2 密会の行方
皇帝の部屋へと移動したレオンハルトは、いつものようにソファに腰かけた。
レオンハルトとともに移動したエリナは、傍のミニキッチンに向かい慣れた手つきで紅茶を淹れる。
「こんなに美味しいお茶があるのに飲まないなんて、もったいないですわ」
「お前が淹れてくれて、初めて味を知ったようなものだからな」
レオンハルトは苦笑してみせた。
「あまり食事を楽しんだことがないのでは、皇帝陛下?」
「……美食など飽きる。それに、傭兵暮らしが長かったのでな。あまり喰うものにこだわりはない」
「美女も飽いたのですか?」
エリナは悪戯っぽく微笑した。
レオンハルトも、それに微笑で返す。
「そうだな。見た目など、大した問題ではない。それに美しい女は話ができぬ者が多かった」
「あのぉ……ちょっと失礼なこと訊いてもいいでしょうか?」
エリナが上目遣いに、レオンハルトを見た。
「なんだ? 言ってみろ」
「陛下とジュール様は――そう(・・)いう(・・)仲なのですか?」
エリナの言葉に、レオンハルトは笑みを洩らした。
「そう(・・)いう(・・)仲だ」
「やっぱり~! そうじゃないかと思ったんだ。な~んか、ジュール様の私を見る目が普通じゃないというかぁ、ただ事じゃないと思ったんだ」
「ほう……あいつにもそんな感情があったのか?」
レオンハルトは興味深そうに言った。が、その後ですぐにまた口を開く。
「どれだけ女を抱いても、奴はそういう素振りは見せたことがないのだがな…」
「陛下がそれほど、その女性たちに興味がないのを察してのことでしょう」
「――で、お前には、余は本気で興味を持っていると? 見上げた自負心だ」
「事実でしょ?」
エリナは澄まして、レオンハルトの前に紅茶を置いた。
と、その手首をレオンハルトが捉える。
エリナは眼鏡ごしにレオンハルトを見つめた。
レオンハルトもまた、エリナを凝視する。
「……お前のような女には――会ったことがない」
「鉄板なんですよ」
「…なに?」
レオンハルトが眼を細める。エリナは人差し指を唇にあてて言った。
「身分の高い人が、それを意識しない女性に惹かれる話。物語によくあるお話なんです。――私の世界では」
レオンハルトは目を丸くすると、エリナの手を放して笑い始めた。
「ハッハッハッ! よく(・・)ある(・・)、とはな! 皇帝である余の心の動きを、物語から推測したのか?」
「推測というか――まあ、そんな感じで」
エリナの微笑に、レオンハルトは不敵な笑みで返した。
「…そうして余に近づいて――お前は何を望む?」
「いえ、特に。いやぁ……正確に言うと、興味本位、ですかね」
エリナの答えに、レオンハルトはクックと笑いを洩らした。
「お前には――まったく呆れるばかりだ。本心が見えん」
「本心ですってば」
「まあ、そういう事にしておこうか。――しかし、余からも訊きたいことがある」
「なんですか?」
レオンハルトは紅茶を口にしながら、エリナを見つめた。
「お前の消える能力――あれをどうして手に入れた?」
「……陛下は自分の異能――じゃない、魔人族のは魔能っていうんですよね? 魔能をいかにして得たか、ご存知なのですか?」
エリナの問い返しに、レオンハルトは目を丸くした。
「……そういう事か」
「そういう事です。転生したら、知らないうちに使えるようになってました」
エリナは微笑みながら、ギュゲス・ネイに地下水道に落とされ、巨大ワニに食べられそうになった経緯を話した。
レオンハルトは興味深そうに聞いていたが、やがて口を開いた。
「透明化――というような、半端な力ではないな、お前の能力は」
「まあ、確かに透明になる以上ですけど」
レオンハルトは話し続ける。
