3 氷龍王の悲しみ
体長は30mをも超える、双頭の龍――
真っ白な身体を持つ氷龍王キグノスフィアの姿が、そこに突如として現れた。
「な――なんだぁっ!?」
「り、竜だっ!」
「双頭の龍……まさか、氷龍王じゃないのか!?」
ゼルトの兵隊たちは騒然となった。
一方、アリオスの子供たちも、スフィアの変貌に呆然とする他はなかった。
「……母さんが…龍……?」
「嘘でしょ――あたしたち…竜の子供なの?」
混乱に陥る事態のなかで、空間と頭の中に響くキグノスフィアの声が響いた。
「許さぬぞ……我が夫を殺した罪――死を持って償え!」
氷龍王は巨大な純白の羽を広げると、それで一つ羽ばたきをした。
その羽ばたき一つで、猛吹雪が吹き荒れる。
「きゃあっ!」
「母さん! 此処にはまだ幼い子もいるんだ!」
アリオスの子供たちが、吹雪の中で声をあげた。
キグノスフィアの真っ青な瞳が、我に返ったように足元の子供たちを見下ろす。
その中でゼルトは、引きつった笑みを浮かべていた。
「なんだってんだ――龍王だと? バカな! アリオスの嫁が龍王!? ……ハ、ハ、ハハ! 猫耳の奴隷には、似合いの化物だ! 龍王だと? 今度はルイン・ブラスターをアイツにぶち込んでやる!」
ゼルトはルイン・ブラスターのレバーをもう一度戻した。
と、そのコードにつながれた奴隷たちが、また悲鳴をあげる。
「ヒ…ヒィィィ――」
「ぐ…げ、げげ……」
奴隷たちの顔が干からびていく。中には絶命して、倒れる奴隷もいた。
赤い樹のようなルイン・ブラスターに、エネルギーが充填されていく。
その様子に、キグノスフィアが気づいた。
「白夜の青炎!」
キグノスフィアが雄叫びをあげる。
ルイン・ブラスターにはエネルギーが充填された。
「ヒヒ……殺してやる、殺してやるぞ、龍王!」
ゼルトがレバーを引いた。
ルイン・ブラスターから、奴隷の命をエネルギーにした破壊光線が発射される。
「母さん!」
カイルはその攻撃に、声をあげた。
その時、はるか上空から光の粒が飛んできていた。
その光の粒は、キグノスフィアを狙う光線の射程に入る。
――すると、光線が青い炎をまとって『凍りついた』。
「な、なんだこれはぁっ!?」
ゼルトが声を上げる。
光線は飛んできた結晶の手前で止まり、その形のまま氷っている。
白い結晶は、青い炎をまとい空中に浮かんでいた。
「来たわね、白夜の青炎――子供たちよ、ワタシの後ろにまわりなさい」
キグノスフィアの声に、子供たちは一斉にキグノスフィアの背後へと移動する。
「こ、こけおどしだ……魔法をありったけ、ぶち込め! 剣で斬りかかれ!」
ゼルトの命令に、兵隊たちが電撃や火炎などの魔法を放つ。
が、白い結晶が青い炎を大きく広げると、その魔法はことごとく凍てついた。
「なに! 魔法が凍らされる――」
別動隊が剣で斬りかかり、分霊体で攻撃を仕掛ける。
しかし剣は青い炎に触れた途端に凍てつき、分霊体も凍り付いて砕け散った。
「な――なんだと言うんだ、この青い炎は! 全ての力を凍らせる炎だと……」
青ざめた顔のゼルトが、呟く。
そのゼルトに、キグノスフィアが厳かに言った。
「我が夫を殺した罪――決して許さぬ」
氷龍王が二つの頭から、息吹を吐いた。
それは猛吹雪となり、さらに螺旋状にからまって兵隊たちを襲う。
「「ギャ――」」
悲鳴をあげる前に兵隊たちの身体が凍る。
そしてゼルトは恐怖に慄いた顔のまま、凍りついた。
襲って来た人数だけの氷の柱ができると、キグノスフィアは長い二本の尻尾を振った。その威力で、氷の柱は残らず砕け散った。
戦闘は終わり、辺りに静けさと冷気だけが残った。
「母さん……」
カイルはキグノスフィアを見上げる。
と、キグノスフィアの身体が光り、その姿がスフィアに戻った。
「カイル――それにみんな…今まで本当の事を話さなくて…ごめんなさい」
スフィアは子供たちに頭を下げた。
しかし娘の一人が声をあげる。
「いいんだよ、お母さん! だって、お母さんが龍王だとか言ったって信じるわけないし」
「まあ、そうだよね……」
他の娘が苦笑する。
カイルはスフィアの前に出ていった。
「いいんだ、母さん。それより、僕たちを守ってくれて、ありがとう。母さんは――僕たちの誇りだよ」
カイルが頭を下げる。と、他の子供たち、孫たちもスフィアに頭を下げた。
「みんな……」
スフィアは涙ぐんだ。カイルはそれを見て、寂しそうな笑みを浮かべる。
「父さんは残念だったけど……きっと、母さんと一緒に暮らせて、幸せだったと思うよ」
「まあ、こんなに子供もつくってるしね!」
孫の少女の声に、皆が笑った。
涙を拭きながら、スフィアは口を開いた。
「ありがとう、みんな。けど……ワタシが龍王だと知れた以上、もうヒトの里では暮らせないわ。ワタシは……迷宮に帰ります」
「母さん!」
スフィアは寂しそうな笑みを浮かべると、カイルに白い結晶を差し出した。
「カイル――これは『白夜の青炎』と言って、ワタシの『力を凍らせる』竜能を分与した龍水晶よ。これをあなたに託すわ」
カイルは差し出された白夜の青炎を受け取った。
「これを代々、族長が引き継いでいきなさい。ただし、この白夜の青炎は『清き魂の者』しか、その力が使えないわ。一族を守るためだけに、その力を発揮しなさい」
「……判ったよ、母さん」
カイルがそれを受けとると、スフィアは再びキグノスフィアの姿へと変身した。
「さようなら、ワタシの愛する子供たち。末永く、幸せにいきてね」
キグノスフィアの巨体が空中へと浮かんでいく。
一族はその威容を、崇敬の念を持って眺めていた。
「会いに行くよ、母さん! キグノスフィア迷宮へ!」
カイルがそう叫ぶと、キグノスフィアは小さく頷き、空へと消えていった。
○ 〇 ○ 〇 ○ 〇 ○ 〇
スフィアが話してくれた350年前の話に、僕らはただ茫然とするしかなかった。
「そんな事が……」
ランスロットが絶句している。
少し涙ぐみながら、ミレニアが口を開いた
「けど――悲しい過去があったんですね、キグノスフィア」
スフィアは寂しげな笑みをみせた。
それはいいが――
「スフィアさんの話から考えると――バルギラ公爵は、そのゼルトの子孫。そしてアリオスさんから始まったシャレード一族は……その縁戚にあたる、ということ?」
僕の言葉に、スフィアは頷いた。
「その後……カイルが迷宮までワタシに逢いに来てくれた。カイルはアリオスの事を調べていて、それをワタシに話してくれたのです。それによれば、アリオスの母親は猫耳を持つ有尾族の奴隷で、その主人のバルギラ公爵はその美しさから手を出した。そして生まれたのがアリオスだったのです」
僕はキャルを見た。キャルは――複雑な面持ちで、黙っていた。




