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6 キャルの恐怖心


「……え?」


 僕は驚いてキャルを見た。そして、もっと――驚いた。


 キャルの顔が、見た事ないような顔になっている。

 まるで、憎しみの塊だ。憎悪が剥き出しになってる。


「キャル……?」

「ミゲル――間違いないの。あれはミゲル…わたしのお母さんや、ミリー、サナ、カーラ……みんなを殺した軍隊を手引きした奴!」


 キャルの眼が涙が溢れて真っ赤になっている。


“本当に憎くて…夜中に震えるくらい憎しみが沸いてきて……眼が冴えちゃうくらい憎い相手――わたしにもいるよ”


 ……そうだ。キャルは確かに、あの時、こう言った。

 あれはミゲル――バルギラ公爵のことだったんだ!


 そうか、裁判所の動乱の時は、バルギラ公爵と会った時にはキャルは気絶していた。だからキャルも、バルギラがミゲルだって判らなかった。


「さて、皆さんにこのスペシャル・クエストの内容をお話するとしよう。それは――キグノスフィア迷宮へ行って、ある魔道具を見つけてきてほしいのだ。その魔道具の名前は……『白夜の呪宝』」


 バルギラはここで、不敵な笑みを浮かべた。

 が、僕は絶句して、巨大画面を見つめるしかなかった。


「な…なんだって……?」

「ここにあるのは、そのレプリカだ」


 そう言うと、バルギラは手の平サイズの一つの道具を取り出した。

 白く輝く結晶体が埋め込まれた、十字型の白金製ペンダント。


「この『白夜の呪宝』は、一般の人には何の役にも立たない呪宝だ。だが、ぼくにとっては思い出のある、とても大事な品物なんだ。だから、これを見つけてきた人に、5億ワルドの感謝金をお支払いしたい。ただし――」


 バルギラは真面目な表情になって、神妙な口ぶりで話を続けた。


「――この白夜の呪宝がキグノスフィア迷宮の何処にあるのか、まったく判らない。何処か地下に埋もれているのか、それとも……氷龍王キグノスフィアが持っているのか――?」


 バルギラは少し眼を細めた。


「危険が伴うのは百も承知だ。だからこそ、皆さんにそれ相応の報酬を出したいと思っている。……勇気ある皆さんにお願いしたい。白夜の呪宝を回収していただきたい。よろしくお願いします」


 バルギラは頭を下げた。

 広場は静まり返っている。と、不意にバルギラは顔をあげて、にっこりと微笑した。


「それはそうとして、皆さんにもう一つお伝えすることがあります。隣郡ジャラダ郡、ケラダ郡、コルーダ郡で開都護衛隊の募集をしてます。我こそは! と、思う方は、現地で募集してみてね。太守、バルギラからのお願いでした。じゃあね~」


