2 舞踏会のエリナ
ゴライアスと踊るエリナは、言った。
「私、ダンスをするのは初めてですの」
「ほう、けれどとても素敵に踊っておられる。実に美しいですよ」
「お褒めに預かり、光栄です」
エリナは微笑してみせた。
と、自分が来た方を少し見る。
丸坊主の男がガルドレッドの傍に現れ、カサンドラはムッとした様子で離れる。
その様子を、踊りながら遠くから見ていたエリナが、踊っている相手のゴライアスに訊ねた。
「ね、あのガルドレッド将軍の傍におられる方は、どなたですの?」
ゴライアスはその問いに、目を丸くした。
「ご存知ないのかな?」
「あまり宮廷事情に詳しくないもので」
エリナの答えに、ゴライアスはふと気づいて言った。
「エリナさんは、外国からのお客人ですかな?」
「ええ、そうなんですの」
「なるほど。――あれは帝都警備隊のゴードン総隊長。獅子王戦騎団の一人でもある、将軍ですよ」
「あ~……」
なるほど、とエリナは思った。と、ふと気づく。
「あの、もしかしてゴライアスさんも獅子王戦騎団の一人?」
「一応、皇帝陛下にそう任じられておりますな」
ゴアイアスは苦笑しながらも、左胸につけた黄金の獅子の紋章を指さす。
「あ、それが獅子王戦騎団の標。そういえば、おじ様もつけてましたわ」
「そうでしょう。ガルドレッドとわしは同じ戦騎団だが、古い友人でもあります」
エリナは踊りながら、さらに問うた。
「獅子王戦騎団って、帝国で最強の人たちが選ばれるんですよね? 何人いるんですか?」
「元は13人いましたが――先の怨機獣デゾン復活事件で6人が死亡し、今は7人です。獅子王戦騎団は一つの組織ではなく、名誉の称号みたいなものなので、特に補充とかがあるわけじゃない。その実力に見合うと皇帝が選んだ者だけが、その称号を得ることができるのです」
ゴライアスは誇らしげにそう言った。
その時だった。ガルドレッドの憤った声が聞こえてきた。
「――貴殿は、ラルガード将軍を愚弄するというのか!」
「いや、愚弄はしませんが。ただラルガード将軍をはじめ、死んだ五人の将軍はあまいところがあったのでは、と申したまでですよ」
ゴードンはガルドレッドの怒りを前に、平然と笑みをたたえている。
「部下の教育にあまく、民衆に対する態度もあまい。国民には厳しく接していかねば、帝国の威厳が保てませぬのでは」
「それが貴殿の異民差別や奴隷制度維持の根拠か?」
「異民差別などと……そんなことをした覚えはありませぬがな。言いがかりは止めていただきたい」
ゴードンはせせら笑った後に、脅すようにガルドレッドを睨んだ。
「奴隷に関しては、新たに拘束条件を設けた方が帝国の経済のため――そう考えている枢密院の顧問官は多いですよ」
「ぐ……」
ガルドレッドが言葉に詰まった時、思わぬところから声があがった。
「――部下の戦力把握もできない人が、国民を管理? 帝国の威信は地に落ちるばかりね」
その声の主に、一斉に場内の視線が集中する。
そこには青いドレスの腰に手をあてて立つ、エリナの姿があった。
「……客人と言えど、無礼が――」
「ああ! 判った! 自分の無能を棚上げするために、国民とか部下に責任を押し付けるタイプね。いるのよね~、そういう人。そういうのはね、私の国だと――『老害』っていうのよ」
エリナは不敵な笑みを浮かべてゴードンを見ている。
ゴードンの眉が、ピクピクと動いた。
「ほほぅ……ワシに喧嘩を売る気ですかな、お嬢さん? どうやら、この国の事を知らなすぎる」
「知ってるわよ。あんたがわざと政敵筋の隊員を編制して、敵に突っ込ませたことくらい。……卑劣なやり方ね、ゴードン総隊長。そのくだらない政争のために犠牲になった隊員が哀れすぎるわ」
