第三十一話 帝都の二人 1 理想のプロポーション
カサンドラは仏頂面で、エリナに言った。
「私に未練などない」
「あるよ~、一目で判ったぞ。一生懸命、自分の心を抑え込もうとしているのがな」
エリナは確信ありげに笑って見せる。
カサンドラは何か言おうとして――やめた。
「もう…昔の話だ。それに――相手には家庭もある。波風たてたくない」
「たてればいいじゃん」
エリナは湯を満喫するような口調で言った。
「そうやって自分の心を抑え込んで、頑なになって生きてくわけ? けどね、貯まったグラグラは、いつか決壊して何もかも壊しちゃうかもよ」
「責任ある行動をとりたいんだ。ちゃんとした人間として――」
カサンドラは眼を伏せた。ふと、エリナは天井を見上げる。
「ちゃんとした……かあ」
カサンドラはエリナを見た。
「一回死んだ私としてはぁ、この命は拾いものなのよね。だから私は……心の赴くままに生きていくの。ちゃんとするのもいいけど――自分が好きな人たちと、好きなように生きていたいんだ」
「フフ……エリナらしいな」
カサンドラは笑みを洩らした。と、ふと気づいたように口を開く。
「そういえば、理想のプロポーションで当たり前とか言ってたが――転生と関係があるのか?」
「うん、私は前世は小児がんを小さい頃から患っていて、手術して、入院、治ったと思ったら再発――そんな幼少期を過ごしてたんだ。学校も休みがちだったし、友達もいなかった。けど、19歳の時に、ようやく全快したように思われて、短大という学校に行った」
エリナは懐かしむように、話を進める。
「そこでサークル――集団活動の場だね。そういう処に所属して、やっと生きることを楽しめるようになった。オタクサークル…趣味の集まりだったんだけどね。そこの花守夢子先輩がさあ、『地味な眼鏡女子、実はナイスバディだった』を地で行く人で、それに憧れてたんだよ」
エリナは笑みを洩らした。その笑顔のまま、エリナは続きを語る。
「前世の私は病弱で、痩せっぽちで、人見知りの陰気な少女だったんだよ。それがようやく仲間ができて人生を楽しめる――と思ったら、また病気が再発。そして今度は治ることなく……私は死んだ」
と、突然、エリナはカサンドラの方を向いて、迫ってきた。
「な、ななんだ!?」
「ところがだよ! 私はこのノワルドに転生した。命を拾った! と、思った瞬間、巨大ワニの餌にされかけて、一緒に転生した仲間は次々と喰われて死んだ。そこからまあ、クオンくんとキャルちゃんに会って色々あったんだが。――あれ? なんの話だっけ?」
「お前の理想のプロポーションの話だ」
カサンドラは呆れたように微笑しながら、そう答える。
「そうだ! それで私の肉体は若く、自分が理想とするようなプロポーションに生まれ変わってたんだ。まあ、ぶっちゃけ言うと、夢子先輩よりちょっと脚も長くて、より理想的なボディだけど」
「ふうん……。そういう意味だったのか」
カサンドラが頷くと、エリナは顎のあたりに指を一本立てる。
「つまりだな、生まれ変わった私の肉体は処女だ! ちなみに前世でも処女のままだったけどな」
「……そんなこと告白しなくてもいい」
カサンドラは苦笑しながら言った。
エリナも笑う。
「あはは。こんな私も、こっちの世界でいい相手を見つけたりするのかな? どうも、リア充の事情が判らなくて」
「なんだ、そのりあじゅうというのは?」
「まあ、いいんだ。今はカサンドラのおっぱいで満足する!」
「だから、抱きつくな!」
バタバタしながらも、二人は風呂からあがり着替えを終える。
部屋に戻る途中で、メイドのナターシャがやってきた。
「お嬢様、昼食ができあがっております」
「わお! 至れり尽くせりだな。それにしても『お嬢様』か! いい響きだ」
エリナの感動の声に、カサンドラは少し恥ずかしそうに言った。
「此処には、子供の頃からよく遊びに来てたんだ。剣の弟子入りをしてからは、稽古後の入浴と昼食が日課だった。――ありがとう、ナターシャ」