 それだけ言うと、バルギラの笑顔を写していた巨大画面が消えた。

 それを機に、わっと広場で歓声があがる。


「うおぉぉ! オレはやるぜ!」

「5億ワルドは俺たちのものだ!」

「5億……フッ、それだけあれば10人編成パーティーでもお釣りがくる。急いで仲間を集めるぞ!」


 様々な声があがるなか、キャルは身じろぎもできずに空を見つめていた。

 僕には判っている。キャルが今感じていること――それは恐怖だ。


「キャル、大丈夫。僕たちが誰よりも先に、白夜の呪宝を回収しよう」

「クオン……」


 涙目になったキャルが僕を見つめた。と、キャルが僕の胸に飛び込んでくる。


「キャル――」

「クオン……わたし…恐いよ」


 震えている。キャルの肩が、身体が震えていた。

 僕はキャルを抱きしめた。


「お、おい――取り込み中悪いんだが…何がどうなってるんだ?」


 傍からガドが声をかけてきた。と、キャルが慌てて身体を離す。

 僕はガドと、スーの方を見て口を開いた。


「バルギラ公爵はキャルの一族を全滅させた張本人。そしてあの白夜の呪宝は――キャルの過大な魔力を自分が操るための魔道具なんだ」

「なんだって!?」


 ガドが驚きの声をあげ、スーが細い眼を見開いた。


「ガド、スー――僕たちは行かなきゃいけない。キグノスフィア迷宮へ。けど、これはクエスト報酬を得るためじゃない冒険だ……」

「馬鹿野郎!」


 突如、ガドが怒鳴った。僕はびっくりして、ガドを見つめる。


「報酬がないからって、俺たちが、じゃあサヨナラなんて言うと思ってのか! ……ダチだろ? 困ってる時は、ただ『手を貸してくれ』って言ってくれよ」


 ガドがそう言って、静かに微笑んだ。

 僕は――泣きそうになった。…のを、ぐっと堪えて、ガドに言った。


「手を貸してよ、ガド」

「おう!」


 ガドが腰に両手をあてて胸を張る。と、すぐに振り返って、スーを見た。


「……って、いいよな? スー?」

「当たり前ですわ。これまで何度も助けられたんですもの」


 スーが細い眼を細めて微笑む。


「二人とも、ありがとう。そうと決まったら、早速、キグノスフィア迷宮に行かなきゃいけない。その準備をしよう。ガドとスーは、ダンジョン探索に入用な装備や食料品を買い出して。――これで」


 僕はお金の入ってる収納珠ごと預けた。

 ガドがそれを受けとりながら、口を開く。


「おい、いいのか?」

「頼むよ。僕らはジョレーヌのところに行って、ちょっと言付けてくる」


 そこから僕とキャルは月光堂書店へ行って、ジョレーヌに会った。

 僕はキャルの了解を得て、キャルの一族と白夜の青炎の話をした。ジョレーヌには……きっと、本当の事を話した方が事態がよくなるだろうと思ったから。


「なるほど……判りました。それで、お二人はあのガドさんともう一人のお仲間と、キグノスフィア迷宮に行くのですね?」

「ええ。それで…多分、エリナさんは帝都から帰ってきたら、まずジョレーヌさんの処に寄ると思うんです。その時、僕らがキグノスフィア迷宮に行ってることを伝えて欲しいんですけど」


 僕のお願いに、ジョレーヌは頷いた。


「判りました、必ずお伝えしましょう。けど事情が判ると……あのバルギラ公爵の正体――やはり、とんでもない悪党だという事が判りましたね」


 ジョレーヌが、眼鏡を抑えながら考えるように言った。


「うわべでは笑みを浮かべているけど、その本性は差別主義者にして支配欲の塊……。キャルさんの魔力を手中に収めるのも、目的があっての事でしょう」

「目的?」


 ジョレーヌ厳しい表情で、話を続けた。


「バルギラ公爵ほどの立場なら、強い魔導士、剣士、そんなものは幾らでも傘下に収められるはずです。キャルさんに固執する理由がありません」

「じゃあ、なんで……?」

「多分、キャルさんのその『白夜の青炎』は、その普通の魔法や剣士以上の力があるはずです。……それが何かは判りませんけど」


 僕はキャルを見た。キャルは、真剣な眼差しでジョレーヌの話を聞いている。


「それを手にして、バルギラ公爵はさらなる権力拡大を目論んでいるのでしょう。今は非公式で行われている異民差別が――堂々と行使される可能性があります」

「わたし……ミゲルに――バルギラ公爵に、負けたくない!」


 キャルは顔を上げた。その眼に、もう怯えはない。

 僕はキャルに言った。


「うん、キャル。絶対、あいつの思い通りなんかにはさせない! 僕らで白夜の呪宝を取り戻そう」


 僕の言葉にキャルは頷いた。

 ジョレヌーヌも緑の髪を揺らして、頷く。


「あたしは、あのバルギラ公爵を調べてみます。何か――裏がありそうな気がするんで」

「うん。くれぐれも気を付けて、無理はしないでください」

「ちもちろんです。あたしは戦う力のない、しがない本屋ですから」


 ジョレーヌがそう言って笑う。僕はそのジョレーヌに言った。


「ううん。ジョレーヌは、戦ってる人だよ。そして、凄く強い力を持ってる人だ」


 ジョレーヌが眼を丸くした。と、独りごとのように呟く。


「なるほど…エリナの言ってたのは、これかぁ……。これは、やられるわよねぇ……」

「なんですか?」

「いいえ、なんでもありません。それじゃあ……ええと、御武運を!」


 僕はジョレーヌに笑ってみせた。


 そして翌日、僕らはブランケッツ号で出発した。

 目指すのは奥の山地――キグノスフィア迷宮!


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