4 カサンドラの立ち合い
クロイドの言葉を聞き、ガルドレッドは微笑を浮かべた。
「ふむ。なかなか面白い案だ。カサンドラ、どうだね?」
「……希望とあれば」
カサンドラは堅い表情で、それだけを言った。
ガルドレッドが声を上げる。
「では、三力を使わぬ素剣勝負! それでどうだ、クロイド?」
「充分です」
「よし、ではカサンドラ、木剣を選びなさい」
カサンドラは壁に向かい、そこに渡してある木剣の一本を取り上げた。
一番細い木剣であった。
「フン、やっぱり非力なんじゃないのか? そんな細い剣を使うとは」
クロイドが鼻で笑う。
カサンドラは皮肉な笑みを浮かべて言い返した。
「そう、非力なんだ。その非力に押されないように気を付けてくれ」
言い返されて、ムッとしたクロイドは、カサンドラを睨む。
カサンドラとクロイドが、互いに木剣を持って向かい合った。
「では、素剣の立ち合いを始める。治癒士もいるから、存分にせよ。始め!」
ガルドレッド将軍の掛け声で、二人の立ち合いが始まった。
「ウラアァッ!」
クロイドがいきなり仕掛ける。思い切り袈裟に振りかぶった木剣を、力任せにカサンドラに叩き受けるかのような斬撃。
カサンドラはそれを僅かに後退して躱す。しかしクロイドの勢いは止まらない。
「ウラッ! ウラッ! ウラァッ!」
二撃、三撃、四撃とクロイドが連続攻撃をする。カサンドラはかろうじてそれを躱しているように見えた。が、その最後の四撃目は、斬り上げた木剣がカサンドラの紅い髪を僅かに斬った。
「おいおい! 逃げてばっかりかよ、師範さん!」
クロイドは笑みを浮かべながら、最後の一撃を決めるべく大きく肩に木剣を担ぐと、思い切りカサンドラに叩きつけた。
「――がら空きだ」
カサンドラがいきなり踏み込む。と、クロイドの手から、木剣が落ちた。
木剣が床に落ちてたてる乾いた音が、道場に響く。
「つ――」
クロイドが手を抑えて、顔を歪める。
「な……なんだ? 今、何かしたのか?」
「小手を打ったんだ」
「動きが早くて見えなかったぞ」
「いや……それよりも、その踏み込みのタイミングが――」
門下生たちが、あまりの早業にざわめきだす。
エリナは得意気な顔で声をあげた。
「さっすが、カサンドラ! 素晴らしいわ!」
「おい、やめろエリナ」
ちょっとふてくされた顔で、カサンドラがエリナに言う。
手を抑えたクロイドは木剣を拾い上げ、口を開いた。
「もう一本……お願いします…」
「判った」
再び二人は木剣を持って向かい合う。
が、クロイドが斬りかかった途端、カサンドラの身体はその脇をすり抜けていた。
クロイドは腹を押さえてうずくまる。
「う……ぐ…」
「クロイドと言ったな――攻めの時に防御を意識してない。攻めの瞬間は、最も無防備になる瞬間だ。細心の注意を払って、かつ大胆に相手を攻めろ」
カサンドラはうずくまるクロイドに向けて、静かに言った。
が、クロイドは立ち上がりながら、なおも呟く。
「フン……所詮、素剣の勝負だ。気力を使う実戦の場では、非力な剣など押し切られる」
クロイドの言葉に、カサンドラは冷徹な眼を向けた。
「ほう……気力を使う仕合を臨むか?」
「――オレは道場一、高い気力を持っている! それを使えば、隊を全滅させた女などに負けたりしない!」
クロイドはカサンドラに向かって怒鳴った。その言葉に、ガルドレッドが口を開いた。
「クロイド! お前は他人を侮辱して、それで済むと思ってるのか!」
「お言葉ですが先生! こいつが隊を全滅させたのは周知の事実。その中には……オレの幼馴染もいたんだ! オレはこいつを…師範と認めるわけにはいきません!」
クロイドは歯を食いしばって、ガルドレッドに抗議する。
カサンドラはその言葉に眼を剥いた。
「そうだったか……ならば、その怒りも当然だな…」
カサンドラの呟きに、クロイドは憤りを露わにする。
「隊長が充分な力を持っていたが、隊は全滅した――そういう事ならば仕方ないとオレも認める。だが、力不足の隊長に従ったために隊が全滅したというのなら……オレはそいつを認めることはできない! オレと仕合え、カサンドラ・レグナ!」
クロイドはカサンドラを指さし、大声をあげた。
カサンドラはガルドレッドに伺う。
「おじ様……よろしいでしょうか?」
「お前の気が済むなら――好きにしなさい」
カサンドラは頷く。
それを合図に、クロイドとカサンドラは再び対峙した。
「ハアアァァァ……」
クロイドが爆発呼吸で気力を高める。
その身体の周囲で風圧が巻き起こる。門下生たちの間で、どよめきが洩れた。
「すげぇ……」
「さすが、クロイド」
カサンドラはその圧力の中で、クロイドを見つめている。
不意に、カサンドラが静かに息を吸い込んだ。
「コオォォォォォォ……」
特殊な呼気音をたて、カサンドラが息を吐く。
と、カサンドラの周囲で旋風が巻き起こった。
「うわっ!」
「な、なんだこれ!」
旋風は道場全体に広がるほどの勢いで広がっていく。
その気力の高さ、凄まじさはもはや一目瞭然だった。
クロイドは青ざめつつも、カサンドラに言った。
「全力で来てくれ……」
「判った」
クロイドが木剣を持って突進する。
それを真正面から受けるように、カサンドラも急進した。
「ハアッ!!」
クロイドが真っ向から斬りつける。
それに対し、カサンドラが袈裟斬りを放った。
気力と気力がぶつかり合い、閃光を放つ。
クロイドの木剣を押し切り、カサンドラの袈裟斬りがクロイドの肩に直撃した。
「ぐあぁぁぁっっっ!」
クロイドが呻き声を上げながら、後方に吹っ飛ぶ。クロイドは道場の壁にぶつかり、そのまま崩れ落ちた。
その刹那、ガルドレッドが声をあげた。
「治療班!」
治療班が慌てて、倒れたクロイドに近寄る。
「ガハッ!」
クロイドが鮮血を吐いた。
カサンドラは木剣を降ろす。そのカサンドラに向かい、口の端から血を流したクロイドが声を発した。
「認めるよ……レグナ師範――」
カサンドラはゆっくりと、治癒を受けているクロイドに歩み寄った。
「あいつはいつも言っていた……。『うちの隊長は、最高だ』って。あんたが力不足だったんじゃない」
「いや……私は力不足で――そして判断力が足らなかった。お前は何も間違ってはいない」
カサンドラの言葉に、クロイドは苦笑した。
すると、門下生の中から声が響いた。
「――先生、私も久しぶりにカサンドラと立ち合いたいのですが」




