表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

197/239

6 皇帝の黒剣ジュール・ノウ


 白く――妖しいまでに美しい剣士は、その外見とは裏腹に重低音の声を響かせた。

 それに対し、ガルドレッドが応える。


「左様でございます、ジュール様。この者は、カサンドラと申します」

「カサンドラ・レグナです」


 カサンドラは頭を下げた。

 ジュールはその白目があまりない、紫の瞳をカサンドラに向けた。


「最初に言っておくが――私は手加減というものができない」


 ジュールはそう言った。

 脅すでもなく、誇示するでもなく、ただ事実を述べている――と思われた。


「その上でだが、立ち合いは木剣を持って。私は素剣、そちらは気力を使用せよ」


 カサンドラは口を開きかけて――やめた。

 それでは自分に一方的に有利になる。…と言いかけた事が、まったく無意味なのだろうと悟ったのだった。


 ジュールは気にすることなく、さらに話を続ける。


「ただし、木剣といえど、当たり方、傷の深さでは即死する可能性もある。即死すれば治療班がいても間に合わぬ。つまり――私と立ち合えば、そなたはこの場で、その生を終える可能性があるということだ」


 ジュールは静かに、その深い紫色の瞳を向けた。


「その危険を冒してまで、私と立ち合う意味があるか? 女、よく考えるがよい」


 脅しではない――と、カサンドラは思った。

 ただの事実なのだろう。この剣士と立ち合うことは、ただの道場内での力の試し合いなどではない。カサンドラが幾度も経験してきた、本当の敵との実戦――いや、その実戦よりはるかに危険なものなのだ。


 ごくり、とカサンドラは唾を呑んだ。

 死にたくない――死にたくはないが。

 この剣士の剣を……味わいたい。カサンドラは腹の底からこみ上げる衝動を、抑えきれなかった。


「立ち合いを希望します。……お願いします」


 カサンドラは頭を下げた。

 ジュールは静かに言った。


「よかろう」


 そして――立ち合いが始まった。


 ジュールは片手に木剣を下げて、ただ立っているように見える。

 カサンドラは木剣を青眼に構えた。


 まだ遠い。しかしジュールは気力を使わない、という前提だ。

 踏み込みなら自分の方が速いはず。


「ヤァッ!」


 カサンドラは斬りかかった。が、その打ち込む寸前に、一気に引き下がった。

 その下がった空間を、ジュールの木剣が振り抜く。


「く……」


 もしそのまま踏み込んでいれば、先にカサンドラの方が側頭部を打たれていた。

 ――それだけが判った。


 ジュールが少し息を洩らす。

 カサンドラの全身から冷たい汗が噴き出ていた。


 殺される――それが現実となって、理解できた。

 恐怖で震えそうになる。が、その恐怖を抑え込み、カサンドラは気力を高めた。


「ハアアアアァァァァッ――」


 爆発的な気力がカサンドラの身体を取り巻くように吹きあがる。

 その紅い髪が、気力の風に舞い上がった。


 ――こんなあからさまな殺気では駄目だ。

 カサンドラはそう判断すると、その爆発的に上げた気力を己の中に封じるように抑え込んだ。


 しん…と気力の風が止み、静寂が訪れる。

 しかしその静けさの内側に、たぎるようなエネルギーが充満していた。


「ほう……」


 初めて、ジュールが少し感心したように眼を細める。

 と、ジュールが剣を両手で構えた。


 その切先が――それだけでカサンドラの喉を突いてくる感覚に、カサンドラは襲われた。


 だが、その剣圧に臆することなく、カサンドラはジュールと対峙する。

 迂闊に攻撃すれば、その一番隙がある瞬間を打たれる。


 じり、とカサンドラは間合いを詰めた。

 まだ、切先が触れあわない。だが、気力を伸ばして、ジュールの木剣を微かに揺さぶる。


 中心を獲る。その中心を獲っていれば、相手が斬りかかってきても、こちらが先に打てる。だが、それはジュールも同じ。


 ジュールは僅かな動きで、カサンドラの攻めをいなし、逆に中心を獲ってくる。

 ほんの僅かな動きのやりとりが、二人の対峙のなかに緊張感を生んでいる。


 ジュールが不意に入ってきた。

 カサンドラがそれに合わせて突きを繰り出す。全気力を爆発させた、最速、最大の一撃だった。


 が、その瞬間、カサンドラは衝撃を受けた。


「あ……」


 既にジュールの木剣が、頭頂部に当たっている。

 カサンドラは即座に頭部の気力防御を上げた。

 

 が、自分の視界が変わっていくのが判る。天を向いて倒れていくのが判った。


 倒されたのか――カサンドラは思った。

 凄まじい剣技だ。そう思った瞬間、ジュールの声が聞こえた。


「悪くなかったぞ、女」


 そうか……そう思いながら、カサンドラは意識を失った。


*  *   *


 カサンドラが眼を開けた時、そこにガルドレッドの顔が飛び込んできた。


「おお、目覚めたか、カサンドラ!」

「おじ様……」


 自分が床に寝ているのが判った。

 頭がズキズキする。割れるように痛い。

 しかし――


「どうやら、死なずに済んだようですね……」

「素晴らしかったぞ、カサンドラ。ジュール様とあれほど対峙できた者を、儂は見たことがない」


 ガルドレッドの眼が涙ぐんでいる。

 カサンドラの胸には、畏怖と感動が生まれていた。


 実際に対峙したジュールの剣は、これまで経験したどの相手より、深淵で遠かった。はるかに実力の及ばない相手がいるという事を、身をもって知った。


 カサンドラは微笑を浮かべた。


*  *   *


 翌々日になると、カサンドラはようやく頭痛から解放された。

 その後、道場の稽古では、今まで通り門下生を教えると同時に、その門下生一人一人の動きを捉えることを意識するようになった。

 そして稽古の終盤では、門下生は気力を使い、自分は素剣で立ち合うという稽古を始めた。


「――お願いします!」


 クロイドが木剣を持って、カサンドラの前に立つ。

 クロイドが気力を増大させる。

 それに対し、カサンドラは平静なまま木剣を構えた。


「イヤァッ!」


 クロイドが電光石火の打ち込みを繰り出す――その瞬間、カサンドラの木剣が、クロイドの胸を突いた。


「ぐぁっ!」


 クロイドが倒れる。先に動き、早く動いたのはクロイドだった――が、打ち込んだのはカサンドラだった。


 相手は気力を使ってくる分、動きの速さ、木剣の振りの速さは上になる。

 だが、それを踏まえてなお、相手の攻撃の隙を見て打ち込む――そういう課題をカサンドラは、自分に課したのだった。


「次!」


 カサンドラは声をあげる。

 最初のうちはうまくいかず、門下生に打たれていた。

 が、次第に門下生の動きを見極め、カサンドラが打ち込むことでできるようになっていったのだった。


 二人が帝都に来て、二週間が経とうとしていた。


 カサンドラはノウレムの屋敷の庭で、魔法訓練をしている。と、その空中に五連火炎球が発現した。


「できた……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