第三十三話 揺れる心 1 舞踏会のカサンドラ
カサンドラは紅い髪を上方へまとめあげ、肩から胸元まで露わな純白のドレスを身に着けている。肘まである白い手袋をつけ、紅いヒールを履いていた。
それに対しエリナは青のドレスを身に着けていた。ピッタリとした素材で手首まで袖があり、胸元にはレースがしつらえている。ヒールは白を選んでおり、眼鏡は外していた。
「おお、二人とも美しいではないか! では、行こうか」
ガルドレッドは二人の美女に相好を崩すと、馬車で王宮へと向かった。
馬車の中でエリナが口を開く。
「この視力矯正魔法って便利だな。ナターシャさんにかけてもらったんだが、眼鏡なしでもよく見える」
「ナターシャは優れた生活魔法の使い手でもあるからな」
紅い唇をしたカサンドラが微笑した。
二人を左右に連れたガルドレッドが、パーティー会場に入る。
と、会場からどよめきが起きた。
「おい、誰だ? あの美女たちは?」
「一人は――カサンドラ・レグナじゃないのか? 確か帝都に戻ってきているという話だ」
「もう一人は?」
「判らん。……が相当の美女だな」
場内を通り過ぎる中で、視線が三人に集中する。
ガルドレッドは笑みを浮かべた。
「ハッハッハ! これで儂は一番の注目株だ」
「――おお、ガルドレッド将軍! これはまた大変な美女を連れてきましたな」
ガルドレッドに話しかけてきたのは、熊耳の巨漢の男だった。
フォーマルな衣装を身に着けていはいたが、一目で判る戦士の風貌だった。
「ゴライアス将軍、これは儂の娘みたいなもののカサンドラ。そしてその友人のエリナさんだ」
カサンドラは静かに一礼する。エリナはにっこりと微笑してみせた。
「ほう、エリナさんはどちらからおいでかな?」
「ちょっと異世界から」
エリナは微笑したまま、そう答えた。
ゴライアスの表情が固まる。
「ほっほっほ、エリナさんは冗談もお上手とみえる。どうでしょう、この熊相手に一曲お相手願えるかな?」
「喜んで」
エリナは微笑して一礼すると、手を差し出した。
その手をゴライアスがとり、二人はホールの真ん中の方へ行き踊り始める。
多少、ぎこちなさはあったが、エリナはカサンドラとの猛特訓のおかげで、なんとかステップを踏んでいた。
その様子を遠くから眺めていたカサンドラとガルドレッドの元に、一人の男が現れる。
「なかなかの美姫――と思いきや、まさかの元隊長ではありませんか」
声をかけたのは、頭が完全なスキンヘッドの壮年男性である。
その姿を見た時、ガルドレッドとカサンドラの表情が、一瞬、強張った。
「ゴードン総隊長……盗賊の捜索に忙しい中、よくお越しで」
「いやなに、大したことありませんよ」
ガルドレッドの軽い皮肉に、ゴードンは薄笑いを浮かべて答える。
その笑いは何故か爬虫類を思わせた。
「……ご無沙汰しております」
カサンドラが目を伏せて一礼すると、ゴードンはいやらしい笑みのまま言った。
「カサンドラ殿は、軍隊を辞めたので結婚相手でもお探しかな? なんなら儂が紹介してもいいが」
「…結構です」
カサンドラはそう言うと、少しゴードンを睨む。
それだけ言うとその場を離れ、カサンドラは近寄ってきたウェイターの盆から白ワインのグラスをとった。
それをテーブルの傍であおる。
「……一番、会いたくない男に――」
カサンドラは小さく呟いた。
「――君が来てるとは思わなかったな」
後ろからかけられた声に、カサンドラは振り返る。
「……ケリー…来てたのか」
それはフォーマルな衣装を自然に着こなしたケリーだった。
その端正な顔に、ケリーは微笑を浮かべる。
「そんな姿の君を見るのは――初めてだね」
「そう…だろうな」
少し頬を染めて、カサンドラは横を向いた。
「一曲、お相手できないかな?」
「……承りました」
カサンドラは静かに目を伏せると、白い手袋の手を差し出す。
ケリーがそれを手に取ると、ホールの中へ進んでいく。二人は踊り出した。
手をつないだ二人は、しばらく黙ったまま踊っていた。
音楽の奏でるなか、二人の傍を光の粒子が流れていく。それは二人の視界に入りきらない、周囲の煌めきだった。
カサンドラはケリーを見上げた。
ケリーの金髪が微かに揺れる。その碧眼は、カサンドラを見つめていた。
何度目かのターンを待った時、ケリーが口を開いた。
「君の隊が全滅したと聞いた時――心配したんだ」
「そう…ですか」
「いてもたってもいられないくらいにね……。自分でも驚いたよ」
ケリーが苦笑してみせる。
「仕事も家も投げ出して、すぐにオーレムへ行こうかと思ったくらいだった……。まあ、君は無事だという続報を聞いて思いとどまったのだけどね」
カサンドラはステップを踏みながら、口を開いた。
「家を投げ出すなんて――よくないことです」
「そうだね…。もし実行していたら、僕は破滅していただろう」
ケリーは目を伏せて笑みを洩らす。
「その後、帝都に戻ってきた君を遠くから見た。……遺族に謝罪をしていく中で、張り詰めた顔の君に声をかけることはできなかった」
不意に音楽に合わせて、ケリーがカサンドラの身体を倒す。
ぐっとのけぞるカサンドラに、ケリーは囁いた。
「君に対する後ろめたさが……ずっとあったのかもしれない」
カサンドラは倒れた身体のまま、横を向く。
「お気になさらないでください――昔のことですから…」
カサンドラは身体を起こし、片手だけつないでターンを舞う。
それを引き戻し、ケリーは後ろからカサンドラを抱くような姿勢で、カサンドラの耳元で囁く。
「けど昔より…君は綺麗になった。……眩しいくらいだ」
カサンドラはその手からするりと抜けると、元の距離に戻った。
「貴方は少し――剣をおろそかにしてたのではないですか?」
「フフ……手厳しいな」
ケリーは苦笑した。
ふと、音楽がスローペースのものに変わる。
二人は距離を縮めて、互いの肩を抱き合うように踊り始めた。
カサンドラの顔の横に、ケリーの顔がある。互いの顔は見えない。
「家には……僕の居場所はないんだ」
表情の判らないケリーが、耳元で囁いた。
「妻は実家にべったりで――息子を僕に関わらせないようにしてる」
「……どうしてそんなことを?」
ゆっくりとステップを踏みながら、カサンドラは口にした。
「判らない。ただ…最初からあの家には、僕の居場所はなかったんだ。結婚した当初からね。あの家は優秀な跡継ぎが欲しかっただけで、婿や夫は必要じゃなかったんだよ――」
ケリーは自嘲気味に苦笑の息を洩らした。
と、不意に顔の見える位置に動いたケリーが、カサンドラを見つめた。
「僕は恐らく――選択を間違えたのだろうね」
「私には……選択肢はありませんでしたけど」
カサンドラはそう言うと、静かに笑った。
そしてカサンドラは、そっとケリーの手を放して後ろへ下がる。
「楽しかったですわ、グレイス師範。また…道場でお会いしましょう」
「カサンドラ……」
切なげな顔をするケリーに向かい、カサンドラは片手で弧を描いて一礼をした




