6 入浴する二人
エリナはふと道場の方に視線を向けた。
門下生たちは、師範らしき相手に稽古をつけてもらっている。しかしその中で、カサンドラの前には誰もいなかった。
皆、遠巻きにしてカサンドラを見ているが、稽古をつけてもらうのに躊躇している様子だった。その中――
「レグナ師範! お願いします!」
黒髪をポニーテールにした少女が、カサンドラの前に進み出た。
エリナが微笑を浮かべる。
「お、美少女キタ! なかなか果敢な子じゃないか」
「アルデです。あいつは――努力家だから」
コニーが少し眩しそうな眼を少女に向ける。
「ほぉ~、で、君とはどういう関係?」
「幼馴染です……って、どうでもいいじゃないですか、そんな事!」
「いやあ、君が可愛いもんで、つい、ね」
コニーがふてくされた顔でエリナを睨む。
「なにが、つい、ですか。それに、可愛いとかやめてください!」
「そういうところが可愛いんだよなあ」
「もう……知りません」
そう言ってコニーは再び、アルデを見た。アルデは果敢に、カサンドラに挑んでいた。
カサンドラは少女の相手をしながら、時折流れをとめて、何か指導している。
エリナはそれを見て、微笑した。
* * *
朝稽古が終わり、エリナとカサンドラは屋敷に歩いて戻ろうとしていた。
と、その背中にかけられた声がある。
「――カサンドラ」
振り返ると、それはケリーだった。エリナはカサンドラに言った。
「先帰ってるね~」
「うん」
エリナが去ると、ケリーがカサンドラの元に歩み寄ってくる。
女性としては上背のあるカサンドラだが、ケリーはさらに上背がある。
カサンドラはケリーを見上げた。
「――また腕を上げてたな、カサンドラ」
「…外の世界で――戦ったせいかもしれない」
カサンドラの言葉に、ケリーは僅かに微笑んだ。
「君は……相変わらず強いな」
「私は――自分が強いなどと思ったことはない」
カサンドラは、ケリーを見つめた。が、すぐにその眼を逸らす。
「ただ……泣くことを許されなかっただけだ」
「カサンドラ――」
ケリーが何か言いかけるのを、カサンドラは顔を上げて眼で制した。
「けど――私が泣くことを許してくれる仲間が…今は傍にいる。だから私は、もっと強くなりたい。そう思って、帝都に戻ってきたんだ」
「君ほどの実力で……まだ上を目指すのかい?」
ケリーの言葉に、カサンドラはフ、と息を洩らした。
「私なんて、全然だ。足を引っ張らないように――そう思ってるところなんだ」
「君は……」
ケリーは驚きの顔をみせたが、カサンドラはそれに向かって微笑んだ。
「また道場で会いましょう。――グレイス師範」
カサンドラはそう言うと踵を返し、その場を後にした。
屋敷に戻ってくると、部屋にいたエリナが声をかけた。
「おかえり、カサンドラ。メイドさんがお風呂が沸いてるって。汗を流さないか?」
「そうだな」
と、横目でエリナが視線を送ってくる。
「あのケリーって師範と……ワケありなんでしょ? どういう人?」
「私の……初めての相手だ」
「え」
エリナが驚きに絶句する。
「その――初めての相手というと……初めてをあげた相手、ということか?」
「そうだ。もう、よかろう。風呂に行くぞ」
「そんな、とびっきりの告白されて、黙っていられるわけないだろ~!」
歩いて部屋を出ていくカサンドラに、エリナがすがるようについていく。
風呂場に着いた二人は、浴室へと入った。
「おぉ……これは贅沢なお風呂場!」
エリナが思わず感嘆をあげる。
そこに広がっていたのは石造りで、浴槽は5、6人は余裕で入れそうな浴室だった。カサンドラは特に驚いた様子もなく、身体を洗い始める。
と、エリナはその傍に寄っていった。
