4 美しい姿勢
「まあ、それはともかくとして、明日、ケーキごちそうするからね」
「やった!」
嬉しそうな顔をみせたアルデと、何か怪訝な表情のコニーを残し、エリナとクロイドは捕らえた取り立て人の男を連行して歩いた。途中でグビル家で気絶してる男も拾い、二人を警護隊の詰所に連れていく。
警護隊で現れたのは、金髪碧眼で整った顔立ちのケリーだった。
「あ、ケリー師範だね。こいつらは昨日、ボークス伯爵家を襲撃した連中の仲間だ。こいつらも襲撃グループに加わってたと思う」
「貴女は……カサンドラと一緒に道場に来た――」
「エリナ・ロイ。よろしくね」
エリナ微笑しながらも、眼鏡の奥の瞳を、覗き込むようにケリーに向けた。
ケリーは一緒に来たクロイドを見る。
「クロイド、どういう事なんだ?」
「本当ですよ。そいつら、ヒモグラーとかいう化物に変異します。かなり強くて傷の回復力が高いんで注意してください」
クロイドの言葉に、ケリーは少し眼を見開いた。
「なるほど……判った。後のことは引き受けましょう」
「よろしくお願いね。そいつらの本拠地の訊き出しとか――大事なことだから」
エリナは挑戦的な目つきでケリーを見る。
ケリーは表情を押し殺した顔で、その目つきを見返した。
と、エリナがうっと呻いて、横を向く。
「…なにか?」
「か、顔が綺麗すぎて――正視できない。ケリー師範、男前すぎるわ~」
そう言うとエリナは笑顔をみせて、掌をあげた。
「それじゃあ、そういうわけで、よろしく~」
そういうと手を振って、エリナとクロイドは詰所を後にした。
残りの借用書をエリナとクロイドで返して回る。
歩きながらエリナはクロイドに言った。
「しかしクロイド、二体目のヒモグラーをよく倒せたね」
「あんたの真似をして、足元をコニーとアルデに攻撃させたところを狙ったからな。……あんなやり方、道場では習わなかった」
クロイドが苦笑しながら言う。
「道場で剣術で仕合ったらオレの方が強いだろうけど――実戦ではエリナが強いよ。そう感じた」
「まあ、実のところ、私は勝負しなければかなり強いのだ」
エリナは胸を張って笑みをみせる。
「勝負しなければ強い――ってなんだ?」
「そういう戦い方ってことだよ。けど、人生は真正面から勝負しなきゃいけない事も多い。勝負しないで勝つことに慣れると、本当に勝負しなきゃいけない時に弱くなってしまう……。だから私は、カサンドラと一緒に来たんだ」
クロイドはエリナの言葉に首を傾げながらも、口を開いた。
「よく判らないけど……真面目に剣術に取り組むってことなんだよな?」
「そういう事だ。いずれクロイドにも、教えてもらいたいな」
そう言って微笑するエリナに、クロイドは赤くなったのを隠すように横を向いた。
「お、おう。幾らでも教えてやるよ」
「フフ……頼むよ、クロイド」
エリナは嬉しそうに囁いた。
* * *
カサンドラはノウレム・ノイマンの屋敷に来ていた。
既に座学で高度魔法理論の授業を受けている。
「――という訳だから、復元魔法は時空間におけるライプニッツ遡行を原理としてるわけです。この場合、時間軸はそれぞれの主体――観察点に基点を持つ相対性原理が働くため、生命のあるものは働きかける側の時間操作影響を受けないわけです」
「それでは、生命体は復元できない、ということですね」
「そうです。復元できるのは、主体のない『物』だけです。時空間原理を理解して復元魔法が使えるようになれば、上級魔導士への入り口となるでしょう」
ノウレムの魔法理論の講義は高度なゆえに難解で、カサンドラは大変な思いをしながらも、脳をフル回転させてくらいついていった。
「それでは少し休憩した後に、実技に入りましょう」
「はい、ノウレム先生」
カサンドラは逆に、ほとんど疲れた様子を見せないノウレムに驚いていた。
ノウレムは優雅な手つきで、装飾の施されたティープレスから紅茶をカップに注ぐ。カップは白磁で、可憐な花の柄が装飾されていた。
受け皿に乗ったカップをカサンドラの前に置くと、ノウレムはティースタンドを持ってきた。
銀色の金輪の中に皿が三枚、縦に並び、その上にはスコーンやクッキー、ケーキが置かれている。
