6 サイディール卿襲撃事件
慣れというのは恐ろしいもので、キツい基礎練習もレスリングの模擬戦も、段々こなせるようになってきた。……一週間くらいで。
その間にも増築は進行し、一週間後にはゲストハウスが概ね完成した。
「こんな感じか……後は、外側の色塗りくらいだな」
腰に両手をあてて、完成したゲストハウスを眺める。うん、我ながらいい出来だ。
その僕の隣で、やはり腰に両手をあてたガドが口を開いた。
「おぉ、凄いな、クオン。まさか本当に一週間で完成させちまうとは」
「ガドが手伝ってくれたおかげだよ。そうだ、色塗りは任せていい? 僕は二階の増築にとりかかりたいんだ」
「おお、それは構わないが、俺が塗っちまっていいのか?」
「全然、大丈夫。ガドは身体は大きいけど、仕事は細かいって判ったから」
僕が笑うと、ガドもにっかりと笑った。
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オーレムのあるケルダ郡の隣郡、ジャラダ郡の太守サイディール卿は、馬車に揺られていた。
「――まったく、どうしてあんな青二才の言う事を聴かねばならんのだ!」
でっぷりと太ったサイディール卿は、口髭を震わせながら憤慨してみせた。
その憤りを鎮めるように、向かいに座った書記官のブレッドが口を開く。
「そうですね――確かにバルギラ公爵の提言は、ある種、管轄外干渉とも言えます。しかし開都護衛隊なるものを、ジャラダ郡にも作るべきとは……。南域の侵攻がそれほど急速にあるとも思えませんが」
「奴め、その開都護衛隊を通して、ジャラダ郡にまで影響下に置こうとしてるのは間違いない。断固、拒否してやる!」
憤慨するサイディール卿に、髪をきっちりまとめたブレッドは口を開いた。
「しかしサイディール様、今、バルギラ公爵を敵に回しますと、オーレムからの交易が途絶え物価が急上昇し、民衆が貧窮することになります。向うは海上交易から得られる他国の産物に加え、内地の農産物、オーレム都市住人の工業製品など経済資源が豊富です。オーレムは非常に豊かな都市です」
「判っておる! くそう、あの青二才め。こちらの足元を見て、軍事要求を呑ませるつもりだな。なにが『同じ帝国の仲間、協力して防衛体制を強化しましょう』だ! 開都護衛隊なるものが設立されたら、我が軍の警護隊を内部から骨抜きにされたも同然ではないか」
サイディールは歯噛みしながら、ブレッドに言った。
「しかし、同じ帝国領内の郡です。事を起こせば皇帝軍が動くことになる。表だって無茶なことはできないでしょう。此処は要求を呑んで、経済的な基盤ができるのを待つのが先決かと――」
ブレッドがそう口にした時、馬車が急停車して二人の身体が揺らされた。
「なんじゃ! もっと運転には気を使え!」
サイディールが苛立ちまぎれに怒鳴る。ブレッドは背中にある小窓を開け、馭者の様子を見ようとした。
その小窓から、馭者の背中が見える。ブレッドはその背中に声をかけた。
「おい、一体どうした――」
その言葉の途中、馭者が背中を(・)向けた(・・・)まま(・・)、その首が後ろを向いた。
そして、ゆっくり――その身体が倒れる。
「襲撃を受けてます!」
「な、なにぃっ!?」
ブレッドは異変に立ち上がった。
サイディールが慄きながら、腰を上げる。
ブレッドは馬車の扉を開けて、外の様子を窺った。
「これは――」
ブレッドが息を呑む。
外には警護の兵が全員、倒れていた。
「馬鹿な……中隊長級の警護兵が、全員声も出せずに倒されているだと――?」
ブレッドが慄きながら馬車から外へ出る。
「――ふ~ん、こいつら中隊長級だったんだ。ザコすぎて、判んなかったあ」
