4 振動体覚醒
僕は氷の中に閉じ込められて――まだ、意識を失っていない。
それは、とっさに使った硬化のおかげだ。
全身が凍り付く前に、僕は自分自身を硬化している。だから凍結が内部まで進まない。けど――動くことはできない。
氷の向うに、同じように氷漬けになった皆が見える。
キャル――ランスロット、ミレニア……それにディギナーズの連中。
このままでは、全滅だ。僕がなんとかしなければ――
軟化だ、軟化を使って、この周囲の氷を軟化させて脱出する!
僕は両手に軟化の力を放出した。
が、動けない。軟化させた傍から、凍りついていく。
水にしても、すぐに氷にされているような感触だ。
「まだ、意識のある者がいたか」
僕の頭の中にキグノスフィアの声が聞こえてくる。
「しかし無駄なことだ――ワタシの氷から出られる者などいない……」
そう言った瞬間に、巨大なものが地面に落ちてきた。
キグノスフィアの身体だ。キグノスフィア自身も、傷ついて倒れたのだ。
「スフィア様、しっかりしてください!」
ブリザードの声がする。人間の姿になったブリザードが、地面に倒れ込んだ巨大なキグノスフィアの傍に駆け寄ってきていた。
「ブリザード……負担の少ない、ヒトの姿になったか」
「スフィア様も早く! そして、傷を我らが治します!」
ブリザードの傍に、他にも人の姿が現れた。
皆、ブリザードみたいな、白い布の衣装を身にまとっている。
きっと、飛竜なんだろう。
「無駄だ……人の治癒術は無論、お前たちの治癒力でも、龍王のワタシの細胞を復活させることはできない。ワタシの一つの細胞を復活させるのに、お前たちの治癒力では一年かかる。到底、この傷を癒すことは無理なのだ」
「しかしスフィア様! それでは――」
その時、キグノスフィアの身体が光った。
キグノスフィアが苦し気に、その二本の首を掲げる。
と、その胸の辺りから光の球が飛び出てきた。
それが地面に落ちると、キグノスフィアの光が止む。
そして地面に落ちた光の球も、光るのを止めた。
そこにいたのは白い身体を持つ、鳥に似た生き物だった。
「スフィア様、これは!」
「ワタシはもうすぐ死ぬ……この後はその分体を、龍王として育てよ」
「スフィア様!」
ブリザードたちが、悲痛な叫び声をあげた。
……なんて事だ。このまま氷龍王も、僕らも――ここで息絶えるのか?
駄目だ! 僕だけならともかく、キャルを――キャルを助けるんだ。
動けない。けど、どうやっても動けない。
何か、何かできることはないのか?
いや、ある。動けなくても、僕は――僕の内部を変化させることはできる。
重化、そして軽化。重化、軽化、重化、軽化――それを繰り返す。
いや、ただ繰り返すだけじゃない。もっと早く、一秒間に三回、四回――もっと!
軽・重・軽・重・軽・重・軽・重――まだまだ、もっと早く!
軽重軽重軽重軽重軽重軽重軽重軽重軽重――――
分子振動だ。あくまでイメージだが、僕の身体が分子振動を起こしている。僕はその軽重を高速で反復することを、一つの状態として維持する。
「……なにを…している…」
キグノスフィアの声が聞こえる。
だが僕はそれに構わず、全身を振動体に変えた。
やがて――身体の周りの氷が溶ける。
指を動かした。息を吐く。拳を握りしめて、僕は吠えた。
「ウオオオオオオォォォォォォッッ!!!」
全身が熱を発してるのが自分でも判る。それは周囲の氷を溶かし、蒸発させ、水蒸気に変えている。
「ウワアアァッ!」
僕は声を上げて、全身の力を振り絞った。
僕の周りの氷を破壊し、僕は身体を震わせた。
「馬鹿な! ワタシの氷を人間が破壊するなど……ありえない――」
「キャル!」
僕は全身から水蒸気を上げながら、氷漬けになったキャルに近づいた。
キャルを包む氷の柱を、僕は抱きかかえる。
自分自身を振動体にする要領で、その氷の軽化と重化を高速で行う。
このキャルを閉じ込める氷を――必ず破壊する!
「そこの人間よ……お前のやっている事は、ヒトの限界を越えている。自分を覆う氷ならともかく――そのままでは、お前の命も危ういかもしれぬぞ」
倒れたままのキグノスフィアから、声がする。
僕は氷を振動体化するのを止めずに、声をあげた。
「キャルを助けられるのなら、僕の命なんかどうなってもいい!」
「――ワタシは知っている。ヒトは根本的に身勝手な生き物だ。なのにお前は何故……そこまですることができる?」
キグノスフィアの問いに、僕は熱くなる身体を感じた。
そうだ――答えは判っている。ただ僕は……それをずっと、今まで認めないでいたんだ。
「それはキャルが……僕の愛する人だからだあっ!」
僕は叫んだ。そして僕の全身が、振動体の力を総力で発揮する。
瞬間、キャルを覆っていた氷が弾けた。
倒れかかるキャルの身体を、僕は抱きとめる。
「キャル!」
「……クオ…ン……?」
キャルがうっすらと眼を開けた。そして、微かに笑う。
よかった、キャルは生きている! 僕はキャルを抱きしめた。
「愛の力か……ヒトの子よ――」
キグノスフィアの呟きが聞こえた時、突然、周囲の氷の世界が一瞬にして溶解した。
ランスロットとミレニア、そしてディギナーズも氷の中から溶け出てくる。
「キグノスフィア!」
「……忘れていたよ、ヒトの子よ……。ヒトとは――そのような生き物であった……」
キグノスフィアのか細い声が聞こえる。
僕はキグノスフィアを見た。
その巨大で青い瞳に、笑みが浮かんでいるように見える。
「キグノスフィア、あなたが氷を解いてくれたんですね」
「もう……ワタシにできることは、そのくらいだ……」
「スフィア様!」
ブリザードたち、飛竜の化身が悲痛な声をあげる。
その時だった。
「マー!」
キャルのポーチから、マルが飛び出る。
マルはキグノスフィアの傍に飛んでいくと、その全身から光を放ち、キグノスフィアの身体を覆った。
「こ……これは…マルヴラシアンの分体? 何故、ここに――」
「マー!!!」
横になったキグノスフィアの穴が空いた身体がみるみる再生されていく。
やがてキグノスフィアの身体は、すっかり元通りになった。
「マー……」
マルの身体が光るのやめ、その身体が空中から落ちようとする。力を使い切ったのだろう。
僕は慌てて走り寄り、マルを抱きとめた。
キグノスフィアが、その巨体をゆっくりと起こす。
そしてキグノスフィアが、僕に呼びかけた。
「ヒトの子よ……何故、そなたが海龍王を連れている?」
「あの……なんていうか、友達になりまして」
「友達?」
キグノスフィアの双頭が、揃って首を傾げた。
キャルが僕の傍に歩いてきた。僕はマルをキャルに預ける。
「マルちゃんは友達で――大事な仲間…」
キャルがそう言って、キグノスフィアを見上げた。
「お前は――シャレード一族の子……」
キグノスフィアがそう呟くと、その身体が光りを放つ。
と、その光は小さくなり、人の姿になった。
それは膝まで伸びた長い白銀の髪を持つ、青い瞳の女性の姿だった。




