2 ランスロットとの再会
僕はジョレーヌに訊いてみた。
「けど、売れてるってことは、収益になるんでしょ? 置かなくていいの?」
「あんな差別主義を助長するような本は、うちの店には置きません。置いて一時的な売れ行きを得るより、客の信用を失う事のほうが恐いの、あたしは」
ジョレーヌは眼鏡を少し直しながら言った。
「うちのお得意さんには、移住者も転生者も有徴族もいます。あなただって、そうでしょ? うちが、そういう本をほいほいと売るような店なら、あなたもキャルちゃんも店に来たくなくなるでしょ?」
「まあ……そうかもね」
ジョレーヌは微かに笑った。
「そういう事です」
「……そういう事か」
僕が納得してると、急に傍にいたガドが声をあげた。
「あんたは素晴らしい人だ!」
急に大声を出したガドに、驚いたジョレーヌが目を丸くして見ている。
「利益より、信念、人との絆を選ぶ――素晴らしい、見上げた覚悟だ。いや、素晴らしい店と素晴らしい人に出会った。今まで、あまり本屋など入ったことがなかったが、これからは寄らせてもらうよ!」
「そう……ですか。ありがとう、ございます」
若干、戸惑い気味にジョレーヌが口を開く。ガドはにっかりと笑った。
「じゃあ、オレでも読めるような、面白い本を!」
僕とジョレーヌは、顔を見合わせた。
* * *
月光堂書店を後にした僕らは、街を歩きだした。
「いやあ、いい店だったな。クオンは色んな知り合いがいるんだなあ」
「あの店長さんとエリナさんが仲良くてね」
僕は笑ってみせた。もう、キャルとスーとの合流時間が迫っている。
足早に歩いていると、何か先の方が騒がしかった。
「――おい! 先に喧嘩をふっかけてきたのは、そいつらの方だぞ! なんで、俺たちの方を逮捕するんだ!」
「うるさい、黙って従わないと痛い目にあうぞ」
人だかりがして、そんな声が聞こえる。僕らもその現場で行ってみた。
そこにいたのは、鹿頭の人と、犬耳を持った人――が、警護隊のような制服を着た人に抑え込まれている図だった。
「へっ、ざまあねえなあ、クソ異民が!」
傍にいた冒険者風の男が、そう吐き捨てる。その隣には、にやにやと笑いを浮かべる仲間らしき男が二人立っていた。
「貴様ら、異民ってことで俺たちを逮捕するつもりか! 不当逮捕だ!」
「黙れ!」
腕を捻じり上げて、地面に犬耳を抑え込んでる男が、電撃を放った。
「がああぁぁっ!」
抑え込まれたまま電撃を受けた男が、苦痛に呻く。
「コーギル!」
鹿頭の人が声をあげる。鹿頭の人物は、立ってはいるが後ろ手に拘束されていた。
「静かにしろ。これ以上、抵抗するな」
その後ろ手に拘束している男を見た時、僕は気づいた。
その男が――ランスロットであることを。
「ランスロット!」
僕は思わず声をあげて近づいた。
僕の声に、ランスロットが気づいて顔を向ける。
その時、ランスロットは一瞬の驚きの後に、うしろめたさを隠すような表情を浮かべた。
「ランスロット、お前、何をしてるんだ!」
と、僕の後ろからガドが声をあげる。
ガドはずんずんと近づいて、ランスロットの傍へ行った。
「お前、そいつはコーギルだぞ。そっちはディーカ、冒険者仲間だ、知らない仲でもないだろ!」
ガドの声に、ランスロットは気まずそうな顔を見せる。
と、傍にいた犬耳を抑え込んでる男が、声をあげた。
「おい、公務の妨害をするなら、お前も逮捕するぞ」
見るとその金髪の男は――あのディアッドだった。
ディアッドはガドを睨みつけている。
ガドはディアッドの方を向くと、大声で怒鳴りつけた。
「逮捕だぁ!? 何もしてない人間を逮捕するのが、開都護衛隊とかいう連中の仕事なのか!」
「異民はそもそも何をするか判らん連中だ。厳重に取り締まる必要がある」
ディアッドはガドに対し、一歩も引かない目つきでそう言い放った。
ガドとディアッドが、しばし睨みあう。
と、ガドはディアッドを見るのを止め、ランスロットの方へ声をあげた。
「おい! お前も同じ考えかランスロットっ!」
ガドは明らかに憤っている。
ランスロットはそれに対し、じっと黙っていた。
「……ここは、おとなしくしてくれ、ガド」
ランスロットはそれだけを言った。
ガドの顔色が――変わった。
「お前――オレに言う事は…それだけか?」
ガドの声に、ランスロットは答えない。
ガドの顔が一瞬、泣きそうにくしゃりと歪んだ。
「オレの知ってるランスロットは……もういないらしい」
ガドはそう言うと、背中を向けて歩き去り始めた。
「ガド……」
僕はその背中を見て、ランスロットに歩み寄った。
「ランスロット」
僕はランスロットを見つめる。
ランスロットの眼が、僕を見つめ返している。僕はただ黙って、ランスロットを見つめ続けた。
…と、ランスロットが、鹿男の後手の拘束を解いた。
鹿男が、ディアッドに近寄る。
「ム……貴様、近寄るな!」
「おい、その手を離せ! 何度も言うが、喧嘩を売ってきたのは相手の方だ」
鹿男とディアッドは一触即発状態になる。が、ディアッドはやがて拘束を解くと、その場から離れた。
「フン、この場は見逃してやる。だが、いい気になるなよ」
ディアッドはその場で踵を返した。
僕は、ランスロットを見つめたまま言った。
「僕の知ってるランスロットは――カリヤの差別発言に憤って、理不尽な事に自分から飛び込んでくれる正義感の強い勇者だよ」
ランスロットが、一瞬、悲し気な表情をみせた。
が、すぐに平静な顔に戻ったランスロットは、口を開いた。
「クオン、この国のために――この国は変わる必要がある。俺はその手伝いをしたいと思ってるだけだ」
「こんな方法で、国がよくなるなんて本気で思ってるの?」
僕がそう口にした瞬間、大分、遠ざかったディアッドが声をあげた。
「ランスロット、何をしている! 早く来い!」
「……判った」
ランスロットはそう言うと、僕から眼を逸らして踵を返した。
背中を向けてランスロットが遠ざかっていく。
遠い。こんなにもランスロットを遠く感じたのは初めてだ。
最初に会った時より……ずっと遠い。
僕はなんとも言えない気持ちになった。
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ランスロットが追いつくと、ディアッドは口を開いた。
「おい、あれは昔の仲間と――要注意人物クオン・チトーだろう?」
「ああ……」
ランスロットは短く答えた。その胸中に、痛いほどの寂寞感が渦巻いていた。




