第二十三話 ランスロットの変心 1 月光堂書店にて
キスから離れたザビーは、ジェットをうっとりとした眼で見上げると、口を開いた。
「ねぇ、アタシたちって凄くなっちゃったんじゃない?」
「ああ。Bランク戦闘者でもオレたちの比じゃない。もうAランクかそれ以上だ」
「素敵!」
ザビーはジェットに抱きついた。ジェットは微笑んで、ザビーの頭をなでる。
「フフ、だがオレはもっと先のことを見ている」
「先って?」
「今、うちの組織にいるネラ、そして赤目のビヤルはAランク相当だ。けどボスは、連中が実力はあっても何を考えてるか判らないところがあって、使いあぐねてる。だからオレにチャンスをくれたんだ」
「どういう事?」
首を傾げたザビーに、ジェットは不敵な笑みを見せた。
「オレが組織のナンバー2、ボスの片腕になる」
「わあ!」
ザビーは無邪気に笑みをみせた。
「今、幹部のゲイルさん、カザンさんは実力はあるが、頭が弱い。今の実力なら、多分、オレの方が上だし、オレはヒモグラーの時から下の連中を使ってきた。オレの方が下の連中を組織できる。……ボスもそう思ってるはずさ」
「ジェット、やっぱりアンタって最高! アタシ、アンタについていくわ。もう離れない!」
そう言って抱きついたザビーに、ジェットは微笑いかけた。
「ついてこいよ、ザビー。お前に最高の思いをさせてやる」
「ジェット……」
ザビーはうっとりした顔で、ジェットの胸に頬をうずめた。
○ 〇 ○ 〇 ○ 〇 ○ 〇
ゲストハウスは二部屋あって、ちょっとした共用スペースの他に、ミニキッチンとトイレをつけた。
「凄く立派ですわ、クオンさん!」
スーが感激したように、声をあげる。
「外側の色塗りがまだ残ってるけど、終わったらこっちに移動してもらおうかなと思ってる。僕もこっちに移ろうかと思ってるんだけど――ガドは僕と同じ部屋でいい? それとも、スーと一緒がいいかな?」
僕がそう問うと、ガドがみるみる赤くなって声をあげた。
「バ、ババ、バカなこと言ってんじゃねえよ! お前と一緒に決まってんだろ!」
「あ、そう。いや、一緒のパーティー同士の方が気兼ねないかな、と思っただけなんだけど」
「わたくしは一緒でも構いませんのよ」
スーがにっこりと笑いながら、そう口にした。
ガドがさらに真っ赤になる。
「な、なにを言ってるんだ! お、男同士の方が、気兼ねなくていいに、き、決まってんだろ!」
「そうですか? 残念ですこと」
スーはそう言うと、細い眼をさらに細めて微笑する。
なんか大人の女性の余裕だなあ。
それに比べてガドは――
身体は大きいのに、中学生みたいな恋愛感覚だ。いい加減、スーの好意に気付いて応えればいいのに。
ガドだって、スーのこと好きなくせに。まったく、困った人だ。
まあ、けどそれは本人たちの事情なので――
「それでペンキとベッドなんかを買いにいかないといけないけど……街に行くけど、キャルたちも買い物に行く?」
「行く行く!」
キャルが嬉しそうに、声をあげた。
「ね、スーも一緒に買い物しよ」
「いいですわね。わたくしも新しい服やポーションなんかが欲しいなと思ってたところです」
「じゃあ、みんなで街へ行こうか」
そう言って、僕らはブランケッツ号で街へ買い物に来た。
人で賑わう通りを歩きながら、僕はガドに言った。
「まず、ゲストハウスを塗るペンキ、それから組み立て式のベッドを買わないと」
「おう。ベッドは作らないのか?」
「ああいうのは買った方が早いから」
ちなみにキャルとスーは、食料品や衣料品の買い出しだ。
僕らはまず家具やに行って、ペンキと組み立て式ベッドを四つ分買った。
大型収納珠でもどうかと思う大きさだったが、収納できた。
