3 皇帝レオンハルト
青みがかった肌に銀髪。精悍な顔つきで、その眼の鋭さを隠しきれてない皇帝レオンハルトは、空間の歪みから現れると、その場を睥睨した。
突如、その胸についているライオンが咆哮をあげる。
その空間全体が激震した。
その場にいた皆が、一斉に膝をつく。
皇帝が現れた空間の歪みから、もう一人の人物が現れた。
漆黒の甲冑を身にまとった男。白すぎる顔色は、類稀といっていい美しさを持っているが、それは何処かこの世のものとは思えない妖しさを伴っていた。
皇帝は用意された玉座に座ると、黒の剣士がその後ろに待機する。
その剣士こそ――世界最強の剣士と名高い、『皇帝の黒剣』ジュール・ノウその人であった。
「――余は国民の声を統制しようとは思わぬ」
皇帝が発言した。
「言論を統制するような国は、いずれ国民が逃げ出すような国だ。余はそういう国であった神聖帝国を変えるため、ガロリア帝国を建国した。だから、いかな見解であろうとそれを取り締まることはせぬ」
じろり、とレオンハルトはゴードンを見た。
「……しかし、余の家臣に、余を含めた有徴族を差別するような輩がいるのを、余は好まぬ。それは道理であろう? ゴードン」
名指しされたゴードンは、冷や汗をかき、震えながら口を開いた。
「わ、私は決して差別などは――」
「『ケモノ混じり』とは、民の間で使われてる侮蔑の言葉であると、余は承知しているが?」
レオンハルトはひじ掛けに肘をつき、拳を顎にあてた。
ゴードンが、うつむいたまま眼を見開いて震える。
「お……お許しください…。軽はずみに――口が滑っただけで……」
「ふむ……そうか。お前は、余に対する不敬の者を逮捕しようとしていたな?」
その言葉に、ゴードンは勢いづいて顔をあげた。
「は、はい! 私は皇帝陛下に対する不届きな者を、逮捕しようとしていたのです! 私の皇帝陛下への忠誠心は、他に比べようもないものです!」
「そうか。で、その不届き者は何処へいった?」
「そ……それが…」
再びゴードンの眼が泳ぐ。
レオンハルトは言った。
「この場にいながら取り逃がしたか、ゴードン?」
「も、申し訳ありませぬ!」
ゴードンは丸坊主の頭を、床にこすりつけるように頭を下げた。
「――で、部下が大勢死んだと聞く。お前の部下、帝都警護隊の隊員は、余の民を守るための、余の隊員ではなかったのか?」
ゴードンは震えて何も言い返せない。
「余のものを傷つけ……失わせたのか? ゴードン」
皇帝の深い声に、場の全員が慄いた。
ゴードンは、下を向いたまま眼玉が飛び出そうなほどに見開いている。
「総隊長の役を解く、ゴードン。枢密院からも去れ」
「陛下! お、お許しを!!」
「……余の決定が不服か?」
レオンハルトの声に、一旦は顔をあげたゴードンはすぐに頭を下げた。
「ありがたく……拝命いたし…ます――」
ゴードンは震える声で、そう言った。
と、レオンハルトはさらに口を開く。
「警護隊の総隊長は――ゴライアス、お前が務めろ」
「はっ! ありがたく拝命いたします、陛下!」
熊耳のゴライアスが、膝をついて頭を下げたまま声をあげた。
ふっ、とレオンハルトが笑みを洩らした。
「それにしても……余の魔力でも感知できぬとはな。ジュール、お前はどうだ?」
「いえ……陛下、私にも判りませぬ」
後ろに控えるジュール・ノウが、そう答える。
レオンハルトは愉快気に声をあげた。
「エリナと言ったな。姿を現してはどうだ?」
「……此処にございます」
皇帝の玉座のすぐ傍に、跪いたエリナの姿が突然に現れた。
その場の者すべてが、あまりの事に驚く。
「貴様! 誰の許しを得て皇帝のお傍に!」
衛兵が声をあげて、エリナに駆け寄ろうとする。のを、レオンハルトが止めた。
「よい! ……そうか、こんな傍にいたとはな。余とジュール、この二人を欺ける者がこの世にいるとは。面白い――エリナ、余を暗殺しようと思えばできる、と思うか?」
レオンハルトの言葉に、周りの者が震える。
が、エリナは顔をあげると、にっこりと微笑んだ。
「それは判りませんが――獅子の頭を撫でるくらいはできるのではないかと」
その答えを聞いて、レオンハルトは声をあげて笑い出した。
「アッハッハッ! 愉快だな、エリナ! 今夜もつまらぬパーティーかと思ったが、今日は愉快だ! ……エリナ、今から余の部屋へ来い」
「…お戯れですか?」
エリナがレオンハルトの真意を探るように、覗き込む。
「いや。しかし、お前はこの場から逃げ出そうと思えばできるのだろう? さっきも、そして今も」
エリナは微笑んだまま答えない。その様子に、レオンハルトは笑みを浮かべた。
「この世の誰も、お前には無理強いはできまい。そういうお前と、酒を飲んでみたいだけだ」
「でしたら……喜んで」
エリナの答えを聞くと、レオンハルトは笑みを洩らし席から立ち上がった。
そしてエリナに手を差し出す。
エリナはその手をとると立ち上がった。
「では、皆の者――後は気楽に過ごせ」
そう言うとレオンハルトは、掌を横に向ける。
その先に空間の歪みが現れ、レオンハルトはその中へ入っていった。
そしてその手を引かれてエリナが入っていく。
その後から、影のようにジュール・ノウが入っていき――歪みが消えた。
その場に残された者は、その眼の前で起きた事態に呆然としていた。
特に、カサンドラは驚愕の域を越えていた。
「エリナ……お前は一体――何を……」
あまりの事に理解が追いつかないカサンドラは、呆然と呟く。
と、突如、ゴードンの声があがった。
「あーっっっ!」
ゴードンが立ち上がって頭を抱える。
「お……お終いだ…なにもかも――」
ゴードンはそう呟くと、ガルドレッドの方を血走った眼で睨んだ。
「ガルドレッド! 貴様の企みか! あの女をワシにけしかけて、罠にはめたな!」
「違う! それは違うが……しかし、貴様のしたことは罰されて当然のこと。陛下が公正な裁きをお下しになっただけだ。有難く頂戴するがいい!」
ガルドレッドの声に、ゴードンは唇を震わせガルドレッドを睨む。
が、そのまま何も言わずに、ゴードンはその場から立ち去った。
カサンドラはそれを見送ると、ガルドレッドの傍に歩み寄る。
「おじ様……すみません、エリナがとんでもない事を――」
「謝る必要などない、カサンドラ。エリナさんはまず儂を庇ってゴードンと口論し、そもそも問われるべき罪を明るみにしただけだ。しかし……」
ガルドレッドは顎鬚を撫でた。
「あの皇帝陛下に気に入られるとは――」
「……エリナ――」
カサンドラは呆然と、エリナと皇帝の消えた玉座を見つめた。
* * *
空間の歪みを抜けると、そこは豪奢な一室だった。
「ジュール。あとはもういい」
「は……」
レオンハルトに言われると、ジュールはその部屋から退室する。
後にはエリナとレオンハルトが残された。
「その辺にかけろ、楽にしてくれ」
「では、お邪魔します」
エリナは微笑むと、部屋にあったふかふかのソファに身体を沈める。
その様子を見て、レオンハルトは微笑した。