何処からか女の声がする。と、サイディールが馬車の中から顔を出して喚いた。
「おい! 一体、どうなっとる!? 警護は何をやっとるんだ!」
「サイディール様、襲撃です。お気を付けください!」
ブレッドの言葉に、サイディールの顔は一瞬にして青ざめた。
「しゅ、襲撃ぃ!? バ、バカな! ワシを襲撃するなど、そんな大それた事をする奴は――どこのどいつだ!」
その時、一瞬にして影が走る。
その影はサイディールを狙って走ってきた。
サイディールにはまったく見えてない。が、ブレッドがそこに割って入った。
金属音が鳴り響く。ブレッドが抜いた剣が、チーターのような顔をした、金髪女の爪を止めていた。
「ヒッ! ヒィィッ!? 誰だ!?」
「アタシはサンダーザビー……へえ、書記官っていうから、なよっちい奴かと思ったのに」
ザビーは素早く遠のく。距離をとった先で爪を舐めながら、ザビーは言った。
「ねえ、こいつちょっとやるよ!」
「いいぜ。お前は見てな」
ふらりと影の中から、一人の男が現れる。
男はチーター柄の皮ジャンを羽織り、金髪を短くしていた。
「このザコどもが中隊長クラスか……Cランク戦闘者と同等ってことは――ヒモグラーと同じレベルってことだな」
「じゃあ、アタシたちはそれ以上ってことだね!」
瞬時に移動したザビーが、男の傍に寄り添う。
ブレッドはその姿に歯噛みをしながら、声をあげた。
「何者だ、お前たちは?」
「オレはサンダージェット……と、言っても名乗るだけ無駄だけどな。お前は死ぬから」
ジェットの言葉を聞いたサイディールが、馬車の陰から喚いた。
「そのブレッドをただの書記官と思うなよ! 大隊長クラスの実力を持った、剣士だぞ! ブレッド、そいつらをやってしまえ!」
「もちろん、そのつもりです」
ブレッドは短い返答をすると、油断なく剣を構えた。
ジェットがにやりと笑い、それと対峙する。
と、ジェットの姿が消えた。
ジェットが凄まじい速さで、ブレッドに接近した。
ギン、と金属が唸るような音でぶつかり合う。ジェットの長い爪と、ブレッドの剣が衝撃音をたてていた。
ジェットが素早い動きで廻り込むのを、ブレッドは抜かりなく追う。ジェットの素早い攻撃を防ぎつつ、ブレッドは返し技で瞬時に攻撃を入れようとする。
しかし返し技が出た時には、ジェットはもうそこにはいない。
「剣が上手いようだな」
そう口にした瞬間、ジェットはいきなり口を開けた。
その牙を剥いた口から、火炎放射が噴射される。
「くっ! この化物め!」
ブレッドが気力を上げて、、その火炎放射を剣で防ぐ。
と、その瞬間、声がした。
「は~い、このオッサンはもう終わりね~」
はっ、となって振り向いた時には、ザビーがサイディールの傍で、その首を捕まえていた。
「サイディール様!」
ブレッドが声を上げた瞬間、その腹に深々とジェットの爪が突き刺さっていた。
「おいおい、よそ見してんじゃねえぞ」
ジェットはせせら笑いながら、ブレッドの顔を見る。
「ク……貴様――」
「じゃあな」
爪を突き刺したまま、ジェットは全身から放電した。
凄まじい電撃が放たれ、ブレッドの眼玉が衝撃の強さに飛び出そうになる。
ジェットが爪を引き抜くと、絶命したブレッドは声もあげずに倒れた。
「は~い、アンタもさよなら~」
「ま、待っ――」
ザビーがサイディールの首をひねりながら、電撃を放つ。
絶命したサイディールのでっぷりとした肢体が、馬車から転げ落ちた。
「ザビー、いい仕事だったぜ」
「うふん。だって、はやく帰ってジェットとイチャイチャしたいもん。……殺した後って、興奮する」
妖しく微笑みながら、ザビーはジェットの傍に寄っていく。
ジェットは死体が転がるなか、寄りかかるザビーにくちづけをした。




