第三十二話 帝都の不穏 1 宮廷の派閥
ガルドレッドの剣技の凄みに、カサンドラは慄然としていた。
「凄い――」
動きが早かったのはジェットの方だった。そして先に動いたのも。
しかしジェットが攻撃を仕掛ける直前、いや、それよりも僅かに速くガルドレッドは踏み込み、無防備なジェットを斬った。
(相手の出頭を抑える――それは基本ではあるが奥義だ。おじ様はこの速度の怪物相手に、実戦の場でそれを実行してみせた)
カサンドラの身体が震えた。
「――チッ、なんだこいつは! もういい、目的は果たした。撤収するぞ!」
「逃げるつもりか」
「オッサンの相手は……いずれしてやるよ」
ジェットは不敵に笑うと、声をあげた。
「一斉放火!」
その声に、そこに集まってきていたヒモギラーが一斉に火を吐く。
カサンドラはその場で力場障壁を作り、火炎放射を防御した。
そしてその火炎が止んだ時――ジェットたちの姿は消えていた。
「地中へ逃げたか……」
ガルドレッドが呟く。
屋敷の外の庭には、ヒモグラーの開けた穴があちこちにあり、そこからジェットたちは離脱したものと思われた。
カサンドラが屋敷に戻ってくると、エリナと、ガルドレッドが連れてきた二人、そしてアルデが治癒術を施している。
カサンドラは改めて、ガルドレッドと向きあった。
「おじ様、危ないところを――ありがとうございました」
「いや……まさか儂もこんな事になってるとは思わなんだ。あの化物連中が、最近噂のブラック・ダイヤモンドか?」
白い口髭を撫でた後、剣を収めながらガルドレッドは言った。
カサンドラは頷く。
「はい。私は連中と、オーレムで戦闘したことがあり、その戦闘力が高いので最低20人は警護隊員を待機させるようにとお願いしたのですが――」
「うむ。儂もお前からそう聞いていたから、総隊長にはそう話した。が……」
ガルドレッドは渋い顔をしてみせた。
カサンドラは、治癒が終って意識を取り戻していた隊員に、しゃがみこんで訊ねてみる。
「おい、この任務にお前たちを組織したのは誰だ?」
「……ケリー・グレイス隊長です」
少し呻くように、その隊員が答える。カサンドラは眼を見開いた。
カサンドラは振り返って、ガルドレッドを見た。
「ケリー――グレイス師範は、今、警護隊員なのですか?」
「そうだ。だが……奴を責めるな。この編制に総隊長のゴードンが絡んでるのは間違いない」
ガルドレッドは渋面でそう答える。
カサンドラは、またも驚愕の顔を浮かべた。
「ゴードン将軍――いつから警護隊の総隊長に?」
「半年ほど前からだ。お前はオーレムにいて、中央の動向に疎かったかもしれんが……。『拘束派』の奴が総隊長に就任したことで、奴隷に対する強制連行や虐待の罪はいよいよ放置されることになった」
カサンドラは苦渋の顔で呟いた。
「宮廷内の派閥争いのために――この警護隊員たちは死ななければならなかったのですか?」
生き残った者も5人いたが、5人は既に絶命していた。
「ここに来ることができたのは、ケリーがぎりぎりの処で儂に教えてくれたからだ」
「え」
ガルドレッドの言葉に、カサンドラは短く声を洩らす。
「あやつはゴードン将軍と懇意にしているラインズ侯爵の娘と結婚している。ラインズ侯爵は奴隷制度を擁護し、奴隷には拘束が必要だと主張する派――『拘束派』だ。ゴードンも拘束派、しかも獅子王戦騎団の一人でもあり、非常に影響力を持つ男だ。警護隊の中で、ケリーは望む望まぬに関係なく、拘束派の一人だ」
カサンドラは神妙な面持ちで、ガルドレッドの言葉を聞いた。
「今日、この隊に編制された者を見ると――奴隷制度を廃止して解放しようとする派――『解放派』の子息が多い。恐らくケリーはゴードンに言われ、解放派の者を隊に編制したが、その戦力が不足なのは判っていたのだろう……。それで夜になって家人に気付かれぬように、儂のところに来て助力を頼んでいった。儂はそれから集められる門下生に声をかけ、駆け付けたが――少し時間がかかりすぎてしまったようだったな……」
