6 皇帝の黒剣ジュール・ノウ
白く――妖しいまでに美しい剣士は、その外見とは裏腹に重低音の声を響かせた。
それに対し、ガルドレッドが応える。
「左様でございます、ジュール様。この者は、カサンドラと申します」
「カサンドラ・レグナです」
カサンドラは頭を下げた。
ジュールはその白目があまりない、紫の瞳をカサンドラに向けた。
「最初に言っておくが――私は手加減というものができない」
ジュールはそう言った。
脅すでもなく、誇示するでもなく、ただ事実を述べている――と思われた。
「その上でだが、立ち合いは木剣を持って。私は素剣、そちらは気力を使用せよ」
カサンドラは口を開きかけて――やめた。
それでは自分に一方的に有利になる。…と言いかけた事が、まったく無意味なのだろうと悟ったのだった。
ジュールは気にすることなく、さらに話を続ける。
「ただし、木剣といえど、当たり方、傷の深さでは即死する可能性もある。即死すれば治療班がいても間に合わぬ。つまり――私と立ち合えば、そなたはこの場で、その生を終える可能性があるということだ」
ジュールは静かに、その深い紫色の瞳を向けた。
「その危険を冒してまで、私と立ち合う意味があるか? 女、よく考えるがよい」
脅しではない――と、カサンドラは思った。
ただの事実なのだろう。この剣士と立ち合うことは、ただの道場内での力の試し合いなどではない。カサンドラが幾度も経験してきた、本当の敵との実戦――いや、その実戦よりはるかに危険なものなのだ。
ごくり、とカサンドラは唾を呑んだ。
死にたくない――死にたくはないが。
この剣士の剣を……味わいたい。カサンドラは腹の底からこみ上げる衝動を、抑えきれなかった。
「立ち合いを希望します。……お願いします」
カサンドラは頭を下げた。
ジュールは静かに言った。
「よかろう」
そして――立ち合いが始まった。
ジュールは片手に木剣を下げて、ただ立っているように見える。
カサンドラは木剣を青眼に構えた。
まだ遠い。しかしジュールは気力を使わない、という前提だ。
踏み込みなら自分の方が速いはず。
「ヤァッ!」
カサンドラは斬りかかった。が、その打ち込む寸前に、一気に引き下がった。
その下がった空間を、ジュールの木剣が振り抜く。
「く……」
もしそのまま踏み込んでいれば、先にカサンドラの方が側頭部を打たれていた。
――それだけが判った。
ジュールが少し息を洩らす。
カサンドラの全身から冷たい汗が噴き出ていた。
殺される――それが現実となって、理解できた。
恐怖で震えそうになる。が、その恐怖を抑え込み、カサンドラは気力を高めた。
「ハアアアアァァァァッ――」
爆発的な気力がカサンドラの身体を取り巻くように吹きあがる。
その紅い髪が、気力の風に舞い上がった。
――こんなあからさまな殺気では駄目だ。
カサンドラはそう判断すると、その爆発的に上げた気力を己の中に封じるように抑え込んだ。
しん…と気力の風が止み、静寂が訪れる。
しかしその静けさの内側に、たぎるようなエネルギーが充満していた。
「ほう……」
初めて、ジュールが少し感心したように眼を細める。
と、ジュールが剣を両手で構えた。
その切先が――それだけでカサンドラの喉を突いてくる感覚に、カサンドラは襲われた。
だが、その剣圧に臆することなく、カサンドラはジュールと対峙する。
迂闊に攻撃すれば、その一番隙がある瞬間を打たれる。
じり、とカサンドラは間合いを詰めた。
まだ、切先が触れあわない。だが、気力を伸ばして、ジュールの木剣を微かに揺さぶる。
中心を獲る。その中心を獲っていれば、相手が斬りかかってきても、こちらが先に打てる。だが、それはジュールも同じ。
ジュールは僅かな動きで、カサンドラの攻めをいなし、逆に中心を獲ってくる。
ほんの僅かな動きのやりとりが、二人の対峙のなかに緊張感を生んでいる。
ジュールが不意に入ってきた。
カサンドラがそれに合わせて突きを繰り出す。全気力を爆発させた、最速、最大の一撃だった。
が、その瞬間、カサンドラは衝撃を受けた。
「あ……」
既にジュールの木剣が、頭頂部に当たっている。
カサンドラは即座に頭部の気力防御を上げた。
が、自分の視界が変わっていくのが判る。天を向いて倒れていくのが判った。
倒されたのか――カサンドラは思った。
凄まじい剣技だ。そう思った瞬間、ジュールの声が聞こえた。
「悪くなかったぞ、女」
そうか……そう思いながら、カサンドラは意識を失った。
* * *
カサンドラが眼を開けた時、そこにガルドレッドの顔が飛び込んできた。
「おお、目覚めたか、カサンドラ!」
「おじ様……」
自分が床に寝ているのが判った。
頭がズキズキする。割れるように痛い。
しかし――
「どうやら、死なずに済んだようですね……」
「素晴らしかったぞ、カサンドラ。ジュール様とあれほど対峙できた者を、儂は見たことがない」
ガルドレッドの眼が涙ぐんでいる。
カサンドラの胸には、畏怖と感動が生まれていた。
実際に対峙したジュールの剣は、これまで経験したどの相手より、深淵で遠かった。はるかに実力の及ばない相手がいるという事を、身をもって知った。
カサンドラは微笑を浮かべた。
* * *
翌々日になると、カサンドラはようやく頭痛から解放された。
その後、道場の稽古では、今まで通り門下生を教えると同時に、その門下生一人一人の動きを捉えることを意識するようになった。
そして稽古の終盤では、門下生は気力を使い、自分は素剣で立ち合うという稽古を始めた。
「――お願いします!」
クロイドが木剣を持って、カサンドラの前に立つ。
クロイドが気力を増大させる。
それに対し、カサンドラは平静なまま木剣を構えた。
「イヤァッ!」
クロイドが電光石火の打ち込みを繰り出す――その瞬間、カサンドラの木剣が、クロイドの胸を突いた。
「ぐぁっ!」
クロイドが倒れる。先に動き、早く動いたのはクロイドだった――が、打ち込んだのはカサンドラだった。
相手は気力を使ってくる分、動きの速さ、木剣の振りの速さは上になる。
だが、それを踏まえてなお、相手の攻撃の隙を見て打ち込む――そういう課題をカサンドラは、自分に課したのだった。
「次!」
カサンドラは声をあげる。
最初のうちはうまくいかず、門下生に打たれていた。
が、次第に門下生の動きを見極め、カサンドラが打ち込むことでできるようになっていったのだった。
二人が帝都に来て、二週間が経とうとしていた。
カサンドラはノウレムの屋敷の庭で、魔法訓練をしている。と、その空中に五連火炎球が発現した。
「できた……」