「しかし、カサンドラって剣士だからもっと筋肉質な身体をイメージしてたんだけど……実は巨乳じゃないか! なんだ、そのワガママボディは! Eカップ? いやFカップか?」
「その言葉の意味が判らんが――お前は私より胸は大きいじゃないか。別に珍しくもなかろう」
髪をお湯で洗い流したカサンドラに、エリナは声をあげた。
「そういう問題じゃなーい! 私のは、そう願って生まれ変わったのだから、理想のプロポーションで当たり前なのだ。けど、カサンドラは違うだろう? いうなれば天然ものだ! 素でその美貌! 豊かな胸! 剣士の才! ……君、高スペックすぎないか?」
「言ってる意味がよく判らんが――私より美しい貴族の令嬢など、沢山いる。私より強い剣士もだ」
「そういう事が、問題なんじゃなぁい!」
「じゃあ、な――ひゃあっ! な、なにをするっ!」
突然、全身が泡だらけのカサンドラの胸に、エリナが後ろから手を回した。
「この魅惑の身体を捧げた相手がいたわけだろう? そんな相手との再会は、どんな気持ちなんだ、え? えぇ?」
「や、やめろ! お前、ちょっと手つきがおかしいぞ!」
「この胸を見たら、女の私でももみたくなる!」
「もむなら、自分のをもめ!」
エリナとカサンドラは泡だらけになって格闘する。やがてカサンドラはエリナを突き放して、距離をとった。
「はぁはぁはぁ……お前、何を考えてる?」
「いやあ、つい我を忘れてしまった。あははは!」
「あははは、じゃない! ……まったく」
カサンドラは泡と汗を流すと、湯船に浸かった。と、その隣にエリナが来る。
カサンドラは、ちょっと距離をおく。と、またエリナが近づいてくる。
「なんなんだ、お前は!」
「いや、だからさあ。あのケリーって師範に何言われたのかなって? ヨリを戻そうとか言われたワケ?」
「馬鹿を言うな。向うは結婚して妻子ある身だ。彼が結婚するというので、私とは別れたのだ。私は……捨てられたのだ」
カサンドラは自嘲気味に笑ってみせた。
「カサンドラほどの女を結婚のために捨てた? 馬鹿じゃないの!?」
「五年も前の話だ……私も17歳の小娘だった。22歳のケリーは、若手門下生のなかでも筆頭の腕前で、剣を教わるなかで私は彼に好意を寄せていた。向うもそういう気持ちがあって――そういう仲になったのだ」
カサンドラはそう話すと、湯船に上気した顔を上げた。
「けど…その期間は短かった。多分、三ヶ月間くらいだ。彼に上級家庭の娘との結婚の話が持ち上がり、彼は私に別れ話をした。ケリーは、父親の命令には逆らえない。そう言った。私は――彼の前では、泣かずにいた。彼を困らせたくなかった。……それから私は道場を離れ、黒のガントレットを引き継いで軍隊に入った。それだけの話だ」
眼鏡をかけてないエリナが神妙な面持ちで、カサンドラを見つめる。
「カサンドラ……」
エリナは小さく声を洩らしながら、湯船を中をカサンドラの方に近づいていく。
「――もう、男なんか忘れて、女同士で愛し合おう!」
「バ、バカっ、お前、本気か!?」
急に抱きついてきたエリナに、カサンドラは赤くなって手でエリナを押しやる。
しばらく湯船の中でバシャバシャと暴れていた二人だったが、やがて頭からずぶ濡れになったカサンドラにエリナが笑い出す。
「あははははっ!」
「あははじゃない! なんなんだ、お前は!」
「いやあ、こんなに高スペックなのに、カサンドラって男運わる~と思ってさ。案外、女の方がいいかもよ?」
「……お前、どこまで本気なんだ」
カサンドラは呆れたように口にした。
「本気だよぉ、未練たっぷりのカサンドラから、未練を断ち切ろうと思ってさ」
「未練? ……私が?」
カサンドラは険しい目つきで、エリナを見た。




