5 ガド流レッスン!
「レスリング?」
僕は、自分の人生のなかで、多分、ほとんど発音したことのない言葉を口にしてみた。
「そうだ、レスリングだ! 組技というのは、やっているだけで体幹が鍛えられる。非常に有効なトレーニングにして、実戦的技術だ!」
「いやいや、ちょっと……僕がガドみたいな屈強な人と組んで戦うなんて――ムリでしょ」
「ムリではなああいっ!」
ガドは大声をあげた。大丈夫か、ガド? ちょっとキャラ変わってない?
「たとえ一見屈強そうに見えても、組んでみたら案外足腰が弱い……そんな事は幾らでもある。ましてや、気力を使うことにばかり慣れていて、肉体そのものを鍛えることを忘れてる者も少なくない。少なくとも、やればやっただけ、体幹は強くなり、どういう状況に対しても、どういう戦い方に関しても応用できる事は間違いない。それが組技だ!」
ガドは凄い熱だ。けど、ガドがそこまで言うなら、きっと本当なんだろう。
「判った。じゃあ、よろしくお願いします」
「おう! では、まず服を脱げ!」
「えぇっ!?」
僕は思わず胸を手で隠した。ガドがげんなりした顔をする。
「いや、シャツは着てていいから。着衣の組技と裸身の組技は、また技が異なってくるんだ。オレのは裸身で戦うタイプだ。だからシャツになってくれ」
僕は言われた通り、シャツ一枚になった。
「基本の肉体を鍛えるのが目的だから、オレも気力を使わないし、クオンもディギアを使わない。判るな?」
「うん」
「じゃあ、まず基本のロックアップをやる」
というと、ガドは右手で僕の首根っこを抑え込んだ。左手で、僕の肘を捉えている。頭を上げようとするが――凄い圧で上がらない。
「う……動けない」
「組技士同士は、組んだ瞬間に相手の技量を計る。オレが力を入れて、お前を抑え込んでると思うか?」
「違うの?」
凄い圧だから、てっきり力だと思い込んでた。
「違う。これは姿勢の力で抑えこんでるだけで、腕力はほとんど使ってない。背が高い方が有利ではあるが、姿勢の力は重要だ。お前が抑え込んでみろ」
ガドに言われて、ガドの首根っこを抑え込む。
「頭じゃなく首を抑えて、腕の力じゃなく、脇をしめろ」
言われた通りにやってみる。
「お、いいじゃないか。左腕も脇を絞めて、オレの腕を封じ込めろ。――よし、ここからオレが脱出しようとするのを、姿勢の力で遮るんだ」
そう言うと、ガドが頭を上げて左右に動こうとする。僕はそれをさせないように、必死に抑え込む。ガドは僕よりずっと大きな体格だが、こうやって抑え込んでる姿勢なら、コントロールできる感じがした。
「どうだ? 相手をコントロールするって事が判ったか?」
「うん、ちょっと判った気がする」
「フフ……なかなか呑み込みが早いぞ。これは無理に力で脱出しようとするものじゃない。むしろ力を抜いて脱出するんだ!」
と、ガドが言った瞬間、ガドの抑えていたガドの頭が不意に消えた。
次の瞬間には、僕の足元にガドがうずくまっている。
「うわぁっ!」
ガドが僕の足を捉えて、押し倒した。
「これがタックルだ。相手の下に沈み込む瞬間は、力を抜いて沈む。特に膝の力を抜くのが肝だ。ロックアップするから、そこからタックルに入ってみろ」
ガドが僕をロックアップする。力を入れて抜け出すんじゃなく――力を脱いて沈み込む!
