第三十四話 帝都炎上 1 カサンドラの迷い
カサンドラが力場魔法に包まれた火炎球を五つ出した時、その背後から声がかかった。
「どうやら、課題はクリアできたようね」
「ノウレム先生」
カサンドラは火炎球を消すと、ノウレムに向き直った。
ノウレムはうっすらと微笑んでいる。
「これで魔力の基礎力とコントロール力は相当に向上しているはずです。この段階で、ようやく上級魔法を使うための下準備が出来たところです」
カサンドラは息を呑んだ。
「フフ……戦いのためならば、これだけの力があれば充分。そう考えていたのかしら?」
「いえ――あ…はい」
カサンドラは素直にうつむいた。
ノウレムはそれを微笑でみつめる。
「上級魔法は一見すると戦いに直接必要のない魔法のように思うかもしれません。しかしそれは時間と空間――そして次元に関わる高難度の魔法。相応の理解力と魔法力がないと使いこなせないものです。貴女は今、その段階に入ろうとしています。これからですよ、カサンドラ」
「はい、先生」
カサンドラは真剣な面持ちで、ノウレムをみつめた。
* * *
「――それで、いよいよ上級魔法を教わる段階に入ろうとしてるのかい?」
「そういうことなんだ。……だが、私にその次元まで行けるのかどうか――」
エリナの問いに、カサンドラは息をついて答える。
二人は湯気の漂う風呂の中で、話をしていた。エリナが口を開く
「行けるよ、カサンドラなら~。けどカサンドラ、凄いよね~。道場の稽古を見てても凄いよ、明らかに技量が上がってるのが判る。もう、とっくに上級剣士の技量はあるって、おじ様も言ってたよ」
湯気の中で、カサンドラは苦笑した。
「まあ……それでも、上には上がいるものさ――」
「上級魔導士で上級剣士とか――そんな人いるの? 凄すぎじゃない?」
エリナの問いに、カサンドラは少し考えた。
「隣国のラウニードにいる、王都警護隊の総隊長ロイナート・ストラグルという人物が、上級魔導士で上級剣士だと聞いたことがある。凄い人物がいるのものだと思ったが――」
「今や、カサンドラがその凄い人になろうとしてるわけだ!」
「いや……私には――」
無理かもしれない――その言葉を呑み込んで、カサンドラは苦笑まじりに息を洩らした。
その様子に、エリナはずずっと浴槽の中を移動して、傍にやってくる。
「なんかさあ……それって、やっぱりジュール・ノウと立ち合ったから、そう思うわけ?」
「まあ、そうだな」
「そんなに凄いの? だって素剣だったんでしょ?」
カサンドラは上を向いた。
「そうだ。ジュール様が気力を使った本気ならば、まったく戦いにすらならないだろう。ジュール様の恐ろしさは、その気力の技にある――と言われているんだ」
「え? そうなの? どういう技使うの?」
「それが……よく判らん」
カサンドラは言った。
「最後に戦ったのは17年前、ラウニードの独立戦争時だという話だ。その時、『聖人剣士』として名高い、ラウニードのリュート・ライアンがジュール様と戦ったと聞いている」
「なんだ、やっぱり互角に戦える人もいるんじゃない」
そう口にしたエリナを、カサンドラは横目で見た。
「リュート・ライアンは五十回以上の戦いで自軍を勝利に導き、200回以上の一騎打ちに負けなし。1対150人の戦いでも勝利をおさめた人物だ。しかし勝利以上に凄まじいのは、それらの戦いにおいてリュート・ライアンが一人も殺してない――という事実だ」
「えぇ……それ、人間のできる記録じゃないじゃん…」
「殺さずに勝つことは、殺すことよりはるかに難しい……。そしてこのリュート・ライアンが侵攻する帝国軍の前に立ちふさがり、帝国軍の侵攻は難攻した。そこでジュール様が遂に出陣なさり、二人は三日三晩、不休不眠で戦った。これが『ゼストレ峡谷の戦い』と呼ばれる戦いだ」
「どっちが勝ったの?」
エリナは好奇心丸出しで聞いた。カサンドラは苦笑する。
