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5 氷龍王の気持ち


「キグノスフィア……」


 美人とか美女とか――そういう普通の形容が当てはまるとは思えない、そういう姿だった。その美しさはむしろ超越的で、神秘的な――ヒトの姿をしていてもヒトの美しさとは別次元の美だった。


「……感謝しなければなりませんね。あなたたちが海龍王を連れていたおかげで、ワタシは命をとりとめた」


 女性の姿になったキグノスフィアが、僕らに言った。

 と、後ろの方でディギナーズが目を覚ました気配があった。


「く……くそ、どうなってるんだ…」


 シグマが頭を抑えながら、口を開く。

 それに答えるように、カエデが口を開いた。


「あたしたち確か――氷漬けになったはず」

「ウェポンが……やられたよ。どうする?」


 スルーが恐ろし気に口にした。ハルトはキグノスフィアを見ると、口を開いた。


「キグノスフィアが完全に復活している。ここは撤退しよう」

「チッ――まあ、仕方ねえか」


 シグマがちらりと僕を見ると、踵を返して走り出した。

 ディギナーズの他のメンバーも、後を追うように走り出し――その場から去っていった。と、別の方で声が上がる。


「――ミレニア、しっかりしろ!」


 ランスロットの声だった。その腕には、まだ表面が氷に白く覆われたミレニアがいる。ミレニアの意識は完全にない。


 ふと、僕の前を女性姿のキグノスフィアが横切る。

 キグノスフィアは、ランスロットとミレニアに近づいていた。


「お…お前は……」

「その娘は、あなたを庇って攻撃を受けた。あなたたちは……愛し合う者同士ですね?」


 キグノスフィアの問いに、ランスロットは真っすぐな眼を見せて答えた。


「そうだ。俺は――ミレニアを愛している」


 キグノスフィアが頷いた。と、キグノスフィアは自分の人差し指を、口に含んだ。

 その指を出すと、指から血が滲んでいる。


 キグノスフィアはミレニアの胸の上に、その指を掲げた。

 人差し指から――血が垂れる。


 一滴、二滴――三滴。もう少し。

 キグノスフィアが手を降ろすと、ミレニアを覆っていた白い氷が消えていった。


 ミレニアの顔色に赤味が差し、その唇から静かに呼吸が洩れる。

 ミレニアはゆっくりと、眼を開いた。


「……ランスロット…」

「ミレニア!」


 ランスロットはミレニアを抱きしめた。ミレニアも、そっとランスロットの背に手を回す。

 よかった……僕は二人の姿を見て安堵のため息をついた。


 が、急に体の力が抜ける。視界がぐらりと揺らぐ。


「あ……れ…?」


 ぐらぐらと揺れる視界が、斜めに流れていく。

 僕の身体が倒れたことを自覚すると同時に、僕は意識を失った。


*  *   *


 気づくと、僕は身体を中途半端に横たえていた。 

 何か、柔らかい感触に支えらえている。ソファーか……

 と、思って見ると、不意に目の前にキャルの微笑があった。


「わわ、わっわっ――キャル!」

「起きた、クオン?」


 僕の身体を支えていたのはキャルだった!

 間近に見えるキャルの笑顔に、僕は見惚れた。


 ……そうだった! 僕は、大声でキャルのこと――

 思い出して、顔に火がついたみたいに熱くなる。


「気が付いたか、クオン!」


 ランスロットが僕の前に現れる。

 その隣に――ミレニアがいる。


「ミレニア、無事だったんだね」

「うん、キグノスフィアのおかげで……あたし、助かったみたい。その後、気絶したクオンを運んで、此処に連れてきたの」


 僕は改めて周りを見回した。

 中は岩造りの神殿のようだった。人間サイズに合わせて、色々なものが配置してある。僕が寝かされていたのは、岩のベッドだった。


「キグノスフィアは?」

「俺たちを此処に連れてきて、姿を消した」


 ランスロットがそう答えると同時に、女性の声が響いた。


「――気が付いたようですね。愛あるヒトの子よ」


 現れたのは、白銀の髪を持つ美女――キグノスフィアだった。


「愛ある?」


 キャルが不思議そうな顔をする。ヤバい! 僕の告白を、キャルは聞いてない。


「あ、あの……色々、ありがとうございます!」


 僕は立ち上がって、頭を下げた。

 僕に倣って、キャル、ランスロット、ミレニアが頭を下げる。


「顔を上げなさい、ヒトの子よ。助けられたのはむしろワタシの方。ワタシこそ、あなた方にお礼を言いたいのです。どうも、ありがとう」


 キグノスフィアが頭を下げた。僕は、とんでもない事だと思った。


「いいえ、そもそも人間があなた方を理不尽に攻撃したんだ! あなた方が怒っても当然だと思います。けど……何故、僕たちを助けてくれたんですか?」


 僕の問いに、顔をあげたキグノスフィアは何故か切なげな表情をみせた。


「……思い出したのです。ヒトが――愛を持つ生き物だということを――」


 キグノスフィアはそう言うと、目を伏せた。

 するとキャルが、声をあげた。


「あの……それは、わたしたちの一族が、キグノスフィア様から龍水晶を貰ったことと関係してますか?」


 キグノスフィアは、静かに頷いた。と、キグノスフィアが静かに微笑む。


「とりあえず座って――お茶の時間にしましょう」


 僕たちはそれから、一つの大きなテーブルについた。テーブルの上座にキグノスフィアが座る。


「ワタシたちは飲まないけれど、あなたたちは温かいものが必要でしょう?」


 キグノスフィアがそう言うと、従者らしい白衣装の人たちによってお茶が運ばれきた。湯気をたてている。


 正直、寒い迷宮の中で身体が冷えていた僕らは、温かいその飲み物をいただいた。


「美味しい……」

「うん。それになんだか――凄く疲労が回復してる感じ」


 キャルとミレニアの言葉に。キグノスフィアが応えた。


「龍素に満たされたお茶です。回復効果はかなりのものになるでしょう」


 僕の身体も内側からホカホカしてきて、疲労感が嘘のように消えていく。

 落ち着くと、キグノスフィアが口を開いた。


「ワタシが何故、龍水晶をシャレード族に渡したか――お話ししましょう」


 僕らは全員、キグノスフィアに注目した。


「今から550年ほど前の魔龍大戦が起きた時、人々は二つの陣営に分かれて戦いました。一つは魔龍王ガイノトラキスに唆されて神聖帝国からの独立を目指した皇国派。もう一つはその独立を阻む神聖帝国派。この戦いに九大龍王は三つの立場に別れました。


 一つは人々を争わせ、その弱体化した人類を滅ぼそうとする擾乱派。もう一つは、人々の間の諍いを止めさせようとする調停派。そして最後に、人々の戦いには関わらないという中立派。……ワタシは中立派の立場をとりました。ヒトにそれほど関心はなかったから。


 しかしそれから二百年ほど経った時――一人の青年とワタシは会った。それが……アリオスでした」


 僕は話を聞きながら、エリナから聞いた話を想い出そうとしていた。

 魔龍大戦が起きたのが降天歴444年。終結は確か20年後くらい。


 それから二百年ってことは、650年頃の話? ――っていうと、今から350年前の話ってことか。


「……アリオスは単独で、このキグノスフィア迷宮へやってきました。彼は飛竜を殺して魔石を獲るのでもなく、ワタシを討伐するのが目的でもなかった。


 ワタシはアリオスに問いました。何が目的なのか、と。すると彼は言いました。『ただ、氷龍王に会いにきた』と。ワタシは相手にしなかった。しかし彼は――しばらくとどまり、毎日……ワタシに会いにきたのです――」


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