驚くほどあっさりとガドのロックアップを脱出した。そして僕は沈み込んだところから、ガドの脚を両手で抱えて倒そうとする。
が、これが全く倒れない。
「た、倒れない……」
やっぱり、体重差がある人を倒すのは無理だよ。
僕は息をつきながら、身体を起こした。
「ガドが重すぎて倒れないよ」
「クオン、体重はどのくらいだ?」
「多分、60kgないくらい」
もしかしたら、55kgもないかも。
「そうか。オレは最近計ってないが、多分、80kg以上だ。体重差は確かにある。が、タックルで相手を倒す時は、それは関係がない」
「え? そんな事ある?」
「もう一回、タックルの体勢に入ってみろ」
僕は身体を沈めて、ガドの脚を掴んだ。
「まず重要なのは、オレの踏ん張る力を削ぐこと。そのためには、膝裏をまず引きつけて崩せ」
僕はガドの膝裏に手を回して、それを引きつけた。ガクン、とガドが沈む。
「そう、こうなると、こっちの体勢が不安定になる。手で引きつけるのもいいが、小指側を膝裏に差し込むように、切りこむ感じの方がいい」
僕は言われた通りに崩す。
「いいぞ。そうしたら、相手を手で引いて倒すんじゃなく、自分の胸や肩で、相手を下に押し込め。自分の体重を預けるつもりで行くんだ」
自分の体重を預ける? ――それは、僕が今までやってきた戦術じゃないか!
僕は頭から突っ込みつつも、自分の体重が抱えてる脚に乗るように進んだ。
と、ガドが倒れた。
「おう! いいじゃないか、素人とは思えない上手さだ!」
ガドは立ち上がって微笑った。
「つまりだ。幾らクオンが軽いと言ったって、50kgもの重量がオレの脚の一点にかかっちゃあ、こっちも倒れるしかないんだ。要点は、膝裏を崩すこと、相手の足が動かないように止めておくこと。体重を預けること――だ」
ガドの解説に、僕は感動して声をあげた。
「ガド! これ――僕の戦い方に凄く応用できるし、勉強になるよ!」
「そうか! それで体幹も鍛えられる。どうだ、いいだろうレスリングは?」
「うん、いいね! もっと知りたいよ」
こんな肉体派の技術を、僕がやることになるとは――自分でも驚きだ。
ガドは手を腰にあてて、胸を張った。
「組む以前に、その優位を競う攻防があるが、それは後回しにしよう。まず基本的な考え方は、相手の肩を地面につけること。これが勝利の条件だ。で、やる事は、大きく言って三つある」
ガドは三本の指を立ててみせた。
「一つは今やったタックルだ。背中側に倒して相手の肩をつかせる。もう一つはバックをとること――」
そう言った途端、ガドの大きな体が消えた。
気づくと、僕の身体が持ち上げられている。
「うわわわっ!」
「ここから反り投げをする。これは相手も後頭部から落ちるので危険な技だ」
「見た事ある。プロレスの技だ」
「プロレス?」
「あ、いや前世の話。気にしないで」
ガドが僕の身体を地面に降ろす。と、くるりと僕は、ガドと正対した。
「後は巻き込み投げだ。相手の腕を捉えて――」
ガドが僕の右腕を掴む。
「自分が回転する力で相手を巻き込んで投げる!」
ぐっ、と下に引っ張られると思った瞬間、僕はでんぐりがえるように地面に投げられていた。
「これも力より、自分の体重で相手を沈めて巻き込む感じだ」
「……これは…使えるかも」
地面に寝転がって空を眺めながら、僕は直感した。この投げ技、僕がもし覚えたら――
僕の重化で、相手を巻き込んで投げることができる!
僕は起き上がって、ガドに言った。
「ガド! 僕、この技が使えるようになりたい!」
「ようし! 後は特訓あるのみ!」
それから僕は、ガドに本格的な特訓を受けた。
投げの基本的な形を教わるだけでなく、その前段階の基礎訓練。
スクワットにブリッジ、腕立て伏せ、空気椅子――。
「どうだ、クオン! 筋肉が喜んでいるだろう!」
ガドが心底嬉しそうな顔で僕に言った。
……いや、死にそうですけど。




