれは――ヒモグラーです!」
「なんだ、それは?」
「ヒモグラの細胞を移植して作った、合成怪人です」
レオンハルトは顔をしかめながら、前に歩み進んだ。
と、そこでは口髭をはやした中年男が、ヒモグラーの爪を必死で止めていた。
「大丈夫か、サラミス?」
「あ、貴方は――皇帝陛下!?」
サラミスと呼ばれた男が、驚愕に眼を見開く。
と、その瞬間、サラミスを襲おうとしていたヒモグラーの身体が吹っ飛ぶ。
レオンハルトが掌を前に出し、その力場魔法で吹っ飛ばしたのだった。
「へ、陛下、何故、ここに!?」
「それはよかろう。こいつらは何者だ?」
「レオ様、こいつらが最近、帝都を荒らしているブラック・ダイヤモンドです」
エリナが横からそう声をかけた。レオンハルトが頷く。
「サラミス様、お怪我が」
エリナはそう言うと、サラミスの傍にいって、負傷している腕に治癒を施し始めた。サラミスが声をあげる。
「私はいい。護衛の者で、深手を負った者がいる。その者たちを先に治癒してもらえないだろうか」
「判りました。けど、ヒモグラーが――」
エリナは邸内を見回す。
サラミスを中心に、警護の者も集まって来ていた。
そしてそれに対峙するように、ヒモグラーが20体以上はいる。
「こいつらは余が片づけておく。エリナ、お前は負傷者を治癒してくれ」
「……判りました」
エリナは背後で倒れている警護の者の手当てを始める。
と、眼の前のヒモグラーの二体が、人間の姿に不意に戻った。
「お前は、あの時の眼鏡女! てめぇ、今度はこっちが捕まえて、さんざんにいたぶってやるからな!」
「泣いて詫びをいれさせた後で、奴隷にして売ってやるぜ!」
そう言い捨てると、二人はまたヒモグラーの姿に戻る。
が、そこで静かに怒りを含んだ声が響いた。
「ほう……エリナをそのような目に合わせると? そう言ったか?」
レオンハルトが前に進み出る。
「な、なんだ、てめぇは!」
「余の顔を知らんか。……それも問題だな」
「誰だか知らねえが、刻んでやるぜ。一斉にかかれ!」
二十体のヒモグラーが、一斉にレオンハルトに襲いかかろうと向かってくる。
レオンハルトは静かに手を振り上げ、そして降ろした。
「「「「ぐぎゃぁっ!」」」
いきなりその場にとてつもない重力場が発生し、全てのヒモグラーが床に押し潰された。




