2 バルギラ家の男
騎馬の男は、水色の髪をなびかせてアリオスに言った。
アリオスは顔色を変えた。
「ゼルト――何故、此処に?」
「ゼルト義兄さんと言え、アリオス。兄が弟の六十歳の誕生日を祝いに来るのが、そんなにおかしな事か?」
ゼルトと名乗った男は、せせら笑うようにアリオスに言った。
アリオスは警戒心を剥き出しにしたまま、ゼルトを睨んだ。
「ぼくは……バルギラ家とは縁を切ったはずだ…」
「そう、つれないことを言うな、兄弟ではないか」
ゼルトはおよそ心のこもってない調子でそう告げる。
アリオスは苛立ちを露わにした。
「ぼくと母さんにお前たちがした、むごい仕打ちを忘れるとでも思ってるのか! よく、ぼくの前に顔を出せたな」
「双方の誤解があるようだな、弟よ。過去のことは水に流そうではないか」
「ふざけるな!」
アリオスは声を荒げた。
その様子にスフィアは驚いていた。40年近く一緒に暮らしているが、アリオスはいつも穏やかな人柄だった。どんな事があっても、声を荒げたりしない。
そういう人だと思っていた。
しかし眼の前のアリオスは、突然、現れたゼルトという義兄に、これ以上ないくらいに苛立ち――憤っている。
「アリオス……どうかしたの?」
「なんでもないんだ、スフィア。客人はすぐ帰る」
アリオスの言葉を受けて、ゼルトは口を開いた。
「すぐに帰ってもいいが、それは私の頼み――いや、提案をきいてくれたら、だ」
「……何を考えているんだ?」
ゼルトは薄笑いを浮かべながら、アリオスに言った。
「お前の子供たちを、私のところで使ってやろう、というのだ。なに、今、別の主に仕えてる者までとは言わん。今、学生の者も含めて、残りの子供全員だ。――どうだ、悪くない話だろう?」
ゼルトはにぃ、と口を開いてアリオスを覗き込む。
アリオスは憮然とした顔で、口を開いた。
「子供たちには有尾人差別をしないような、見識のある人物の下で働くように言ってある。今、仕えてる主君も、皆それぞれ立派な方々だ。――なにも、あなたの下で働く必要はない」
「奴隷腹の分際で、私に口ごたえするのかぁっ!」
突如、ゼルトは態度を豹変して、アリオスに怒鳴りつけた。
「ごちゃごちゃ言わずに、子供を私に渡せばいいんだ!」
そのゼルトの物言いに、アリオスは明確な敵意をみせてゼルトを睨んだ。
「ぼくの子供は、誰一人としてあんたには渡さない。帰れ、ゼルト!」
「フン……やはり、奴隷腹は物の理解が鈍いな。お前には選択権などない!」
ゼルトが手を上げると、軍隊が一斉に動いた。
ゼルトが眼を開いて、アリオスに言った。
「私にたてつく者がどうなるか――思い知らせてやる」
その言葉を言った瞬間、軍隊の中にいる魔導士が家族の中にいる母親と子供に電撃を撃った。
「きゃあぁぁっ!」
電撃にうたれた親子が、その場に倒れる。
「な――何をする!」
「私の言うことをきかなければ――他の家族も同じ運命だぞ、アリオス?」
「き、貴様ァッ!」
アリオスが憤怒の表情で魔法を使おうとした時、それを止めた者がいた。
長男のカイルだった。
「父さん、こいつらは僕らがなんとかするよ。父さんは見ていて」
「カイル……頼んだぞ」
カイルが魔法杖を取り出し、マントを翻した。
「私はエザンドーレ様に仕える宮廷魔導士カイルだ! 無法な真似をする連中に手加減をするつもりはない。覚悟しろ!」
カイルが電撃を軍隊に放つと、兵隊たちが一気に怯んだ様子をみせた。
「怯むな! 相手は一人だ。全員でかかれ!」
「一人じゃないぜ!」
「そうよ、わたしたち家族を舐めないで!」
次々とアリオスの子供たちが、その魔法の力を発揮する。
ゼルトの兵隊たちも、剣を抜いて戦う者、魔法を使う者が入り乱れて混戦となる。
辺りは一気に戦乱の様相を呈した。
その中で、最初に傷つけられた親子が治療を受けている。
新たに攻撃を受けて倒れる家族がおり、兵隊がいる。
「何故……こんなことに――」
アリオスは呆然とした。
しかし戦況はひどくなる一方であった
「ウオオォォッ!」
カイルが咆哮をあげて、兵隊たちを火炎魔法で焼いた。
その魔法の威力に、ゼルトの軍は完全に押されていた。
「くそ、なんという奴らだ! 特にあの、宮廷魔導士――おい、ルイン・ブラスターと奴隷どもを持ってこい!」
ゼルトが兵隊に命令すると、兵隊たちはある物を持ってきた。
それは赤い樹のように見えた。
一本の幹から六つに枝分かれした枝が伸びている。その枝には、白い花のような塊が付いていた。
「や、やめてくれ!」
「オレたちを、どうするつもりだ!?」
その場に男女の奴隷が連れてこられる。その数は12人いた。
赤い枝についている花のように見えた物は、花ではなく吸盤だった。
その吸盤には蔓のようなコードで幹とつながっている。
そのコードを伸ばすと、12人の奴隷全員の頭部に、吸盤がつけられた。
「ようし……一番邪魔な、あの宮廷魔導士を殺してやる」
ゼルトは薄笑いを浮かべると、赤い幹についてるレバー状の枝を握った。
と、吸盤が付けられた奴隷が苦しみだす。
「う――ぐ…ああぁ」
「ヒ、ヒィィ……」
奴隷たちの顔がみるみる干からびていく。
その様子を薄笑いで見ながら、ゼルトは赤い樹を戦っているカイルの方へ向けた。
「クク……死ね、奴隷腹の子孫!」
ゼルトがレバーをガチャリと倒す。
と、その先端から凄まじい光線が発射された。
「な――」
カイルが気づいた時には、その光線はもう回避不可能であった。
そのカイルを押しのけて飛び込んできた者がいる。
それは――アリオスだった。
「父さん!」
カイルが声をあげると、アリオスは微笑を浮かべた。
――しかし、その左わき腹から下が無くなっている。
「と、父さんっっ!」
アリオスの身体が崩れ落ちる。
カイルは駆け寄った。
「と――父さん、なんて事を……」
「アリオス!」
倒れているアリオスの傍に、スフィアが駆け寄ってきた。
「アリオス……これでは…もう――」
スフィアが涙をこぼしてアリオスを見つめる。
それにアリオスは、静かに微笑んだ。
「いいんだ。カイルが無事なら……よかった…」
「父さん! オレのために――」
カイルが涙ぐむ。そこでスフィアが叫んだ。
「アリオス、しっかりして! ワタシの血を呑んで!」
スフィアは小指を噛むと、そこから滴る血をアリオスの唇に垂らした。
アリオスはそれを飲むが、失われた左下半身のダメージはどうにもならない。
アリオスは微笑むと、スフィアに視線を向けた。
「スフィア……君と過ごした人生は――最高だったよ…なんの悔いもない…幸せだった……」
そう微笑したまま――アリオスは逝った。
その直後、スフィアの全身から怒りの波動が発散される。
スフィアは――氷龍王キグノスフィアの姿へと変貌した。




