6 海龍王マルヴラシアン
「戻れないって、それは……秘密を知った者は戻すことはできない――みたいな意味ですか?」
僕はマルヴラシアンに訊ねた。
マルヴラシアンは巨大な頭を持ち上げると、僕らを見下ろした。
「なに、ワシに秘密なぞない。ただ、お主らの帰る道がない、というだけの事じゃ」
「道がないとは?」
僕の問いに、マルヴラシアンが応える。
「お前たちは水流に乗って落ちてきたのであろう。恐らく41階層辺りの水流に落ちたのじゃろうが、そこからさらに44階層にある滝を落ちて48階層までたどり着いたはずじゃ。44階層から48階層には、普通のヒト族が歩けるような道はない」
僕は息を呑んだ。が、少し考えて言った。
「僕らは宙を浮くことができます。滝を逆に登って、水流をたどっていけば戻れるかもしれません」
「ふむ……。しかし44階層から41階層には、水流の通り道はあるがヒトのみちはないぞ。そしてお前たちが落ちたワープホールは、34階層までの竪穴じゃが、そこに巣食うモンスターどもは強力じゃ。お前たち二人で、40階層から下に住むようなモンスターを相手に、竪穴を登る力があるかの?」
……ない。と、思った。
僕は歯噛みした。
「クオン……」
キャルが不安げな顔で、僕を見る。
駄目だ。ここで諦めちゃ駄目だ。僕は絶対に、キャルを連れて帰る。
「――掘り進みます」
僕は考えた挙句、そう口にした。
「道がないなら、道を造りながら進みます。新しい道なら、モンスターも出ない。何日かかるか判らないけど――僕たちは帰ります」
僕の言葉に、マルヴラシアンは笑った。
「フォッフォッフォッ! 愉快な子供じゃのう。掘り進むとな? この迷宮の岩盤を? ここらの迷宮の岩石は、特に硬い材質のものじゃ。お前一人の力では、一日かけても、ほんの僅かしか掘ることはできまい」
「そんな事はないと思います」
僕はそう言うと、傍にある岩壁に向かっていった。
鉄鞭スコップを取り出す。
岩壁に手を触れて、軟化!
その軟化した部分を、スコップでくり抜く。
あっという間に、人が入れるほどの穴があいた。
「なんと! お主のその力は――異能か!?」
「はい。物質の属性を変化させることができます。この力を使えば、堅い岩盤も掘り進んでいけると思います」
「ふ~む……」
マルヴラシアンは少し考えていたが、やがて口を開いた。
「もしお主が、ワシの背中のコリをとってくれたら、ワシもお前たちの帰還に協力してやるが、どうじゃ?」
「コリ?」
僕たちは、揃って首を傾げた。
「うむ。宙に浮けると言っておったな。まず、ワシの背中に自力で乗ってみい」
僕たちは頷くと、キャルにコートに乗ってもらい軽化した。それでキャルの力場魔法で宙に浮く。
「おお、本当だ! ヒトが宙に浮かんでいる!」
傍に控えていたアーケルドンが、驚きの声をあげた。
「少女よ、人を二人も浮かせるとは、見かけによらず強い魔力じゃな」
「ううん。クオンがわたしたちを羽みたいに軽くしてくれてるから、わたしの魔法で浮けるの」
「なんと! そこの小僧の力は、そんな事もできるのか!」
驚いてるマルヴラシアンをよそに、僕らはその背中に降り立った。
「そこの甲羅の中心部――溶岩がびっしりと貼りついておろう」
「あ……はい。固まってますね」
広大な亀の甲羅の中心部に、小山のように冷えた溶岩らしい岩が付着している。
「ちょっと居眠りしてる間に、海底火山が噴火してのう。それが背中に垂れたんじゃ。放っておいたら、すっかり固まってしまった」
溶岩を放っておくって――全然、熱とかきかないって事だよね。
やっぱり龍王って、戦うような相手じゃないんだ。
「その溶岩をとってくれたら、ワシの龍王晶が表面に出る。そしたら、お主らに少し協力できるがのう」
「この岩をとればいいんですね。やってみます」
僕は溶岩の小山を軟化すると、スコップでとっていった。
結構な量の岩石になったが、小一時間もすると溶岩は綺麗に無くなった。
その下から、緑色の畳ほどの大きさもある結晶が現れる。
「うむ。三百年ぶりくらいにコリがなくなった。かゆみもとれたし、実にいい心持じゃ。礼を言うぞ、小僧」
「あ、いえ、お役にたててよかったです」
背中を向いている巨大な亀の顔に、僕は笑ってみせた。
「ようし。では、お前たち、少しそこから離れておれ」
僕らは言われた通り、その結晶部分から離れた。
と、その結晶が緑色に輝き出す。
その外に洩れだした光の中に、影が浮かんでくる。
小さい影だ。緑の輝きがやむと、その影が背中に落ちた。
それは手のひらサイズの亀だった。
「わあ、可愛い!」
キャルが近寄って、抱き上げる。
「マー」
亀が鳴いた! 亀って鳴くのか?
いや、よく見るとただの亀じゃない。
手と足の間から、コウモリのものに近い羽が生えている。
それに小さい頭に、小さな角もある。
「ワシの分体じゃ。そやつを連れていくがよい。そやつがおれば、この迷宮の40階層から下にいるような上級モンスターは逆に近寄ってはこまい」
「分体って、どういうものですか?」
僕の言葉に、マルヴラシアンが答えた。
「まあ、ワシのせがれみたいなものじゃ。ワシが死んだら、そやつが龍王となる」
「「え~っっ!!!」」
僕らは二人して声をあげた。
ちょっと……それって龍王を飼う――いや、仲間にするってことだよね?
「え…と、あの――いいんですか?」
「構わぬ。ヒトの在り方に触れておくのも必要なことじゃ。ただし、大事に扱ってくれよ」
「それは、もちろんです!」
龍王をぞんざいに扱えるわけがない。
「背中のコリをとってくれた事と、分体の世話をまかす礼もしておこう」
そう言うと、再び緑の結晶が光り出した。
と、光の球が飛び出して来て、こっちに飛んでくる。
僕はそれをキャッチした。緑色の結晶だ。
「ワシの龍水晶じゃ。それを持っていれば、何処にいても呼吸ができる。範囲内にいる者にも、その加護を授けることができるぞ」
凄いアイテムだ!
「ありがとうございます! 海龍王マルヴラシアン!」
「うむ。久しぶりにヒト族と触れあえて面白かったのう。しかし気を付けるがよいぞ。ワシはヒトが好きな龍王じゃが、龍王の中にはヒト嫌いもおる。もし他の龍王と関わることがあっても、ワシのように話ができるなどと思うなよ」
そんな機会がそうそう来るとも思えないけど――
「ご注意、ありがとうございました!」
海龍王マルヴアシアンは、満足そうに頷いた。
アーケルドンの案内で、僕らは滝つぼの傍までまた戻ってきた。
「案内、ありがとうございます、アーケルドンさん」
「私に敬称づけか。面白いヒト族だな、お前たちは」
威厳のある顔つきのアーケルドンが、笑った――ように見えた。
「気を付けて行くがいい」
僕は頷くと、キャルに背中に乗ってもらう。
と、キャルが背中から、僕の耳元に囁いた。
「ね、クオン――飛んでみてもいい?」
僕は少し驚いて、キャルの顔を見た。