エリナの言葉に、ゴードンはせせら笑いを浮かべた。
「死んだのは、隊員の実力不足のせいだ。ワシの選んだ隊員なら、むざむざと死んだりはせん」
「あ~ら、隊員をえり好みしてること告白しちゃったの? それは総隊長というトップの立場としては……まさに無能の態度じゃないかしら?」
エリナが今度は嘲笑を浮かべてみせる。
と、その傍にカサンドラが慌ててやってきた。
「おい! エリナ、お前、何をしてるんだ!」
「私は、無能のトップに自分の無能を教えてあげてるだけ」
「エリナ!」
カサンドラは声をあげる。が、その傍から別の声が上がった。
「黙っていたのが間違いだった。……確かに、エリナさんの言う通りですな。隊員たちの死は、総隊長に責任がある。儂も枢密院に、総隊長の引責辞任を提案しよう」
そう声をあげたのは、ガルドレッドだった。
「ガルドレッド……貴様――」
ゴードンが憤りに顔色を変えて、呻いた。構わず、エリナは首を傾げる。
「どうして、こんな人がトップの座にいるのかしらね? なんか知らないけど、パワハラする人が上に選ばれたりするのよね~」
カサンドラが肩に手をかけて制止してるにも関わらず、エリナは呆れ顔で手をひらひらと振ってみせる。
――と、ゴードンが凶悪な笑いを浮かべた。
「フフ……口が過ぎたましたな、客人。ワシを選んだ者を侮辱するということは、ワシの任命者である皇帝を侮辱すると同じ事! 不敬罪だ! この者を捕らえよ!」
ゴードンが声をあげると、周囲から警備隊員が集まってくる。
カサンドラは青い顔をして、周囲を見回した。
が、エリナは平然と笑みを浮かべている。
「あら、図星だったら、今度は逮捕で黙らせる? 典型的な権力乱用者ね。ホント、どうかしてるわ」
「ま、待ってくれ! エリナは外国人だ! 問題になるぞ」
カサンドラの声にも関わらず、エリナはさらに声をあげる。
「美女一人にこの人数? もしかしてモテ期来た?」
「捕らえろ!」
ゴードンが叫んだ瞬間だった。
急にエリナの姿が消えた。
「なにっ!?」
「ど、何処へ行った?」
「探せ!」
隊員たちは慌てふためく。ゴードンも驚愕の顔で、エリナの消えた場所を見ながら怒号をあげた。
「近くにいるはずだ! 三力の気配を感知しろ!」
ゴードンが叫んだ時だった。突如、ゴードンの脚が何かに絡まる。
そして背中を押されたゴードンは、傍のテーブルに向かって倒れた。
「むごっ! う、ぐむむむ……」
ゴードンが倒れた先にはケーキがあり、ゴードンは顔からそこに突っ込んだ。
顔を上げると、真っ白なクリームまみれの丸坊主のゴードン。
皆、あまりの事に声を上げられない。
が、そこで爆笑が上がった。
「ガッハッハッハ! ゴードン殿、これはとんだ事になりましたな!」
爆笑したのはゴライアスだった。
クリームまみれの顔で、ゴードンはゴライアスを睨む。
「なにが可笑しい!」
「いや、パーティーの席で逮捕などと――おとなげない事をした罰と思い、笑ってすませなされ。そうすれば、ガルドレッド殿も引責辞任を云々などとは申しませんでしょう。なあ、ガルドレッド殿?」
ゴライアスの微笑みに、ガルドレッドは、うむ……と頷いた。
が、ゴードンはそれでは収まらない。
クリームを手で拭うと、ゴードンは憤怒の声をあげた。
「黙らんか、このケモノ混じりが!」
その言葉に、ゴライアスの表情が変わった。
周りの者も、顔色を変える。――その時だった。
「余興がすぎるようだが……余の聞き違いか?」
不意に深みのある声が響く。その場にいる全員が、その場に凍り付いた。
空席だった上座の席の傍に、空間の裂け目が生じる。そこから現れたのは――
ガロリア帝国皇帝――レオンハルトその人だった。




