3 ランスロットの逡巡
並んで城内を歩くディアッドはランスロットに言った。
「ランスロット、君のためを思って言うが……くだらない連中とのつきあいは、もう止めることだ」
「くだらないとは何だ!」
ディアッドの言葉に、ランスロットは激昂した。が、ディアッドは平静な表情を崩さずに、すぐに反論した。
「冒険者などくだらない連中だろう? 俺もやっていたから判る。その日暮らしの不定労働者で、何かというと暴力沙汰で解決しようとするロクな教養もない連中だ。君はそんな連中から抜け出して、貴族の家を復興するためにこの開都護衛隊に入ったんじゃなかったのか?」
ディアッドの言葉に、ランスロットは何も言い返せなかった。
「過去の事は忘れ、覚悟を決めろランスロット。君は新たな生き方のために、古い連中を捨てた。その事を自覚しろ」
「俺は……」
ランスロットは歯噛みをして、口ごもった。
そこにディアッドは言い足した。
「俺だけじゃなく、バルギラ様が何をお望みか。君の希望を達成したいと思うなら、まずこの護衛隊で評価されることだ。……少なくとも、俺はこの護衛隊の座を高めて、軍人貴族に列席してみせる」
ディアッドが、灰色の瞳をランスロットに向けた。
その瞳には、確かに固い決意があった。
「判った、ディアッド……俺も、覚悟を決める」
ランスロットの言葉に、ディアッドは頷いた。
* * *
ランスロットはディアッドとともに、バルギラ公爵の前へ来ていた。
「二人とも、楽にしてくれたまえ」
水色の髪を後ろでまとめたバルギラは、二人を自室に迎えると笑顔を見せた。
「お呼びいただき恐縮です、バルギラ様」
ディアッドが胸に手をあてて、頭を下げる。
ランスロットも、ディアッドに倣って頭を下げた。
「堅苦しい挨拶はいいよ。君たちは元々、ぼくの公爵家同様の旧貴族の家柄。ローダン公爵とブロックナー侯爵の家柄の出身だ。ぼくは君たちに、特に期待しているんだよ。――君たちの熱心な活動状況も聞いている」
バルギラはそう言うと、微笑を見せた。ディアッドが恐縮して、頭を下げる。
「バルギラ様、過分なお言葉、ありがたく存じます」
「うん。ところで君たちを呼んだのは、特別な話があるからだよ」
「……承ります」
ディアッドは頭を上げて、眼を光らせた。
「先ごろ、隣郡ジャラダ郡のサイディール太守が、強盗に襲われて一命を落とされた。とても残念なことだ」
バルギラは曇った顔をみせながら、そう口にした。
「後任のダダランド副太守は、今後、このような事態が起こらぬようにと、開都護衛隊の設立を早急に所望だ」
「そうですか!」
ディアッドが声をあげると、バルギラは微笑んだ。
「そこでだ――ジャラダ郡の開都護衛隊の隊長をディアッド君」
「はい!」
「――副隊長をランスロット君に頼みたい」
バルギラの眼がランスロットに向く。ランスロットは驚いて、バルギラを見返した。
「嫌なのかな? ランスロット君?」
「い、いいえ! …身に余る光栄です」
ランスロットはそう言いながら、頭を下げた。
バルギラはにっこりと微笑む。
「うん、ありがとう。君たちなら安心だ。そこでだ――ジャラダ郡で新たに、250人ほどの護衛隊員を募集したい。その人選は、君たちに任せる」
ディアッドは息を呑んだ。
「大変な大役! 謹んでお受けします!」
「そうだね……ぼくはね、帝国建国の際に職・身分を失った『恵まれない人々』に、できたら国に奉仕する機会を与えてあげたいと思ってる。この意味が――判るね?」
バルギラはディアッドを覗き込んだ。
ディアッドは、軽く目線を伏せて答える。
「重々承知です、バルギラ様」
「そうか、よろしく頼むよ。ダダランド副太守が太守に就任するだろうが、開都護衛隊の件は君たちに全権を委ねるとの了承を得ている。――存分に力を発揮してくれたまえ」
バルギラの言葉が終ると、ディアッドは直立不動の姿勢で、頭を深く下げた。
不意に、ランスロットの声が響いた。
「250人というと……中隊一つ分。現在、ジャラダの警護隊が250人体制。それと同規模の軍隊と、いきなり造れと?」
「できないかね?」
バルギラの微笑みに、ランスロットは厳しい表情で応えた。
「できる、できないではなく――それはほぼ…ジャラダの制圧と同等の意味を持ちませんか?」
「制圧? まさか、そんな。同じ帝国の領国として、協力体制を作りたいと思ってるだけだよ」
微笑を浮かべたままのバルギラに対し、ランスロットは厳しい眼で見つめた。
二人とも何も言わない。が、バルギラが、すっと表情を変えた。
「……君が嫌なら、外れればいい」
その冷たい眼に、傍にいたディアッドが震撼した顔を見せる。
バルギラの冷徹な視線に対し、ランスロットは目を伏せた。
ランスロットは静かに口を開いた。
「……バルギラ様のご期待に添えるよう、全身全霊で職務に励む所存です」
「うん。よろしく頼む」
バルギラが再び、微笑に戻る。
バルギラの言葉を合図に、二人は頭を上げて退出しようとした。
その背中に、不意にバルギラの声がかかる。
「そうだ、時にランスロット君」
「……はい?」
振り返ったランスロットに、バルギラは水色の髪を揺らしながら微笑みかけた。
「君はブランケッツという冒険者と、旧知の仲だという話だね?」
「……はい」
「今度、時間がある時にでも、詳しく話を聞かせてくれないか」
バルギラは微笑ったままである。
ランスロットは恐ろしさを感じながら、返事をした。
「……判りました」
それだけ答えると、ランスロットは踵を返した。
○ 〇 ○ 〇 ○ 〇 ○ 〇
僕とガドは気まずい思いを抱えたまま、黙って街を歩いた。
やがてキャルとスーに合流する。が、なんだかキャルとスーも、沈んだ様子をしている。
「どうしたの、二人とも?」
「……実は、キャルさんが何軒か入店を断られまして――」
スーの答えに、僕は一瞬にして怒りが沸いた。
「なんだって? 何処の店だよ!」
「もういいよ、クオン。そういう店なんだから、怒ってもしょうがない」
キャルはうつむいたまま、そう口にした。
僕は無意識のうちに唇を噛んでいた。
「くそ……なんだってんだ!」
「どうも異民差別が流行ってるようです。無論、そんな店ばかりではありませんが」
スーはそう言うと、細い眼を細めてにっこり笑った。
スーの大人の余裕が……今は、救いになる。そんな気がした。
僕らはみんな、眼を伏せて黙る。
が、その沈黙をガドの声が破った。
「ようし! こんな時は景気づけだ! 酒買って、いい肉買って――パァッと騒ごうぜ!」
「そうだね。そうだ! 建ったばかりのバルコニーで、バーベキューしょうよ! みんなでさ!」
僕の提案に、ガドとスー、そしてキャルも頷いた。
その日の晩に、僕はこの世界に来て初めての酒を飲んだ。
キャルとスー、そしてガドと他愛もない話で笑い合い、バルコニーでバーベキューをして盛り上がった。
誰も口にしなかったけど、僕らには判っていた。
……世界が変わろうとしている、と。




