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2 書店マーブック


 腕を組んだまま歩くエリナに、カサンドラは訊いた。


「なあ、何か地図を見てるが、何処かアテがあるのか?」

「実はジョレーヌの知り合いの本屋に行こうと思ってるんだ。色々、うちあわせもあってね」


 しばらく歩くと、エリナは目的の本屋を見つけ出した。『書店マーブック』とある。

 本屋は石造りの建物で、三階建てになっていた。


「ちょっと大きい本屋だな、入ってみよう」


 二人が本屋に入ると、中は広めの通路で、立ち並ぶ本棚の本を多くの人が見ている。エリナは眼を輝かせながら、通路を歩いて行った。


「おぉ! これは素晴らしい本屋だ! さすが帝都!」

「ふ~む、本屋というもの自体が珍しいが、入るのは初めてだ」


 エリナは歩を進めていくと、そこでエプロンをして本の並べ替えをしている若い店員に声をかけた。


「すいません。店長っています?」

「あ……えぇ、奥にいると思いますけど」


 青年はそう言うと、奥に行って声をあげた。


「店長、お客さんが来てますけど」

「……ん?」


 奥の扉を開けて、人が出てくる。

 出てきたのは――一目見て判る寝癖だらけの頭。よれよれのシャツに、前が見えているのか不明なほどの厚い眼鏡。


「おお、これはいかにもの本屋の店長!」

「お客さん……? 何をお求めです?」


 エリナは店長の前に進むと、にっこりと微笑んだ。


「私はエリナ、こっちはカサンドラ。私たちはジョレーヌの知り合いで、ここの店長マーブックに会いに来たのよ」

「ああ……」


 マーブック店長は、厚い眼鏡をエリナとカサンドラに向けると、ボソリと呟いた。


「ジョレーヌの知り合いっていうから――もっと地味な人が来ると思ってたんだけど……」

「大丈夫! 今日はたまたまオシャレしただけで、私は貴方と同じ種族の人間」

「種族? ……まあ、いいけど。じゃあ、奥へどうぞ」


 二人が奥へ案内されると、奥はティールームになっていた。


「おぉ、店長の印象に反してお洒落な造り!」

「君……ちょっと失礼だね。珈琲でいい?」

「ありがとうございます!」


 マーブックは珈琲を淹れると、二人の前に置いた。

 エリナがそれを一口呑んで、声をあげる。


「おぉ! 予想に反して美味しい! まあ、それはいいとして。最近、オーレムで『劣等人種論』って本が出回ってて、これが異民差別を助長してるようなんだ」

「うん。その本なら、帝都でもかなり出回っている。けどそもそも、神聖帝国時代に、説が明らかに間違いだとして禁書になった本なんだ」


 マーブックはそう話す。


「僕はジョレーヌにその本の出所の調査を頼まれてたんだよ。ジョレーヌが調べると、『劣等人種論』は、実は帝都からオーレムに送られてたんだ。あの本は、帝都で販売するのが主目的だったらしく、印刷も帝都で行われてた」


 マーブックは足と腕を組んで、そう言った。

 それについて、カサンドラが口を開く。


「しかし皇帝は魔人族だ。異民差別を許すはずがない」

「皇帝はそうかもしれないが、異民差別は急速に帝都でも進んでる。――というより、これはむしろ皇帝の権威を失墜させるための工作……というのが、僕の見方だ」


 マーブックは呟くようにボソボソと喋る。


「僕の知り合いに帝都警護隊の人間がいて、皇帝の権威を失墜させる工作の可能性について話すと、本の出所を調査してくれた。売った本屋の証言によると、急に現れた人物が格安の買い取り値で置かせてくれと頼んできたらしい。本屋としては一冊当たりの収益が大きいので置いた――というところが、ほとんどだ」


「ふ~ん……あまり内容については考えなかったわけね」

「しかもその後、話題になって好調に売れ始めたので、より入荷する本屋が増えた。

警護隊の知人はその売人の行方を追っていたのだが――どうやら、ある犯罪組織が絡んでるということが判った。最近、帝都に進出して来た新進の犯罪組織『ブラック・ダイヤモンド』だ」