「お前が消えると、魔・霊・気の三力の感知はおろか、音、匂い、気配――そういう一切のものが消える。いわば存在の無化……零化と言ってもいい。お前が暗殺者なら、それを防げる者はおるまい」
「存在の零化――ゼロライズ…ってところですかね。カッコいいので、これからはそう名乗ることにします」
エリナはそう言うと、微笑してみせた。
だが、その笑顔に微妙な影が落ちているのを、レオンハルトは察した。
「どうかしたのか?」
「いえ……きっと、生前の私の願望が、そういう形で異能になったんだろうなって、話をしていて改めて思ったもので――」
「……どういう意味なのだ?」
エリナ眼を少し伏せると、口を開いた。
「生前、私は難病で、幼少期から何度も入院と退院を繰り返しました。それが最終段階に入って、親が必死に私の看病をし、お金を時間をかけて私と治そうと手を尽くしているのに……私はただ寝ていることしかできなかった。……申し訳なくて…。もう、自分の存在なんて消えてしまえばいい。早くいなくなりたい――そんな風に思ってた時期があったんです」
レオンハルトは神妙な顔をして、エリナの話を聞いている。
エリナは涙声で、呟きを洩らした。
「けど、両親はそれでも私を諦めなかった。だから私も――最後まで戦った。それが私の誇り。けど私は死んで…この世界に転生してきた。私は両親が諦めなかった私の命――この生まれ変わった私の命を、このノワルドで精一杯生きていくつもりです。楽しんで、好奇心の赴くままに」
エリナはそう言うと、顔を上げて笑みを浮かべてみせた。
ふと気づくと、レオンハルトが傍にいる。
レオンハルトはエリナの横に座ると、エリナの頭をそっと自分の肩に寄せた。
「陛下――」
「そなたも、生き死にを戦ってきた…ということだな。死が隣にある時は――常に孤独だ。その孤独に耐えて戦うしかない。お前のその心根の強さの一端が――判った気がする」
レオンハルトの肩に頭を預けながら、エリナは眼を閉じて口を開いた。
「陛下の傍には……ジュール様がずっとおられたのでしょう?」
「フ……そうだな。だが、見ようによっては、あいつを我が生に巻き込んでしまったとも言える。あいつは元は、普通の人間だからな……。あいつがそれを怨みに想い、余を憎んでいたとしても、余は不思議には思わぬ」
「陛下は……お寂しかったのでしょう…」
エリナはレオンハルトの肩で、微笑を浮かべた。
レオンハルトが、そのエリナをみつめる。
視線に気づいたエリナが、上目遣いにレオンハルトを見返した。
「レオンハルト……様…?」
「やっと――名を呼んでくれたな」
見つめ合う二人の距離が近づく。
レオンハルトの瞳に吸い込まれる――そう思った瞬間、エリナは立ち上がっていた。赤くなりながら、エリナは声をあげる。
「あ、あの! ――ゼロライズ、レオンハルト様も体感してみたくありません?」
エリナは誤魔化し笑いを浮かべながら、そう口にした。
レオンハルトが苦笑する。
「そうだな……。体験できるのなら、させてもらおうか」
「じゃあ! 私の手をお取りください!」
エリナの出した手を、レオンハルトがふわりと握る。
「こうか?」
「はい。で、私が透明になります。レオンハルト様も、その私に同調して、『透明になるぞ』って思ってください」
「そんな事でいいのか?」
エリナは頷くと、不意にそ姿が消えた。
「ふむ、消えたな。これに余も同調する――」
と、レオンハルトの姿が消える。
「おお、余の姿が消えた!」
部屋の隅にいた獅子――ライガが、突然消えたレオンハルトの姿を探すように身を起こす。
「レオンハルト様――このまま夜の散歩に出かけてみます?」
「フフ……面白いな。ライガ、お前は留守番だ」
ぐる…と不満げな声をライガがあげる。が、二人はホールの中に消えていった。