「ノウレム先生……これは随分と豪奢な感じなのでは? いつもこういうものを召しあがってるんですか?」
「まさか。貴女がいるから、今日は特別。貴女がどれくらい食べるから判りませんからね」
ノウレムはそう言って、静かに微笑む。
カサンドラはスタンドからチーズケーキをとると、笑ってみせる。
「ケーキ一つあれば充分です」
「そう。ならば明日からはそうするわ」
「毎回、お菓子が出てくるんですか? ご負担なのでは?」
「貴女から貰う授業料から出してるのだから、何の負担でもありません。貴女の方こそ――授業料は負担ではないの?」
ノウレムの問いに、カサンドラは紅茶を口にした後で答える。
「実はレースクエストというもので得た収入があるので、懐事情は今は大丈夫です」
「そう。それならいいけど」
ノウレムは優雅に紅茶を飲む。そのたたずまいを見て、カサンドラは言った。
「ノウレム先生は――変わらず、品があって美しいですね」
「真の品格というのは、ただ見た目をよくする体裁などとは違います」
ノウレムは言った。
「真の品格というのは――内面から出るものです。経済的に豊かでマナーをわきまえてても品のない人もいれば、まったく無教養で貧しいけれど品のある人もいる。その品の有無を分けるのは、なんだと思いますか?」
突然の質問に、カサンドラは少し考えた。
「倫理観――志、みたいなものでしょうか?」
「いい答えですね。これは貴女のやっている剣術とも少し近い言葉ではありますが――わたくしは『姿勢』だと思ってます」
ノウレムの答えを、カサンドラは真剣な面持ちで聞いた。
「姿勢……ですか」
「そうですね、人は姿勢にその生き方が出る。……わたくしは自分の魔法の知識や力量が、社会に有用な価値や意味を持っていることを知っています。その事に誇りを持っています」
ノウレムは、奢る様子もなく淡々と話し始める。
「同時に、その力は大変に強力で、使い方を誤れば危険――社会の脅威となりうることも知っています。だからこそ、わたくしは規律を重んじます。自分の行いが、人の害になったりせぬように……。そういう生き方が、わたくしの姿勢を作っているでしょう。そして貴女は、わたくしの姿勢を美しいと言ってくれた」
ノウレムはそう言うと、カサンドラに微笑んだ。カサンドラは頷く。
「けど、人によってはわたくしの姿勢を厳しく、冷たいと捉える人もいるでしょう。けど、わたくしは嬉しく思いましたよ、カサンドラ」
「ノウレム先生……」
カサンドラはノウレムの静かな笑みに、何か誇らしい気持ちを感じていた。
「ところでカサンドラ、貴女は少し――女っぽくなりましたね」
「え……そうです…か?」
戸惑うカサンドラに、ノウレムは微笑してみせる。
「自分でも気づいてないでしょう。姿勢とはそういうものです。軍人の頃の貴女は、まさに『肩ひじを張って』生きている姿勢でした。遠くから見ても、それがよく判ったものです。怒りと憎しみを内に秘め、世界を敵に回しても勝つつもりでいる――そんな姿勢でした」
カサンドラは一瞬驚きに眼を開いたが、すぐにその言葉に納得した。
「確かに……そういうつもりでした。男社会の軍隊で、私は誰よりも成果をあげるのに必死でした」
「今のあなたは、そんな自分を強く見せようとしていたあの頃より、ずっと芯がある立ち方をしている。それは自分の弱さを知ってるから――それに対して毅然と向き合いたいという気構えがあるからでしょう。と同時に、以前には敢えて封じようとしてた優しさが、姿勢や所作に現れてます」
「そう……ですか…」
「貴女は女性魔導士である自分を封じて、男社会で生きる軍人で剣士であろうとした。つまり優しさを抑えて、厳しさを身に着けたのです。それは自分の一面を抑えこんでできた人格ではあるけど、もうそれも貴女の一面でしょう」
ノウレムの言葉に、カサンドラは息を呑んで頷く。
「自分の全てを認めてあげなさい、カサンドラ。貴女は女で魔導士で――剣士なのでしょう?」
「はい――そうです」
「その生き方に誇りを持って、気高く、美しく生きればいいのです。それはおのずと、貴女の内側から出る品となるでしょう」




