4 カサンドラ、師と再会す
悪びれずに微笑むエリナに、カサンドラは言った。
「探ってもいいが……場所を突き止めるだけにしておけ」
「それで、どうするってのさ? 警察――はないから、帝都の警護隊とかに、連中がデイリー洋品店を襲った張本人だって訴えて証拠が挙がるのを待つ? けど、もう四件も事件が起きてるのに。アテになるの?」
エリナが不満げに抗議する。それに対し、カサンドラは言った。
「……残念だが、あまりアテにならないだろうな」
「やっぱり! それじゃあ、あの犬耳親子も安心できないじゃん! じゃあ、やっぱり実力行使だよ!」
鼻息を荒くするエリナに、カサンドラは言った。
「それは構わない、行くなら夜――そして私と一緒、ということだ」
カサンドラの言葉を聞いて、エリナは目を丸くした。
カサンドラが悪戯っぽく笑ってみせた。
「さっすがカサンドラ! 頼りになるぅ」
「くっつくな! まあ、とにかく居場所だけ確認するんだ。エリナの透明化は、今までどんな相手にも察知されたことがないから大丈夫だとは思うが、不測の事態はありえる。確実性の高い、夜を狙おう」
カサンドラの言葉に、エリナは頷いた。
「ようし、そうと決まれば、私はあいつらを探しにいこ」
「私は魔法の師匠に会いにいく。――夕方、屋敷でな」
「判った」
二人はそう言うと、互いの目的に向かって歩き出した。
* * *
カサンドラは街の端の方の、整然とした住宅街の一角にある屋敷を訪ねていた。
門扉の呼び鈴を鳴らす。と、傍の通話管から声がした。
「お入りなさい」
鉄の門扉が自動で開く。カサンドラはそこへ足を踏み出した。
屋敷の前へ来ると、玄関扉が自動で開く。カサンドラは勝手知ったるように、奥へと歩みを進めた。
奥の一室の前で足を止め、ノックする。扉が自動で開いた。
室内に歩み出すと、机に向かい書き物をしている女性の元へ近づく。
「お久しぶりです。――ノウレム・ノイマン先生」
「ごきげんよう、カサンドラ・レグナ。……確かに、久しぶりですね」
机に向かっていた女性が手を止め、視線を上げた。
姿勢よく座っている状態から、席を立って近づいてきた。
「それで……わたくしの処に来たということは、黒炎のガントレットの呪縛から逃れたということですね」
ノウレム・ノイマンはカサンドラにそう言った。
オールバックにした黒髪が膝裏まで伸びている。髪は黒だが、睫毛と瞳は白。
美女ではあるが年齢が全く判らないその風貌は、少女期のカサンドラの知っている姿から全く変わってなかった。
「はい……ノウレム先生」
カサンドラは少しうつむき加減で、そう答える。そのカサンドラに、ノウレムは問うた。
「それで――今更、わたくしの処に来て、どうしようというのでしょう?」
「先生の言っていた事がやっと判りました。黒炎のガントレットは攻撃衝動を高めすぎて危険だと……。私は自分を見失い――誤った判断をして、部下を全滅させてしまいました……」
カサンドラの声が震える。
「……申し訳ありませんでした。ノウレム先生」
「謝罪をわたくしにしても仕方のないことです。ただ…あなたが、部下の遺族に既に謝罪をしてまわったことは周知の事実です。零した水は元には戻りません。あなたは自分なりに前を向いて生きるよりほかないでしょう」
怒っているわけでも責めているわけでもなく、ノウレムの言葉は淡々と紡がれた。その言葉の中には、慰めもなかった。
「私に――もう一度、魔法を教えていただきたいのです」
カサンドラは、ノウレムを見つめて言った。
ノウレムは静かにカサンドラを見つめている。が、やがて声をあげた。
「遅すぎます」
「……え?」
「魔法の才能を伸ばす10代――あなたは魔導士になるため、わたくしの処へ来ていた。才能があり、伸びる子だとわたくしは判断し、その教育を引き受けた」
踵を返すと、ノウレムはカサンドラに背を向けた。
「しかしあなたは兄、ショーン・レグナの死を知った15歳の時、軍隊に入るために剣術をやると言い出した。わたくしは反対しました。あなたの才能は魔法に向けられるべきだと思ったからです。けど、あなたは剣と魔法の両立を選んだ……」