 エリナとカサンドラは、微かな驚きのなかで、互いの顔を見合わせた。

 その様子に、マーブックが眼を止める。


「なんだ、知ってるのかい?」

「ちょっとその連中とはワケありなのよね。それで、連中が背後にいると判ってどうしたの?」

「その印刷場所を調べ上げて、数人で踏み込んだ。が、もうその時はもぬけの空だったそうだ。印刷機もそこに放置してあった。その印刷機を調べるために呼ばれたんだが……僕が見てもまったく理解できないような最新型の印刷機械だった。しかし、どうも故障してたらしく動かせなかったんだ」


 マーブックはそう言うと、ブ厚い眼鏡をちょっとあげた。


「ジョレーヌの話だと、最近、魔導工学を使った印刷器が開発されて、それで私たちも本を作ろうって話になったって聞いたけど――」

「僕らが入手した印刷機は、あれの小型版――いや、簡易版というところか。一応、これでもそれなりに魔導工学の知識はあるつもりなんだが――あれは全く未知の機械だった。誰があんなものを作ったのか判らないが……短期間にあれだけの本を発行できたのは、あの印刷機のおかげなんだろう」


「その印刷機、どうしたの?」

「壊れていて使えないし、警護隊も置き場所に困るというんで引き取ってきた。大型収納珠に入れて保管してある」

「ちょっと、見せてもらっていい?」


 エリナが言うと、いいけど、と言いながらマーブックは立ち上がって奥の部屋から大型収納珠を持ってきた。


「ちょっと広い場所が必要だ。裏に出ようか」


 三人は裏口から出て、中庭に行った。


「じゃあ、出すよ」


 マーブックが大型収納珠を展開する。と、そこに大型機械が現れた。

 エリナがそれを見ている。


「魔法の仕組みは判らないけど――私の元いた世界の印刷機に形状がよく似てる。多分これは……転生者の作ったものね」

「転生者? そんな者がいるのかい?」

「実は私がそうなのよ!」


 エリナはマーブックに笑ってそう言った。

 マーブックが一瞬固まるが、その後に口を開く。


「ジョレーヌに友達ができたっていうから、珍しいとは思ったんだ。まさか転生者とはね……君もなの?」


 マーブックはカサンドラに訊ねる。カサンドラは首を振った。


「私は違う。しかし――彼女らの仲間なんだ」

「そうなのかい。しかし……犯罪組織と転生者――君たちがどういう事に絡んでるかは知らないが…ジョレーヌを危険な目には合わせないでくれ」


 マーブックは、極めて真剣な眼でエリナたちを見た。

 エリナはそれを見て、微笑む。


「マーブックっていい人ね。判った、ジョレーヌには危険が及ばないように配慮するよ。その印刷機械も、貴方が持ってるより私が預かった方が安全だと思うわ」

「そうしてもらえるなら……君に渡そう」


 マーブックは再び印刷機械を収納珠に戻すと、それをエリナに渡した。


「君たちも充分に気を付けるんだよ。まあ、戦闘力は高そうだけど……」

「ありがと、マーブック。貴方、ホントにいい人ね。たまにはオーレムに来て、ジョレーヌをデートに誘ってあげて」

「な、何を言い出すんだ、君は――まったく……」


 マーブックは顔を赤くして、ボソボソと呟いた。


*  *   *


 書店マーブックを後にした二人は、オーレムの街を歩いていた。


「多分だけど、ディギナーズとかいう転生者集団の誰かが開発した機械だと思うのよね。それを帝都に持ち込んで、本を大量に発行してた」


 エリナは腕を組んで、片手を顎にあてて考えている。


「しかしそれを操ってたギュゲスは、もう死んだんだろう? それとも『ブラック・ダイヤモンド』を率いるカリヤが、ディギナーズを取り込んだのか?」


 カサンドラがそのエリナに、言葉を投げかける。

 エリナは眼鏡の奥の眼で横を睨みながら、口を開いた。


「確証はないんだけど……どうもバルギラ公爵って人が怪しい気がする」

「バルギラ公爵? あの裁判所の動乱を鎮静化させて、太守になったじゃないか。レースクエストの提案者でもある。我々は、少し世話になってる立場じゃないか」

「そうなんだけど……なんか引っかかるんだよね――」


 エリナが腕を組んだまま、首を傾げた瞬間だった。


「――や、やめてください! お金は必ず用意しますから!」

「うるせぇ! 娘で帳消しにしてやろうってんだ! ありがたく思え!」


 路地裏から男二人の声が聞こえた。と、直後に娘の悲鳴が響く。


「お父さん!」


 エリナとカサンドラは眼を合わせて頷き合うと、声のする方へ走り出した。



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