「……引き分けだったそうだ。『聖人剣士』リュート・ライアンの実力をお認めになって、皇帝陛下はラウニード侵攻軍を撤退することを決めた」
「たった一人の剣士が――戦争を止めた、ってことよね? 凄いね…」
「うむ……。あのジュール様とそこまで戦える剣士がいることすら、正直信じがたいほどの次元の高い話だ。――私の力など……剣技も魔法も、まだまだ中途半端なものにすぎん。」
カサンドラはそう言うと、ため息をついた。
と、突然、エリナが裸のカサンドラの肩を抱く。
「またぁ、真面目なんだからなあ、カサンドラは!」
「お、お前、くっつくなって!」
「……カサンドラがもっと高い次元を目指すのはいいことだけどさ、カサンドラにだって相当の実力者なんだし――もっと楽しめばいいじゃん。探求を」
間近に寄せてきたエリナの顔を見つめながら、カサンドラは口を開いた。
「……探求を、楽しむ?」
「そ。道を究めることって、別に義務でも強制でもないじゃない。大事なのは、好奇心だと思うんだよね」
エリナは覗き込むような視線を向けて、そう言った。
「私の故郷に、『好きこそ、ものの上手なれ』ってことわざあるんだよね。好きだという気持ちが、その道を究める原動力になる――そんな風に私は捉えてるけど」
「好きこそ――か……」
「そう。だからさ、もっと楽しむように――力抜いて生きてもいいと思うよ」
エリナはそう言って笑った。カサンドラはその顔を見て、ふと顔を赤らめた。
「そうか……。そうかもしれないな。ところで、お前は――皇帝と合ってる時、そんなに力を抜いて合ってるのか?」
「そうだねえ、最近は緊張はなくなったかも――」
エリナは人差し指を顎につける。
「今日もこれから合うんだけど――それこそ皇帝ってね、好奇心の塊みたいな人だよ。なんでもかんでも聞きたがるの」
「ほう」
「私は入院生活が長くて、親に頼んでずっと本読んでたんだよね。向うの世界の歴史書なんかも好きで、よく読んでたんだ。それがこんな処で役に立つとはねえ」
エリナは自分でも不思議だ、というような顔をしてみせた。
夕食時に、ガルドレッドが二人に向かって言った。
「実は、お前たちが捕らえた手下の二人。昨夜、脱獄して逃走してしまったらしい」
「え! そうなんですか?」
エリナは声をあげた。
ガルドレッドは渋い顔をして頷く。
「残念ながら、警護隊は半数の者が辞めて人員不足のままだ。枢密院のゴードン復帰への働き掛けは失敗したが、その分、警護隊の見張りの手薄さもそのままになってしまった。どうやら留置場から二人を逃がした手筈も、ゴードンの細工の可能性が高い」
カサンドラはため息をついた。
あれから――ケリーを含めた拘束派に属する門下生たちは姿をみせなかった。
ふと、エリナが口を開く。
「危ないですね……」
「何がだね、エリナさん?」
ガルドレッドの問いに、エリナは眼鏡の奥の眼を細めた。
「帝都が、です。警護隊の人員が手薄なのをいいことに、またブラック・ダイヤモンドが犯罪を犯す可能性が高い。今度はその不手際を、ゴライアス将軍のせいにできる」
エリナの言葉を聞いて、ガルドレッドは大きく頷いた。
「まったくその通りですな……。道場生の中から、夜警に出てもらえる者を集めるとしよう」
「おじ様、私も出ます」
「うむ。そうしてくれると心強い」
カサンドラが言った後に、エリナは申し訳なさそうに口を開いた。
「あの~、私は陛下と約束があるんで……」
「いやいや! エリナさんは、そちらを第一優先で! いや、ほんとお願いします」
ガルドレッドが少し慌てたように口にする。
そうしてその晩も、エリナは庭先に出ていった。
空間の渦が生じて、そこから皇帝レオンハルトが現れる。
「こんばんは、陛下」
「うむ。今夜はいい月だな」
「まあ! その言葉は、私の国では愛の告白なんですよ」
「そうなのか? フフ……それも面白いな」
レオンハルトは微笑してみせた。




