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3 ブラック・ダイヤモンドの手口


 エリナとカサンドラが路地裏に駆け付けると、そこでは二人組の男が少女の腕を掴んで連れて行こうとする現場だった。


 ふと見ると、少女には垂れるタイプの犬耳がある。

 男の一人に蹴られ、傍で倒れている少女の父親らしき男にも、犬耳がついていた。


「娘を奴隷として売れば、お前の借金もなくなるって言ってんだろ!」


 男の一人がそう言って、父親を蹴とばす。父親はその足に必死になってしがみついた。


「売るつもりなどありません! お願いです、やめてください!」

「うるせぇって言ってんだよ!」


 男は父親の腹を思い切り蹴り上げた。

 父親が呻き声をあげ、腹を押さえて悶える。


「お父さん! ――もう止めてください。わたしなら……もういいです。判りましたから!」


 少女な泣きながら、男たちに懇願した。

 男たちは下卑た笑みを浮かべて、少女を見た。


「ヘヘ、わかりゃあいいんだよ。お前は俺たちが可愛がった後に、高値で売ってやるぜ、ありがたく思えよ」

「――その手を離せ! 親が望んでもないのに娘を奴隷にするなど、犯罪だぞ!」


 その凛とした女の声に、男たちが振り向く。

 声をあげたのは、ロングスカート姿のカサンドラだった。


「な……なんだ、お前?」

「その手を放せ、と言っているんだ」


 お嬢様風のいでたちとは裏腹に、極度に厳しい目つきでカサンドラは男たちを睨んだ。

 少女を掴んでいる男は少し怯んだが、もう一人がカサンドラに言い返す。


「おい、関係ないことに首を突っ込むと痛い目をみるぜ? それとも――お前たちも奴隷にしてやろうか?」


 男は下卑た笑みを浮かべると、腰からナイフを出してみせた。そしてそれを、舌で舐めてみせる。


 カサンドラはげんなりした顔をみせた。


「なんだそれは……? 恐がらせてるつもりか?」

「な――なんだとぅっ!」


 男がいきり立ってナイフをカサンドラに向けた瞬間、カサンドラは手刀で男の手を打っていた。ナイフが地面に落ちて、乾いた音をたてる。


「く――いってぇ!」

「畜生! てめえら、なんだってんだ!」


 少女の腕を掴んだ男が、少女の手を強引に引っ張ろうとする。

 と、その男の尻に、手裏剣が三枚突き刺さった。


「痛ってぇっっ!」


 男が絶叫して少女の手を放す。エリナは手裏剣を持った片手を、顔の横に構えてみせた。


「なんなら、その顔面にお見舞いしてもいいけど?」

「この(アマ)ッ!」


 男はエリナを両手で捕まえようと跳びかかる。

が、その瞬間、男の手は空を切った。


「あれ? 何処に消えやがった?」


 男が呟いた瞬間、足元が何かに蹴とばされ、男は地面に転倒する。

 と、その男の顔の傍に、手裏剣が立て続けに突き刺さった。


「ヒッ、ヒィィィ――」

「次は容赦せずに、顔面に刺すけど――どうする?」


 エリナの姿がどこからか現れ、男の顔を覗き込んだ。

 が、男は歯を剥き出しにすると、憤怒の表情でエリナを睨む。


「このアマ、甘くみてりゃいい気になりやがって――」


 突如、男の顔に異変が生じる。何か、不穏な空気がよどみ始めた。


「バカ、よせ! この場で力を使うのはやめろ!」

「けど、こいつら――」

「いいから、よせ! ボスにどやされるぞ!」


 男の声を聴くと、よどみは消えた。倒れていた男は立ち上がり、もう一人の男が声をあげる。


「もういい! 今日は行くぞ!」


 それだけ言うと、男たちは脱兎のごとく駆けていった。

 カサンドラはそれを見送る。エリナは倒れている少女の父親の傍にしゃがんだ。


「大丈夫ですか? ん……思ったよりもひどい怪我。ちょっと治しときますね」

「そ、そんなお金は――」

「お金なんかいりませんよ」


 エリナは犬耳の父親に笑うと、父親に治癒術を施し始める。