僕はちょっと思いついて、別の場所に行くことにした。
「なんだ此処は? 本屋?」
「うん、知り合いなんだ」
僕は月光堂書店へと立ち寄った。
中は相変わらずの、天井まで高さのある本棚。その奥に、緑の髪をボブにした眼鏡の女店主ジョレーヌがいる。
「どうも、こんにちは」
「ああ、いらっしゃい。……大きなお連れさんね」
愛想はない感じだが、決してこっちに悪印象があるわけじゃない、というのは最近判ったことだ。けど、ジョレーヌの言葉に、ガドはちょっと怖気づいたらしい。
「あ、どうも」
なんか大きな身体を小さくして、ガドが頭を下げる。ガドって、こういうとこ可愛いよな。
「エリナさんが一緒じゃなくて、すみませんね」
「いいのよ、別に。けど、別行動なんて珍しいんじゃないの?」
「今、エリナさんは帝都に行って修行中です。と同時に、執筆に励むって言ってましたよ」
僕の言葉を聞くと、ジョレーヌが一瞬、ほわんとした表情になった。
と、慌てて眼鏡を抑えてうつむく。
「そう。それは良い事で、期待できそうね。ありがとう、わざわざそれを伝えにきてくれたのかしら?」
「いや、僕も欲しいものがあって。キグノスフィア迷宮と、九大龍王についての本なんかありませんか?」
「そうね……」
ジョレーヌは椅子から立ち上がると、棚の方へ進んで一角にある本を数冊とってきた。
「この辺がオススメかしら。九大龍王についての基本的な伝承と、それの解説をした本。キグノスフィア迷宮の方は、実際にダンジョン攻略した人の冒険記ね」
「あ、ありがとうございます! ちょっと見せてもらっていいですか」
僕がジョレーヌから本を受け取った時、店の扉が開いて二人連れの男が入ってきた。男たちは本棚を見るでもなく、ジョレーヌを店主と見定めると、まっすぐ近寄ってきた。
「なあ、『劣等人種論』って本、ねえの?」
およそ、本を読むような感じではない雰囲気の男が、そうジョレーヌに訊いた。
「ありませんね」
ジョレーヌが素っ気なく答える。すると、連れの少しは本を読みそうな男の方が、口を開いた。
「なに? ここは本屋なんだろう? 今、話題の本なんだぞ、置いてないのか?」
「うちにはありませんね」
あくまでジョレーヌの態度は素っ気ない――を、通り越してむしろ冷たい。
最初に発言した男が、口を開いた。
「なんだ、使えねえ本屋だな! 行こうぜ」
「ああ」
そう言うと、二人は踵を返して本屋から出ていった。
ジェレーヌがため息をつく。僕はジョレーヌに訊いてみた。
「なんです? 今の本?」
「『劣等人種論』――およそ400年くらい前に、神官ヌーデルト・ベリアが書いた本で、今に続く異民差別の元にもなった本です」
「え? そんな本があるんですか?」
ジョレーヌは頷いた。
「ヌーデルト・ベリアがこの本の中で書いたのは、有尾族や有角族、あるいは四腕種や巨人種も含めた有徴族は、大陸に逃げた犯罪者の子孫が、大陸の獣と交わったことで生まれた劣等種族だと主張したの」
「え……」
それが――異民差別の元?
「もちろん、全く根拠のない主張で、後の研究で完全に間違いだと証明された。だから神聖帝国ルワイスの時代には、この本は誤謬を含めた差別を広める悪書として出版禁止になった。けど……この本が最近、再販されたの」
「それが……流行ってる――んですか?」
「ええ。バルギラ公爵が太守になってから、異民差別が市民権を得たかのような振る舞いが続いていて、この本が急に売れ出したの。本屋の中には売れればなんでも置くという見境のない店主もいるから」
ジョレーヌは苛立たし気にそう口にした。
なるほど、さっきのような連中が、その本を求めている。けど、ジョレーヌはその本を置かないわけか。