ガルドレッドの言葉に、カサンドラは何も言えずに沈黙する。
治癒を続けていたエリナは、黙ってその眼鏡を向けた。が、不意に声を上げる。
「――アルデちゃんは、治癒術もできるんだねぇ」
突然、声をかけられたアルデが、驚いた顔でエリナを見る。
「あ、アルデちゃんって――どうしてあたしの事、知ってるんですか?」
「いや、それはコニーくんが――」
「ぼ、僕のことはいいでしょう!」
いきなり名前を出されたコニーが、真っ赤になって声をあげる。
治癒術を施しながら、アルデが不思議そうな顔でコニーを見た。
「コニー、あたしのこと何か言ったの?」
「な、何も言わない! お前のことなんか、何も言うもんか!」
コニーは赤くなって、アルデに声をあげる。
アルデは不思議そうな顔で、声を洩らした。
「ふうん……」
そこへクロイドがやってきて、ガルドレッドに言った。
「先生、とりあえず生存者は歩けるくらいには回復しました」
「うむ。肩を貸して治癒院まで連れて行ってくれ。深夜だが仕方あるまい」
一同はそれから生存者を治癒院に運び、亡くなった者の遺体を運び出した。
襲われたボークス伯爵家の家人は皆殺しにされており、子供のいなかった夫婦の妻の方は、心臓が抜き取られていた。
全ての事後処理を終えると、夜明け近くになっている。ガルドレッドに言われ屋敷に戻ったエリナとカサンドラは、入浴して血を洗うと、泥のように眠った。
エリナが起きると、隣のベッドは既に空であった。
「――起きたか」
カサンドラがカーテンを開けながら、エリナに言った。
「もう起きたの? タフだなあ」
「魔法の先生と約束がある。昼食を食べて、行かなければいけないんだ」
カサンドラはシャツのボタンをとめながら、そう微笑した。
エリナは眠たそうな眼をこすると、のろのろと身体を起こした。
「しょうがない……私も起きるか――」
「お前は治癒術を施していたから、疲労も私より高い。休んでいていいんだぞ」
「いや、カサンドラと一緒にランチにする」
エリナは眼鏡をかけながら、そう微笑んでみせた。
食堂に行って、二人は用意されたランチを食べる。
リゾットを口にしながら、エリナは訊いた。
「あの…ゴードン将軍って、何かカサンドラと訳アリなのかい?」
「……目ざとい奴だな」
「まあね」
エリナの済ました顔にため息をつくと、カサンドラは口を開いた。
「ゴードンは兄グラントが軍隊の訓練所に入った時、所長だった人物だ」
「それってあの……『訓練に耐えられずに自死するとは、軍人としての恥だ』発言の人物?」
カサンドラは頷いた。
「あの時から拘束派と解放派の対立は、潜在的に続いていたが――父、バリーは熱心な奴隷解放論者だった。ゴードンはそれが気に入らなかったのかもしれない」
「待って……それじゃあ、もしかしたらお兄さんの自殺は、ゴードンによる執拗な嫌がらせの結果――という可能性もあるんじゃないの?」
エリナの言葉に、カサンドラは眼を見開いた。
「確かに……父は兄が死んだことに、ただ絶望したのだと思っていたが――兄の死が、自分の原因によるものだと知って、父は苦しんだのかもしれない」
カサンドラは無意識に、深いため息をついた。
と、エリナが声をあげる。
「なんかゴメン。カサンドラの過去の思い出を、苦しいものにしちゃった感じで」
「いや、何にしろ向き合わなければいけなかったことだ。むしろ気づかせてくれた事に感謝してる。ありがとう」
カサンドラは礼をした。
「真面目だなあ、カサンドラは。けど、もしそうなら……ゴードンって人、今回の警護隊の件でも言えるけど――悪だな」
「ゴードンの件……改めて真実を知らなければいけない気がする」
カサンドラは、強い意志を見せてそう呟いた。




