5 バルギラ公爵のスペシャル・クエスト
僕は赤くなるのを隠すように横を向いたが、よくよく考えれば夜だから判りっこなかった。
「ど、どうしたの?」
「うん。ちょっと寝る前に涼もうと思って。…クオンは?」
「う、うん、僕も……」
僕らはバルコニーの手すりに、並んで肘をかけた。
「気持ちいいね」
キャルの純白の髪が、風に揺れている。
……可憐すぎる。こんな夜に、二人で夜風に吹かれてるなんて――少し前までは考えられなかった。
「最近、スーと頑張って訓練してるみたいだね」
「うん。スーのファントムに耐える訓練。スーの方も、わたしの魔法に霊式結界で耐える訓練をしてるの」
「結構、凄い衝撃音だから、たまにビックリするよ」
僕は苦笑してみせた。
「ガドに訓練してもらってレスリングを覚えたんだけどさ、この間、初めてガドを投げたんだ」
「凄い、クオン!」
キャルが素直に驚いてくれて、僕は気恥ずかしいのと嬉しいのと混ざり合った。
「それで、今度は気力と異能アリにしたら、僕が重化したらガドは投げることができなかった。けどね、ガドも凄いんだよ。昨日、三日目だったんだけど、重化してたのに投げられちゃった」
僕がそう言うと、キャル手すりに置いた腕に顔を預けて、僕を見た。
なんだか、嬉しそうな表情をしている。
「……どうしたの? なんかヘンなこと言ったかな?」
「ううん。クオンが自分のこと話してくれるのが嬉しいだけ」
キャルがそう言って微笑む。
その笑顔が可愛すぎて……ドキドキしてきた。
「今度は――その重い相手でも投げる方法を、ガドに教わろうと思ってるんだ」
「うん……いいね」
キャルは微笑んでいる。
僕は息を呑んだ。胸が締め付けられる感じで痛い。…けど、悪い感じじゃない。
純白のキャルの髪が風に揺れて、キャルは身体を起こして手で髪を抑えた。
――今なら…キャルに、僕の気持ちを伝えられるかも――
「あの、キャル……」
「――あ~、いい夜風だなあ!」
突如、一階からガドの声がしてきた。
階下を見ると、ガドが表に出てきている。
「本当ですねえ。――あら、クオンさん、キャルちゃん」
ガドの後ろから、スーが髪を抑えながら現れる。
あ~……
「二人も夜の散歩?」
「はい、そうです」
キャルの問いに、スーがにっこり笑った。
「な、なんだお前たち、そこにいたのか!」
何故か動揺してるガドが、声を上げる。と、ガドが不意に気が付いた。
「そう言えば、もう一ヶ月も越えるな。そろそろクエストを受けてもいいんじゃないか?」
「確かに、そうかもね。ただ――」
エリナとカサンドラ抜きで行くのか、と僕は思った。
キャルがそれを察したように、口を開く。
「エリナとカサンドラ、いつ帰って来るのかなあ?」
「うん、そうだね……。けど、いつまでも訓練期間ってわけにもいかないし――一度、ギルドに行って様子を見てみようか?」
僕は眼下のガドとスーに言った。
ガドが腰に両手をあてて答える。
「こっちはいつでも準備オーケーだ! なんせ合同クエストさせてもらう立場だからな。そっちの方針に従うぜ!」
「です」
最後にスーが、ちょこっと首を傾ける。
「じゃあ、明日は街に行ってみよう」
僕はそう提案した。
* * *
街は――少し、感じが変わっていた。
人通りが以前より少ない。そして何より、犬耳や鹿頭などの――有徴族の人が歩いてる姿が少ない。前はもっと、大勢歩いていたはずだ。
「キャル――」
「うん」
僕はキャルの事が心配になって、キャルに眼で促した。キャルはフードを目深にかぶった。
ギルドに到着すると、そこでも変化は見られた。冒険者の数が少ない。
僕は受付の美人エルフのミリアの処へ行った。
「こんにちは、ミリアさん――人が少なくないですか?」
僕の言葉で、ミリアの顔に影が走る。
「はい……減りました。実は、もう一つギルドができたんです」
「ギルドが、もう一つ?」
僕らは驚いて顔を合わせた。
「こちらは冒険者ギルドですが、もう一つ探索者ギルド――というのができました。向うのギルドは原民主義を掲げ、原民冒険者にクエストを優遇する、とうたったんです。その結果……多くの冒険者が向うに流れてしまいました」
こんなところにまで異民差別の波が?
ミリアは暗い顔で言った。
「わたしがいるせいで、このギルドが敬遠されてるかもしれないと思うと……わたしは、いたたまれなくて――」
エルフも異民差別の対象なのか。僕は驚きと同時に、怒りが沸き上がった。
と、突然、僕の背後からガドの声があがった。
「気にするこたぁないぜ、ミリア!」
振り返ると、ガドが腰に両手をあてて胸を張っている。
ガドはその姿勢で勢いよく鼻から息を吹きだすと、言葉を続けた。
「あんたが一番、冒険者思いの優秀な受付だって、誰もが知ってる。それを知らないで他所に行くような奴は、冒険者の中でも判ってない奴だ! 気にしないで、胸張って、いつもの美人スマイルで仕事してくれよ」
「そうそう、美人スマイルでね」
ガド言葉の後で、スーがちくりと笑顔のまま言う。
ガドがちょっと引きつり笑いを浮かべた。
けど、そのやりとりで、ミリアの顔に笑顔が浮かんだ。
やっぱり、美人エルフには笑顔が似合うよ――口にはしないけど。
「ありがとうございます、皆さん。今日は、面白い組み合わせで来られたんですね」
「うん。ちょっと合同クエストでも受けようかと思って。何かいいのはあるかな?」
僕の問いに、ミリアが言った。
「いいかどうかは判りませんが、バルギラ公爵が広場で、大体的に大掛かりなクエストを発表するようです。前にサンダーチーターを捕獲したブランケッツさんなら、今度もいいかもしれませんよ」
バルギラ公爵ね……
正直、ちょっといい気はしなかったが、僕はミリアに礼を言った。
「ありがとう、ミリア。ちょっと聞くだけ聞いてみようかな」
「でしたら、もうすぐ発表の時間ですよ。広場に行かれては?」
「うん、判った。そうするよ」
僕らはそう言って、ギルドを後にした。
中央広場に行くと、既に人が大勢集まっている。
その視線の先に、太守のいるオーレム城がある。と、突然、管楽器の大きな演奏が響き渡った。
「皆さん、お待たせしました! 今から太守、バルギラ公爵より、スペシャル・クエストの発表があります。皆さん、心して聞いてください!」
どこからか司会の声が響いたかと思うと、城のバルコニーに人影が現れた。
すると、その背後の空中に、大きな映像が浮かび上がった。
水色の髪を後ろで結んだ年齢不詳の男――バルギラ公爵だ。
映像の中の巨大なバルギラ公爵は、笑顔を浮かべた。
「親愛なるオーレム住民の皆さん、ごきげんよう。みんな、日々を楽しんでおられるかな? さて、他でもない――ぼくから皆さんに、ちょっとしたお願いをしたいと思い、クエストという形で出すことにしたよ。その報酬として――5億ワルドを用意します」
5億ワルド!?
その金額を聞いて、広場にいた人の中で一斉に歓声が起きた。凄い騒ぎだ。
僕はその喧騒の中でキャルを見る。――と、キャルが眼を見開いていた。
「あれは……ミゲル――一族を滅ぼした…ミゲルなの!」