ノウレムは静かに歩くと、元の机まで戻っていった。
「そして17歳の時、黒炎のガントレットを選んであなたは軍に入隊した。剣の修行もおろそかにし、魔法の修行も半端のままに――。黒炎のガントレットは上級魔導士になってからでなければ危ない。そう言ったわたしの忠告を無視し、あなたは軍の活動に全精力を傾けた。その活躍は悪鬼のごとく激しいもので、あなたは年若い女であるにも関わらず、軍隊のなかで着々と昇進していった。それと引き換えにしたのは……魔法の才能を伸ばす貴重な時間」
ノウレムは椅子に座ると、カサンドラを見上げた。
「あなたは今から努力しても、もう魔法の最上位に到達することは難しいでしょう。お帰りなさい、カサンドラ・レグナ。私は限界が見えている者に教えるほど、余裕のある人間ではないの」
白い睫毛と白い瞳が、カサンドラに静かに向けられる。それは静かな拒絶の色を帯びていた。
カサンドラはそれを正面から見据えた。
「私は……魔法の最上位になりたくて、教えを乞いに来たのではありません」
「軍隊を除隊したと聞きました。それで今度は魔導士を目指す――そういうつもりではないのですか?」
「私は今――冒険者です」
ノウレムが僅かに、苦々し気な顔をする。
「不定就労者ですね。中途半端な魔法を使ってモンスターを狩り、その日暮らしの収入を得る――。きちんとした仕事が欲しいのなら、紹介してあげましょう。冒険者などという将来性のない下賤な仕事はおやめなさい」
「冒険者は下賤ではありません!」
カサンドラは厳しい顔で、ノウレムに言った。
「日々、生きた魔法を現場で使い、社会に必要なモンスターの駆除と素材収集を担う立派な仕事です。冒険者たちを蔑みの眼で見る貴族社会の意識は間違いだと――私は気づきました」
「そう。ならば、その冒険者の魔導士に教えを乞いなさい。わたくしのは『生きた魔法』とかではないのでしょうから」
ノウレムは冷たくそう言い放つ。カサンドラは激しく机に両手を置いた。
「違います、先生! 私は魔法を使い実戦をこなすなかで――先生の教えてくれた事の深さがやっと判りました。先生の魔法を『生きた魔法』にできてなかったのは、幼かった自分の未熟のせいだったと気づいたんです。お願いです、先生。私は最上位の魔導士になれなくてもいい。ただ、今の自分より強くなって――仲間の役に立てるような……そんな魔導士になりたいんです!」
カサンドラは必死の形相で、ノウレムを見つめた。
ノウレムはそれを静かに見ていたが、やがて口を開いた。
「30倍の努力が必要です」
「え?」
カサンドラは意味が判らずに、眼を丸くした。
ノウレムは椅子から立ち上がり、表情を変えないまま言葉を足す。
「10代のあなたができていた事をクリアするために、30倍の努力が必要です。そして――私は規律を重んじます」
ノウレムは両手を身体の中央で合わせたまま歩いてくると、カサンドラに言った。
「私が与える規律を守り、30倍の努力をするというのなら――あなたに高難度魔法の教授をしましょう、カサンドラ・レグナ」
「ありがとうございます! ノウレム先生!」
カサンドラはすぐさま頭を深々と下げる。その紅い髪が揺れた。
カサンドラが顔をあげると、ノウレムの顔は変わらず平静だった。
「一つだけ……コツを教えましょう。――貪欲になりなさい、カサンドラ」
「貪欲…ですか?」
「あなたは死んだ兄の代わりに、そして父親のために軍人になろうとした。あなたは性根が優しく、他人想いです。……けど一旦はそれを捨てて、自分のために貪欲になり、好奇心を抑えないこと。まず、これがあなたに与える規律です」
そう言うと、ノウレムは口元に微笑を浮かべた。
カサンドラは即答する。
「判りました、先生!」
「ところで――」
表情を少し和らげたノウレムがカサンドラに問う。
「少し見ないうちに、ファッションセンスは大分変ったようね。これからは、そういう感じで現れるのかしら?」
「あ、いや、これはたまたま……こういう格好をすることになりまして――」
カサンドラが狼狽する様子に、ノウレムは微笑した。
「いいんですよ。自分の幅を広げる事――これも大事なことです」




