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3 案内者マル


「それじゃ、お世話になりました」

「気をつけて、いってらっしゃい」


 宿屋の主人に礼を言うと、僕らは表に出た。山の中腹の里のせいか、霧が濃い。

 表には僕ら同様のパーティーが幾つかたむろしている。彼らも出発するんだろう。


「あ、そうだマルを出さなきゃ」


 僕は収納珠からマルを出した。


「マー」


 マルが一声鳴く。宿屋から貰った干し肉を朝食代わりにあげながら、僕は言った。


「外に出してた方が、何か役に立ってくれそうな気がするんだ」

「そう思う。後裔のわたしが連れてるね」


 キャルの言葉に、僕は頷いた。

 キャルはご飯を食べ終わったマルをポーチに入れると、肩から下げた。


「宿場からキグノスフィア迷宮までは一本道だ。慌てても仕方ないから、歩いて行こう」


 そうして歩いていると、他の宿屋から出てきたパーティーたちが同様に歩いている。早朝の霧の山道を、幾つものパーティーが歩いていた。


 歩いていると、ガドが質問してきた。


「俺たちもダンジョンは初めてじゃないが、キグノスフィア迷宮は初めてなんだ。どういう場所か知ってるのか?」

「ジョレーヌさんの処で買った本によると、キグノスフィア迷宮は世界で唯一の『山岳迷宮』なんだそうだ」

「山岳迷宮? 地下迷宮じゃないってことですか?」


 スーの問いに、僕は答える。


「うん。普通は迷宮は地下向かって伸びてる。それは龍王が地下に潜っていったから。だけどキグノスフィア迷宮は、麓の入り口から上に向かって上がっていくんだ。そして50階層の地点に氷龍王キグノスフィアがいる――と、言われている」


 ガドがさらに訊いてきた。


「50階層上がる間に、相当な標高になるんじゃないのか?」

「山中洞穴の中だから正確な事は判らないけど、恐らく標高3000mを越える地点まで行くことになると思う。防寒対策が一番重要だって、冒険者の記録にはあったから、それだけの準備はしてきたつもりだけど」

「そうか……しかし――」


 ガドが周囲を見回す。


「これだけのパーティーがいて、オレたちが先に呪宝を見つけるのは、なかなか困難だろうな。30階層以上の場所にあれば、大分、数は減るんだろうが……」

「お父さんは――」


 キャルが不意に口を開いた。


「――きっとキグノスフィアに呪宝を返しにいったんだと思う。だから、最上階の50階層まで一番最初に行くのが、一番大事だと思う」

「そうか……」


 僕はふと立ち止まって考えた。


「どうした、クオン」

「キグノスフィア迷宮は、他のダンジョンのワープホールのような抜け道はない」

「そうなのか」

「けど、近道はあるんだ」

「どういう事ですの?」


 僕はみんなを集めると、小声で言った。


「入り口から迷宮に入らずに、外の(がん)(がい)地帯を踏破するルートがある。それを使うと、30階層まで一気にいける――と、本にはあった」

「そうなのか? けど、それじゃあ、みんなそのルートを目指すんじゃ?」


 僕は皆に言った。


「本によると、その崖ルートは極めて危険で、冒険者としての戦闘能力以外に高度な登山技術がないと踏破は難しいそうなんだ」

「じゃあ、オレたちにも無理じゃないか」

「崖を登るならね」


 僕はちょっと微笑んでみせた。

 皆が、あ、という顔になる。


「そうか、飛んでいくんですね!」

「うん、ブランケッツ号で正確には静かに上昇していけばいいと思うんだ。急上昇すると、空気の圧力の変化に身体がついていかないから、少しずつね。けど、問題はある――」


 僕が難しい顔をすると、ガドが訊ねた。


「今度は、なんだ?」

「その高度まで登ったとしても、その外から迷宮に入る入り口が何処にあるか、具体的な事は本には書いてないんだ。崖の中をやみくもに探しても、見つかるかどうか……」


 僕がそこで考え込むと、皆も考え込んだ。

 その間に、霧の中を他のパーティーが追い抜いていく。


 やっぱり、まともに迷宮の入り口から行くのが無難――と、提案しようとした時だった。


「マー」


 突然、マルが飛んだ。というか、浮いた。

 マルは亀の甲羅の下の、前足と後ろ足の間から、コウモリっぽい羽が生えている。


 が、それを羽ばたかせて飛んでいるんじゃない。むしろ魔法で浮遊してる感じだ。


「マーちゃん、何処行くの!?」


 キャルが慌てて追いかける。マルはダンジョンに向かう道から横にそれて、小さな脇道へと入っていった。僕らは皆で追いかける。


「もしかしたら……僕らを案内してるんじゃ?」

「そうかも」

「マー」


 マルは一声鳴くと、さらに高度を上げた。もう、手を伸ばしても届かない。


「此処から上がれって事だ。みんな、ブランケッツ号に乗って!」


 僕は収納珠からブランケッツ号を出すと、皆に乗ってもらった。

 そして僕も乗って、軽化する。


「キャル、マルの後を追って! スーは全体を念動力で覆ってください」

「判りましたわ」


 スーの念動力が、マルごとブランケッツ号を包む。

 ブランケッツ号はそのまま、霧の中を崖際沿いに上昇していった。


 霧のせいか、モンスターも来ない。人目に着くこともなく、ブランケッツ号はどんどん高度を上げていく。すると、やがて外から吹き付ける風に、雪がまじり出した。結界の外は、極寒の風景になってきた。


 霊力結界の中の空気も、どんどん下がってくる。


「寒くなってきたね。防寒着出すよ、みんな着て」

 

 僕は収納珠から、みんなの防寒着を取り出した。

 厚めのコートの襟には、毛がついている。フードも被って、手袋をはめる。

 ……それでも寒い。


「寒い――高度が高くて、風が入ってこなくても、こんなに寒いなんて」


 僕が呟くと、何を考えたのかガドがコートを脱ぎだした。


「ちょっと! どうしたの? 凍えちゃうよ」

「いや、オレでも役にたつ方法を考えた」


 ガドがにっかりと笑う。と、座った状態で、握り拳を作って肩の前まで上げた。


「ハアアアアアァァァァ……」


 息吹だ。気力を上げる呼吸を、ガドが行っている。

 と、ガドの身体から、凄まじい熱気が迸り始めた。


「うわ! あったかい!」

「ほんと、ストーブみたい」


 キャルが嬉しそうに言う。ガドが微笑しながら、答えた。


「いや、ブランケッツ号に乗ると、いつもオレだけ役目がなくてただ乗ってるだけなのが申し訳なくてよ。今日は、役目があったぜ」

「助かるよ、ガド」


 僕らは笑った。ガドストーブのおかげで、ブランケッツ号の結界の中は、割とあったかく過ごせた。


「マー」


 マルが方向を変えて、横に移動する。


「横だ、キャル」

「うん」


 キャルが力場魔法でブランケッツ号を横に向ける。

 確かに、もう相当な高度の処まで来た感じはあった。


 マルは迷いなく飛んでいき、やがて一つの崖の傍に近づく。


「マー」


 マルが鳴いた。その先には、大きな横穴があった。

 キャルがブランケッツ号を、静かにその入り口につける。


「此処が迷宮の入り口か――」


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