 カサンドラは少女に訊ねた。


「君も大丈夫か?」

「わたしは……平気。お父さんが、守ってくれたから――」


 そう言うと、少女は地面に座っている父親に抱きついた。


「ちょっと、話を聞かせてもらっていいか?」


 カサンドラの言葉に、父親が驚いた顔をしたが、やがて頷いた。

父親が回復すると、二人は傍の家屋についていった。それは小さな工場だった。


「これは何の工場ですか?」

「染め物です。うちは染物屋なんです」


 父親は二人を小さな客間へ通すと、そう言った。

 二人がソファに座ると、父親は事情を話し始める。


「数人でやってる小さな工場ですが、布を染め上げてデイリー洋品店に卸していたんです。けど、デイリー洋品店が三日前、強盗にあい財産を全て奪われました。ご夫婦は惨殺され、娘二人が行方不明になる事件が起きたんです」

「その強盗って、もしかして『ブラック・ダイヤモンド』?」


 エリナの言葉に、父親は頷く。


「そうです! 今、街を騒がせている犯罪集団です。……私はこれからどうしたものかと思案にくれていましたが、突然、借用書を持ったあの男たちが店に来ました。私は運転資金をデイリー洋品店から借りて工場を運営しているのですが、それを急に返せと言い出すのです。そんな急にお金はないと言うと、娘を奴隷にして売れ、と言い出して、それを拒否すると暴力を受けたんです――」


「連中が強盗の一味だと告白してるようなものじゃないか」

「連中が言うには……自分たちはデイリーに貸しがあって、その担保として四日前にデイリーからうちの借用書を譲られた――と言うのです。そんな無茶な話が…」


 父親は肩を落とした。

 と、エリナが父親に訊ねる。


「その借用書の借金はどれくらい?」

「100万ワルドほどですが……」

「今、卸せる商品はどのくらいあるの?」

「ざっと80万ワルド分くらいですね――」


 エリナは微笑んだ。


「判った。ちょっと心あたりをあたってみる。何しろ、これからの卸し先が必要でしょ?」

「え? 卸し先を紹介してもらえるんですか?」

「一応、そのつもり。ところで……『ブラック・ダイヤモンド』の事件ってもう何件も起きてるわけ? 何処も捜査したりしないの?」


 エリナの問いに、父親は頷いた。


「デイリー洋品店を含め、順調な経営をしていた店がもう4軒被害にあってます。それから、奴隷制に反対していた貴族のカラール候の家や、魔晶石鉱山を保有してたレスミル氏などが殺されてますね……。賊は地中から現れて、家の者を惨殺してまた地中から逃走する。それで捕まえようがない――ということのようです」


 エリナとカサンドラは、眼を合わせた。


「ヒモグラーの仕業か……。どうやら、好き放題に荒稼ぎしてるようだな」


 カサンドラは苦々し気に呟いた。


 その後、二人はヴィリアのいた洋服屋に向かい、店の主人であるギルバート氏と商談をした。サンプルを持っていくと、ギルバートは快く卸しを受け入れ、その旨を犬耳の父親に話した。


「――そういう訳で、こちらと取引してくれるそうだから」

「あ、ありがとうございます! なんとお礼を言っていいか――」

「ううん、こちらの物がいいからって言ってましたよ。借金の足りない分も、一時的に立て替えてもいいってことです。一度、直接、ギルバート氏と会って話してください」


 父親は涙ぐんで、エリナとカサンドラに感謝の念を告げた。

 二人は少女に見送られて、その場を後にした。


「どうやらこの帝都に、きなくさい空気が流れてるみたいだな」

「そうだねぇ。――ちょっと私、用事があるんだけど」


 エリナの微笑に、カサンドラはうろんな表情を向ける。


「お前、さっきの連中の居所を突き止めて、借用書を奪うつもりだろ」

「バレたか」


 エリナは眼鏡の奥の眼で、笑ってみせた。


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