「わたくしはまたお嬢さまのお世話ができて、嬉しゅうございます」
ナターシャはにっこりと微笑んでみせた。
食堂に行くと、ランチにふさわしいほどよい量の昼食が並んでいる。
「美味しいな、カサンドラ! 君は、こんな贅沢を毎日していたのか?」
「……言われてみれば、贅沢かもな。けど、私はそんな事にも気付いてなかった」
カサンドラが自嘲気味に笑う。
エリナはサンドイッチを頬張りながら、カサンドラに言う。
「それよりさー、帝都の街を散策したいよ。帝国の首都なんだろ? 楽しみなんだ!」
「うん。じゃあ、行くか」
カサンドラはカフェオレを呑みながら微笑んだ。
* * *
「これが帝都、ケイム! 都会だな! 豪華な街だ!」
街を歩きながら、エリナが声をあげる。
エリナの視界には、立ち並ぶ石造りの建物に囲まれた街があった。
通りは人で賑わい、華やかな色合いの看板と街路樹が色を添えている。
「なあなあカサンドラ、服買いに行こうよ!」
「服? 服なら持ってきてるが……」
「いつものなんか軍服みたいなやつだろ? そうじゃなくてー、もっとお嬢様っぽいの買おうよぉ」
「私はいつものでいいんだ」
「ダメダメ! せっかく帝都に来たんだ、二人でオシャレしようよ!」
エリナはカサンドラを腕を組むと、強引に歩きだす。
「お、おい――」
「あの店、いい感じだな~」
エリナはショーウィンドウにお洒落な服が飾ってある店を見つけると、腕を組んだままカサンドラとそこに入っていった。
「いらっしゃいませ」
「あれぇ? あなたは……」
声をかけてきたエルフの美女を見て、エリナは声をあげた。
「――ミリアさん? いや、イリアさん? なんで此処に?」
エルフの美女が可笑しそうに笑う。
「オーレムから来た方? ミリアはわたしの従妹です。わたしはヴィリア。どうそ、よろしく」
「う~む……まさか、ギルドに双子の姉がいたりしない?」
「双子ではないけど、顔もよく似てる姉のリリアがいて、よく間違われるの」
そういうと、ヴィリアはにっこりと微笑んだ。
それからエリナは、いそいそと服を選び出す。
「カサンドラ、これ着てみて!」
「私はいいんだが――」
「いいから!」
試着室から出てきたのは、短いタイトスカートに、肩の出たノースリーブのカサンドラ。カサンドラは顔を赤らめて、口ごもる。
「エ……エリナ、これはちょっと露出が多いんじゃ…」
「ちょっと、子供っぽいか。の割りに胸が大きすぎて、やりすぎ感満載」
次に出てきたのはパンツスタイルでシャツの上にジャケットを合わせた姿。
「これは中々いいぞ。気に入った」
「ちょっとカッコよすぎて意外感がないな~。それは私のコーデにしよう。次」
次に出てきたのは、ロングスカートにソフト素材の丈の短いジャケット。
「うん、これはお嬢様っぽい! これでいこう」
「こ……こんな女っぽい格好――何年もしてないから…」
「いいじゃないかぁ。そうだ、髪もちょっとまとめよう」
そう言うとエリナはリボンを手にして、カサンドラの豊かな紅い髪を軽くまとめて結んだ。
「は……恥ずかしいのだが……」
「いいじゃん! まさに清楚な美人だ! じゃあ、それで私と街を練り歩こう!」
エリナは足の長さが目立つ細いパンツを身に着け、堅めのジャケットに袖を通す。
そうしてカサンドラの腕に腕をからませると、街へと繰り出した。
男装スタイルなのはエリナなのだが、そのエリナの方がまっすぐに立つカサンドラに身を寄せるように腕を絡ませている。エリナはご機嫌な笑顔だった。
腕を組んで歩く二人の美女に、街の人々の視線が集まる。
「エリナ……もう、腕はいいんじゃないか?」
「いいじゃないか、恋人同士みたいだろ」
エリナが眼鏡の奥の眼を、悪戯っぽく細める。カサンドラは息をついた。
「まったく……お前は――」
「いいじゃないか、楽しむことは大事なことだぞ!」




