6 二階建て増築案
ちょっと不機嫌な顔になったキャルが僕を見た時、不意にキャルの膝元にマルが現れた。
「マー」
キャルがちょっと驚いた顔をして、なんか息をつくと苦笑した。
「そっか、マルちゃんもいたもんね」
「マー」
マルはいそいそとキャルの膝の上に上がりこむ。
ご飯を食べた時はいたけど、それから姿が見えなかったんで、すっかり存在を忘れてた。
「それで? 二階って?」
キャルがなんか機嫌が直った微笑をして訊いてくる。
よく判らないが、助かった、マル。
「うん。僕、前世はマンションの四階住まいだったんだけど――」
「マンションって?」
「あ、集合住宅だよ。オーレムの街にもあったでしょ。あれの、鉄骨とコンクリート……は判りずらいか、石の塊みたいな建物。そういう処に住んでたんだけど…ずっと憧れてたんだよね。一件家で、二階建ての家。それで、二階の部屋に住みたかったんだ」
僕がそう言うと、キャルも顔を輝かせた。
「わたしも! わたしの一族の家って、基本は平屋だったの。だから二階建ての家を最初に見た時、わぁって思った」
「うん。この家は平屋だけど、二階を作ろうと思って」
僕がそう言うと、キャルは身を乗り出して言った。
「ねえねえ、二階にわたしの部屋を作って!」
「じゃあ、そうしようか。僕の部屋の隣――に、なるけど…」
「凄くいい! ねえ、そうして」
キャルがほんとに顔を輝かせて、僕の眼を覗き込んだ。
可愛すぎる。僕は赤くなるのを誤魔化しながら、口を開いた。
「それじゃあ、どういう感じにしようかと思ってるんだ」
そう言って僕は、スケッチ帳を取り出した。ササッと今の家の状態を描く。
「これが今の感じ」
「え!? クオン、絵上手いよ!」
「そう? それで、二階はこんな感じにしようと思ってたんだ。けど、キャルの部屋も作るとなると――もっと二階の面積を増やすかな」
僕はそう言いながら、二階の部屋を描き足した。
「素敵!」
「それじゃあ、バルコニーをつけて――」
僕は消しゴムで消した後に、バルコニーを描き足す。
二階の二つの窓から、出られる感じだ。
「これなら、バルコニーに出てクオンとお話できるってことね」
「そ、そうなる…ね。あ、けどバルコニーをもっと広くしてもいいかも」
僕は思い切って、バルコニーの面積をうんと広げた。
「このバルコニーの下に、ブランケッツ号が置ける。それで、バルコニーでみんなでご飯とか食べるのもいいかも」
「それもいいけど……。なんか、ちっちゃいバルコニーもよかった気がする」
キャルが考えながらそう言うので、僕はちょっと考えて、小さなバルコニーの外側に大きなバルコニーが広がる形にした。
「大きなバルコニーは、二階に上がる階段から直接行けるようにして、僕らの部屋のバルコニーとは別の導線にしよう。これで、どう?」
「うん、いいかも!」
キャルが微笑んだ。
それから僕らは増築計画のことあれこれ話して、時間を過ごした。
「――ウフフ、増築楽しみだね。けど、明日はわたしも木材造りを手伝うんでしょ?」
「うん。よろしくお願いします」
僕がそう言うと、キャルが笑った。
「じゃあ、ゆっくり寝て身体を休めないとね。マルちゃん、一緒に寝る?」
「マー」
「そっか、じゃあ一緒に寝よっか。それじゃあもう寝るね、おやすみなさい、クオン」
「う、うん。おやすみなさい」
そう言うと、キャルはマルを抱いてリビングを立ち去ろうとした。
と、ふと足を止めて振り返る。
「あ、忘れもの」
そう言うとキャルがこっちにやってくる。
キャルは傍まで来ると、座ってる僕に向かって身をかがめた。
え? なんかキャルの顔が近づいて――
ちゅ。
――ほっぺに、キャルがキスをした。
え?
「……助けてくれた、お礼」
少し恥ずかしそうにキャルはそう言うと、振り返って歩き去っていった。
――残された僕は、呆然とする。
「え? えぇーっ!?」
思わず声が出る。
ちょ、ちょ――どういう事? いや、お礼って…ダンジョンのね、助けたことのね、そういう事だよね? そういう――
うわぁぁ! キャ、キャルが僕に……
顔が火がついたみたいに熱い。特に、キャルにキスされた頬が。
うわああ、どうしよう。もう、顔を洗いたくないかも!
いや、顔を洗わないと不潔でキャルに嫌われる。ああ! 僕はどうしたらいいんだ!? ……いや、冷静になれ。とりあえず――僕も寝よう。
……って、興奮して眠れない!
こうなったら――そう思って僕は、増築計画の図面を描き始めた。
今の家の廊下のどんつきの壁に穴を開けて、外側に二階への階段を作る。
その外側に家の壁を新たに作る感じで増築。
階段で上がった先で、広いバルコニーに向かう廊下と、僕とキャルの部屋に向かう廊下。階段下は倉庫にできる。うん……こんな感じでいこう。
なんか知らないけど、夢中になって作業をしていた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
黒塗りの馬車が、鉄の門扉を開けて敷地に入る。
豪奢な玄関の前に着いた時、そこから降りたのはカリヤだった。
「いらっしゃいませ、カリヤ様」
そう言って頭を下げたのは、紫の長い巻き髪をした美女、ビジョンである。
今夜は白いドレスを身にまとっていた。
「お前は相変わらず綺麗だな」
「お上手ですこと」
カリヤの言葉にビジョンは艶然と微笑む。カリヤは苦笑すると、案内されるがままに屋敷へと入った。
一室に招かれると、そこにはバルギラ公爵が座っている。
「やあ、カリヤくん、まあ座ってくれたまえ」
カリヤはビジョンが引いた椅子に、悠然と座った。
ビジョンがワイングラスに紅いワインを注ぐと、カリヤは黒マスクを外した。
「悪いが……猫耳は捕らえ損ねた」
カリヤはワインを飲みながら、そう言った。
「ふむ。既にオーレムの暗黒街を傘下に収めた君でも、思い通りにならない事があるのかい?」
「クオンの奴の属性変化の異能は、かなり厄介だ。が――もう一人、透明化の異能を持つ手裏剣女がいる。その女がギュゲスを殺した奴だ、あの女も侮れない。そして元軍にいた女隊長が仲間に加わった。奴らは相当に戦力アップしていて、簡単には攻略できねえ」
カリヤは面白くなさそうにワインを飲みほした。空のグラスに、ビジョンがまたワインを注ぐ。
「まあ、それでは猫耳少女の件はこっちのディギナーズでカタをつける事にしよう。君にはもっと得意な事をやってもらいたい?」
「なんだ?」
カリヤの問いに、バルギラは薄く笑った。
「ぼくは新しく開都護衛隊というものを作っている。このオーレムをはじめ、隣接する都市を含めた郡に、新しい軍隊を配備しようという計画だ。ところがこれに反対する太守が何人かいてね」
「なるほど……」
「そういう彼らが犯罪組織の手にかかって死んだりすることは…とても嘆かわしいことだが、やはりそういう事態を見据えて開都護衛隊が必要だろう――という話 になると思うのだ」
「フン」
カリヤは鼻で笑うと、バルギラの意を察した。
「いいぜ。そいつらは近々、不幸が訪れるだろうよ」




