2 振動体の真価
僕を蹴ったΣの方が、衝撃に吹き飛ばされている。
地面に落ちたΣは身体を起こすと、シロスジカミキリみたいな顔で睨んできた。
「なに……一体、何をしたっ!?」
僕はΣを睨み返した。
「お前に構ってる暇はない……」
すぐにキャルを助けにいかないと。
シグマは身体を起こすと、小さな笑い声をあげた。
「そうか…それがとっておきか。いいだろう、クオン! 最後の勝負だ!」
「来い! Σ!」
僕は棒剣を地面に捨てる。
Σが猛スピードで迫ってきながら、声をあげた。
「武器を捨ててオレと勝負するだと! 面白い!」
僕は黙って棒立ちの状態で待ち構えた。
Σがジャンピングパンチを繰り出してくる。
僕はそのパンチを、左手で受け止めた。
「なにぃっ!」
パンチを止められたΣの拳が、ひどく弾かれて空を舞う。
つまりこうだ――
ひどく振動してるものに何かがあたると、当たった物の方が弾かれる。
僕は凄く細かく振動してるため普通に見えるが、実は凄まじい勢いで振動してるのだ。――Σのパンチは、当たってもダメージにならない。
「なんだ…その身体は……?」
僕はΣに急進した。振動体の身体は、物理限界を越えて速度を上げられる。
Σには僕が見えてない。僕はΣの腹に、パンチをぶちこんだ。
「が……」
Σが小さく呻く。吹っ飛ばすこともできるが、敢えて内部にダメージを与えるように、パンチを喰い込ませる。
「――い…つの間に……」
Σが息をガハッと吐いた。
「振動タックル!」
僕は振動体で、ショルダータックルをくらわせた。
振動体なら10cmの距離で、100mもの助走をつけたのと同じだけの衝撃を与えられる。その際の速度は――正直、想像もつかない。が、銃弾の速度より速いのは確かだ。
Σが呻き声を上げる間もなく吹っ飛ぶ。その身体が岸壁にぶつかると、その変身が解けた。
「ふう……」
僕も振動体を解く。と、途端に身体が崩れ落ちた。
「く…やっぱり、この振動体は反動が凄い」
けど、早くキャルの元へ行かなきゃ。僕は歯を喰いしばって、よろめく足を動かした。
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8人のカエデの電撃を受け、キャルは地面に横たわっていた。
ハルトがその傍にしゃがみこむ。
「大丈夫、気絶しているだけだ。これで連れて帰れば、無事に任務完了だ」
「やれやれ、手こずったね」
カエデがそう口にした瞬間だった。
「ぐふ……」
突如、ハルトがその口から血を吹いた。ハルトは、驚きに眼を見張る。
「な……なんだ…?」
自分の胸から、血がついた何かが突き出ている。しかし、付着している血は見えるのに、本体は透明で何も見えない。ただ、それは剣の形だった。
「誰かいる!」
スルーがハルトの背中に向けて、シャチを放った。
それを避けるように、血のついた透明な剣がその場から移動する。
「――あら。これは透明化できないのか。まだ、その人の身体の一部……ってことなのかな?」
女の声がする。そして、ハルトの身体が崩れ落ちた。
「しょうがない。じゃあ、手ぇ離すか。寂しい?」
「バカなことを言ってる場合か」
――と、その場に剣を持った紅い髪の女剣士が現れる。
そしてその隣に、眼鏡をかけた女が現れた。
「お前らは――ブランケッツ!」
スルーが驚きの声をあげた。
「そゆこと」
エリナは不敵な笑みを浮かべると、胸の前で両手を交差させた。
その指には、手裏剣が収まっている。
と、その手裏剣がひとりで飛び出し、回転しながら縦横無尽に空中を飛び交った。
「なに!?」
カエデが悲鳴をあげる。
気づくと、カエデの八体のコピーが次々と喉笛を切られて消えていっていた。
「ウソでしょ、ちょっと!」
カエデは飛んでくる手裏剣に対し、魔導障壁を張って防御する。
と、そのバリア傍にエリナが現れていた。
「やっぱり――最後の一人は防御するわよねぇ」
「え……? 早い――」
エリナは左の逆手に持った短刀を、右手で押し込むように障壁に突き立てている。
短刀の切先が閃光を放つと、障壁が破られ、短刀がカエデの胸に突き刺さった。
「ウソでしょ……ちょっと――」
倒れるカエデに対し、スルーが声をあげる。
「カエデ!」
「君の相手は私だな」
焦ったスルーに対し、カサンドラが沈着な声で言い放つ。
スルーは岸壁に向かって走った。そこで壁に入る――つもりだった。
「え――?」
岩壁に向かった自分の胸に向かって、正面から剣が飛んできている。
避けようもなく、その剣は胸を貫いた。
「ど……どうして――」
「前に戦った時、壁を自在にすり抜ける能力だと知ったからだ。まず、壁に向かうと予想できた」
スルーは振り返って、カサンドラを見た。
カサンドラの手に持つ剣から、鎖が伸びている。
「そんな……」
スルーはそう言うと、地面に倒れた。
「さすがカサンドラ、抜かりないね」
「それより、まずキャルだ。エリナ、頼む」
「そうだった、と」
エリナはキャルの傍に行くと、治癒術を施し始めた。
ほどなく、キャルの意識が戻り眼が覚める。
「あ……エリナ? それに――カサンドラも…」
「もう大丈夫だぞ、キャルちゃん。クオンくんじゃなくて、悪いな」
エリナの軽口に、キャルは苦笑した。
が、すぐに真面目な顔になる。
「クオンは? 他に瞬間移動する敵と、妙に色気のある女性が現れた。それに――虫仮面の姿も見えない。クオンも襲撃されてるかも」
「そうか……じゃあ、私はクオンを探してくる。エリナは、他の連中を――」
カサンドラが言いかけた言葉を、エリナが笑いながら引き継ぐ。
「死なない程度に治す――でしょ? クオンくんなら、そう言うだろうしね」
カサンドラは軽く笑うと、駆け出して行った。
しばらく治癒を施すと、エリナが言う。
「よし、じゃあキャルちゃんは大丈夫かな。私は、他の奴らを治してくる」
「うん。ありがとうエリナ」
エリナはキャルの元を離れると、ハルトの処に行って治癒術を施し始めた。
「――キャル! 大丈夫だった!?」
そこにクオンが焦った顔で、走りながら現れた。




