4 氷龍王の眷属
岩の上に座る男はまだ若く見えた。古代風の白い装束をまとい、その髪は純白でまとめた感じがなかった。
目つきが鋭く、明らかにこちらを警戒している。
「わたしたちは、氷龍王キグノスフィアに会いに来たの!」
キャルが胸に片手をあてて、声をあげる。
白い髪の男はキャルを見つめた。
「お前から――スフィア様の気配がする」
そう言うと男は、恐ろしい程の身軽さで座っていた岩から飛び降りてきた。
まだ僕らから離れた場所に立っている。
「マー」
キャルのポーチにいた、マルが鳴いた。男の顔に動揺が走る。
「海龍王! 何故、こんな処に――いや、何故、人間たちと一緒にいる?」
驚いている男に、僕は言った。
「僕たちはマルウラシアン迷宮で海龍王マルヴラシアンに助けられ、それで――ちょっと仲良くなって、その分体を預けられたんだ」
「仲良く?」
男は顔を歪めた。
「あの……貴方が、氷龍王キグノスフィア様ですか?」
「俺が? 俺は違う。俺は眷属のなかの一の家臣、ブリザードだ」
男――ブリザードは、そう言った。と、スーが驚きを抑えた声をあげる。
「眷属というと――あなたも竜、ということですわね?」
ブリザードは黙ったまま、スーを睨む。しかし、否定はしなかった。
「……今日は一体、どうしたってんだ。この階層まで普段、ヒト族が上がってくることなんかない。なのに今日は、お前らで三組めだ」
「三組? じゃあ既に二組、この階層まで上がってきてるって事か――」
ガドが驚いた声を出す。
「お前らと違い、何の標も持っていないから放置しているがな。今は、45階層くらいにいるんじゃないか? 無礼があれば、眷属たちも黙ってはいないだろうが…」
45階層まで、実力で上がっていけるパーティー? かなりの実力者たちなのは間違いない。
「僕たちは戦いに来たんじゃありません。『白夜の呪宝』と呼ばれてる、元は氷龍王の龍晶石でできた呪宝を探しにきたんです」
ブリザードは鋭い目つきで、キャルを見た。
「……お前から、スフィア様の気配がするのは何故だ?」
「わたしの身体に、白夜の呪宝と対になる青炎の呪宝が埋め込まれているからです。二年ほど前に、わたのお父さんが此処に来て、氷龍王に白夜の呪宝をお返し――というのが、正確な言い方だと思うけどお渡ししたんだと思うんです。けど、それを奪おうとする男がいて、賞金をかけてその呪宝を探させているんです」
キャルの説明に、ブリザードは眉をひそめた。
「それで人間どもが、この階層まで上がってきてるのか……。鬱陶しいことだ」
「そいつらは呪宝を――氷龍王から貰った力を悪用するつもりなんです。どうかその呪法をわたしたちにいただけるか……さもなくば、わたしの身体にある呪宝を取り除いてほしいんです!」
キャルは痛切な想いを込めて懇願した。
ブリザードは、キャルを凝視している。――と、その口を開いた。
「お前……シャレード族の娘か?」
「はい! そうです。もう……唯一の生き残りです」
キャルの言葉に、ブリザードは少し驚きの顔をみせた。
「判った、スフィア様に会わせてやろう。ついて来い」
ブリザードがそう言って、踵を返した瞬間だった。
何か、地響きのような轟音が轟く。微かだが、地面が揺れてる気配がする。
「なに!? この階層より上に異変が?」
ブリザードは飛び上がると、その身体が白く輝いた。
と、思った瞬間に、ブリザードの身体は白い飛竜に変身していた。
「飛竜!」
ガドが驚きの声をあげる。
その体長は、長く伸びた尾をいれれば20mほどにもなるのではないだろうか。
腕はなく、その翼はコウモリのものとも鳥のものとも違う、特有の形状で――恐ろしい程に美しかった。
純白の飛竜に変貌したブリザードは、もう僕たちに見向きもせずに飛び立っていった。
「後を追おう!」
「けど、あの速さで飛ばれちゃ、追いつけないぜ」
「僕らも飛ぶんだ。ガド、スー、僕のコートのポケットに片足を入れて!」
僕が言うと、ガドは眼を丸くしてる。
キャルは僕の意図が判って、真ん中のポケットに足を入れて僕の背中に両手を置いた。
「ウフフ……わたくし、前にクオンさんと合体したことありますわ」
「が、合体だと!?」
スーの言葉に、ガドが目の色を変える。
「ちょっと! ヘンな言い方しないでください! 共闘ですよ、共闘!」
「あら。ごめんあそばせ」
スーは笑ってる。……絶対、わざとだろ、この人。
スーは微笑みながら僕の左側のポケットに足を入れる。
ちょっと不機嫌な顔で、ガドが右側に入った
「じゃあ、軽化します。同調して!」
「お、おう!」
うん、うまく同調できてる。
「じゃあ、僕のコートの肩のベルトを、肩を組む感じで掴んで――そう。よし、じゃあ、行こう、キャル!」
「うん、飛ぶよ!」
キャルがそう言った途端に、力場魔法を発動した。
僕たちの身体が宙に浮き、結構な速さで先へ飛んだブリザードを追いかける。
「ま…ま……マジか! オレたち、空を飛んでるのか!?」
「舌噛まないようにね」
「素晴らしい体験ですわ!」
ブリザードの長い尾に触れそうなところまで、僕たちは飛んできた。
それに気づいたブリザードが、驚きの声をあげる。
「なに!? ヒト族が――空を飛ぶだと!?」
「ついて行きます!」
キャルの声に、飛竜姿のブリザードは前を向いて答えた。
「勝手にするがいい」
41階から42、43、44、45階層と、ブリザードはどんどん飛んでいく。
と、また轟音が響いた。
「この階層か――」
ブリザードはカーブして迷宮の上空を飛んでいく。
キャルも僕たちを、コントロールして後についていった。
「なんか……左がちょっと重たい」
ガドがいる方だ。
「重さは一緒だけど――多分、風の抵抗がガドのとところは厚めに受けるんだよ」
「身体がデカくて、すまん!」
ガドが謝る。僕らは思わず苦笑した。
――と、ブリザードが空中で止まった。
地上にはパーティーがいた。
「おい、貴様ら! そこで何をしている!」
ブリザードの声に気付いたパーティーが上空を見上げ、驚きの表情を見せた。
「ひ、飛竜が喋ったぞ!」
「慌てるな! 高い格の眷属ならば、当然ありえる事態だ」
驚きの声をあげた魔導士に対して、巨躯の持ち主が鎮めるように声をあげた。
ブラウンの髪はごく短く、顎鬚を角ばった形に綺麗にカットしている。目つきは厳しく、顔から威厳というものが滲み出ている。
明らかに只物ではないその男は、その背中に、長い棒を背負っていた。
少し、僕の棒剣に近いものを感じたが、男の棒は木製でもっと長い物だった。
「あれはAランクパーティー『永遠の口笛』だ――降ろしてくれ、キャル」
ガドの言葉に従って、キャルは僕らを地上に降ろす。
棒の男が口を開いた。
「空を飛んできたから竜の眷属かと思ったが――ガドなのか?」
「久しぶりだな、レガルタス」
ガドが棒の男をそう呼んで近づいた。
レガルタスは、微笑を浮かべてガドに視線を向けた。




