5 襲撃の夜
翌日の午後から教授を受ける約束をして、カサンドラは屋敷に帰った。
しばらくすると、エリナが帰ってくる。が、そこには慌てた様子があった。
「大変だ、カサンドラ!」
「どうした?」
「連中、今夜にも貴族の家を襲撃する予定だ。ボークス伯爵――とか言っていたぞ」
「奴隷制度廃止派の貴族の一人だ」
カサンドラは苦い顔をして、腕組みをした。
「何時から襲撃する予定だと言っていた?」
「深夜2時。『向うの連中と合流して』とか言っていたから、どうやら拠点はあそこだけではないらしい。……どうする?」
エリナの問いに、カサンドラは答える。
「おじ様にまず相談して、おじ様から帝都警護隊に連絡してもらおう。事前にボークス伯爵の屋敷で待ち構えていれば、連中を一網打尽にできる」
「私たちは?」
「連中が出払った隙を狙って、そのアジトから借用書を奪おう」
カサンドラの言葉に、エリナは不敵な笑みを浮かべた。
* * *
深夜1時半。二人は犯罪者のアジト近くまで来ていた。
「今頃は向うで、帝都警護隊が屋敷で待機しているはずだ」
「こっちはその間に――泥棒しますよ、っと」
エリナはにっと笑う。
「それじゃあ、カサちゃん、お手々つなごうよ」
「気持ち悪いな! なんだ、いきなり!?」
「だって、透明化するのに、クオンくんがいる時みたいに合体できないんだよ。お手々つなぐしかないでしょう」
「それは判ってるが、カサちゃんはやめろ」
「私のことはエリちゃん、って呼んでいいんだよ?」
「……お前、この状況でよくふざけられるな」
カサンドラは呆れたように声を洩らしたが、差し出されたエリナの手をとる。
「じゃあ、消えますよ~」
と、言うなり二人の姿が消える。
二人は手をつないだまま、アジトに潜入した。
カサンドラが前を歩き、後ろにエリナがついていく。
アジトには誰もいない。
「拍子抜けだな」
カサンドラは光魔法を小さく灯し、室内を照らした。
二人は手分けして、借用書を探す。机の引き出しのなかに、目的の物をエリナが見つけ出した。
「あった! グビルさんのものがある。他の人の借用書もある。根こそぎ奪ってやろう」
「よし、引き上げよう」
二人はまた手をつないで、アジトを脱出した。
少し離れた処まで来たところで、エリナが口を開く。
「ねえ、あっちの様子、気にならない?」
「そうだな……帝都警護隊もそれなりの戦力を用意したとは思うが、相手はあのヒモグラーの軍団だ。少し、様子を見に行った方がいいかもしれない」
カサンドラの言葉にエリナも頷き、二人は深夜の街をボークス伯爵の屋敷へと向かった。
鉄の門扉が閉じられているボークス伯爵の屋敷は、灯りがついている。
小さな悲鳴が聞こえ、二人は顔を見合わせた。
二人は屋敷内に、走って潜入する。
入ってすぐの廊下に、若者が血だらけになって倒れていた。
「おい! しっかりしろ! 何があった!?」
カサンドラの声掛けに、若者がうっすらと眼を開ける。
「う……連中と戦闘になったが――奴らは化物に変異して……数も向うの方が多く、やられてしまった……」
「数が向うの方が多い? 何故だ! おじ様には最低、20人は警護隊員を用意してくれと頼んだはずだ」
「う……」
若者は痛みが生じたのか、そのまま気を失う。
エリナが治癒の手をあてた。
「出血は多いが、彼は命は大丈夫だ。――先が心配だ」
「行こう」
二人はさらに屋敷を進む。
と、広間に出た時、その凄惨な景色に二人は息を呑んだ。
警護隊員らしき者たちが、部屋のあちこちで血まみれになって横たわっている。
その壁も床も、血しぶきと血だまりで染まっていた。
その中央に、動く影がある。
ぐちゃ……と湿った音がした。
「この状況は……」
カサンドラが呻くと、その影が振り返った。
それはしゃがみこんだ男女の二人組だった。
若い男と女。その二人とも金髪で、顔と身体にチーターのような紋様がある。
そして振り返った二人の姿に、カサンドラは息を呑んだ。
二人はその口の周りを血に染め、肉片を口に咥えていた。
「お前たち……何をしている…」
鋭い目つきをした男が立ちあがった。
「お前たち、見覚えあるぜ……確か、ブランケッツの奴らだ」
「あの、アタシを殺しかけたクオンって奴の仲間ね! ブッ殺してやる!」
女の方も立ち上がって、血まみれの口で呪詛を吐く。
二人が立ち上がった床に――女性の遺体が転がっていた。
その胸の中央が、ひどく抉れて血まみれになっている。
「お前たち……何をした…」
カサンドラは、震える声でもう一度言った。
女が得意気に口を開く。
「心臓がね――一番美味しいんだよ! 弾力があってさあ、やっぱり命は心臓が一番大事なんだって思い知らされるよ。ねえ、ジェット」
女が傍の男――ジェットに、トロンとした目つきで話しかける。
「ああ、そうだなザビー。やっぱり、心臓が一番だ。できたら子供の方が美味いが、この家には子供はいなかった。残念だったな」
ジェットはザビーにそう笑いかける。
ザビーはうっとりとした目つきで、ジェットにしなだれかかった。
「ねぇ、ジェット…仕事が終わったら、どっかに子供を食べに行こうよ。アタシ……もうガマンできない――」
ザビーはそう言うと、ジェットにくちづけをする。
二人は互いの血まみれの唇を舐めあい、互いの舌をむさぼり合うように絡めた。
「貴様らは――」
カサンドラは、憤怒の表情で声を上げた。
「許されぬ存在だ!」
カサンドラの手から鎖剣が飛ぶ。
が、その瞬間、二人の姿は消え、鎖剣は空を切った。
「なに!?」
驚いた瞬間に、カサンドラは右から気配を感じて前に跳び退いた。
その刹那、ジェットの爪がその場を斬る。
「へぇ、避けたかよ」
嘲笑うような声を出して、ジェットの姿が消える。
と、今度は後ろからジェットの爪が襲い掛かった。
「くっ!」
かろうじてカサンドラは、ジェットの爪を防いだ。
ジェットの爪が、ギリギリとカサンドラの剣を押し込んでくる。
「……なんてスピードと速さだ――」
歯を喰いしばるカサンドラに、ジェットが薄笑いを浮かべながら言った。
「俺とザビーは、サンダーチーターの細胞を移植して生まれた怪造人間――怪人だ。ヒモグラーとは、ワケが違うんだよ!」
そう嘲った瞬間に、ジェットの姿が消える。
しかしカサンドラも、全身から火炎魔法を放った。
炎の爆発力で、ジェットの動きに追いつく。
駆けるジェットに、カサンドラは斬り込んだ。カサンドラの剣が、ジェットの肩をかすめる。その肩から血が流れ出した。
「いいねえ! おもしれぇ!」
ジェットは足を止めると、凄みのある笑いをみせた。
「お前の心臓は、とびきりの味がしそうだぜ!」




