5 巨大な亀
横になって、僕は同じ様に横になるキャルを見た。
「キャル……よかった…」
「また…クオンが助けてくれたの?」
僕は微笑った。
「ありがとう、クオン…」
キャルが片手を伸ばして、僕の手を握る。
僕は冷えきったキャルの手を感じていた。
ふと、想い出した。
――僕、そう言えば、キャルに人工呼吸したよね?
あれって…キ…いやいや、蘇生法だから! これっぽっちも、いやらしい気持ちとかなかったし! そんな場合じゃなかったし!
……けど、やっぱりキャルには言った方がいいよね。
ちゃんと言っとかないと――勝手にそんな事してゴメンって。
いや、だけど凄い怒ったり、口きいてくれなくなったら、どうしよう?
黙ってれば判らないし、いらない事言わない方がいいのか――
そんな事を考えてると、ズサリ、という土を踏む音がした。
僕を見てるキャルの眼が、驚愕に開かれる。
え? 僕の後ろ? 僕は寝たまま、振り返った。
そこにいたのは――巨大な亀だった。
大きい。トラックくらいの大きさはある。
「モ…モンスター……」
身体を起こす。戦う態勢を取らないと――
けど、ダメージで身体が思うように動かない。疲労も限界だ。
「く……キャル――」
僕はキャルの上に覆いかぶさった。
これでコートシールドを硬化する。せめて、キャルだけでも守らないと。
「――龍王の加護を持ちし者よ」
声がした。
まさか? モンスターが喋った?
僕はコートから顔を上げて、亀を見上げた。
「龍王の加護を持ちし者って――キャルのこと?」
僕は傍のキャルを見る。
キャルも驚いた顔で、亀を見上げていた。
「わたし……」
キャルが口を開いて、何か言いかける。
だが、僕はもう限界だった。
意識がぼんやりしてきて……僕はそのまま気を失った。
*
眼が覚めると、僕を覗き込んでるキャルの顔が目に入った。
「キャル……?」
「クオン、よかった……このまま起きなかったら、どうしようかと思った…」
泣きそうな顔で、キャルが声を洩らす。
僕は笑ってみせた。
「大丈夫だよ、キャル」
と、言いながらも身体を起こそうとすると、ひどく重い。いや、重化してはいないけど。
「――お願い、クオンも回復してあげて」
キャルが後ろを振り返って、誰かに頼む。その相手は――
予想にたがわず、あの巨大亀だった。
「それは龍王の加護を受けた者ではない。私の範囲外だ」
「クオンがいなかったら、わたしは助からなかったの。お願い!」
キャルが目つぶって頭を下げる。
「……仕方ない。加護を受けた者を救った者、として特別な処置だ。しかし、龍王様がどういう判断をされるかは、私にも判らないからな」
亀の甲羅からはフジツボみたいな突起が四本突き出ている。その突起から肌色の柔らかそうな触手が出てくると、僕の身体に接近してきた。
触手の先端が光ると、僕の傷が癒えていく。――体力も次第に回復していくようだった。
「……あ、ありがとうございます。え…と、なんとお呼びしたら?」
「私の名はアーケルドン。海龍王マルヴラシアンの眷属にして一の部下なり」
アーケルドンさんね。亀なんだけど渋い声だし、妙に威厳のある顔つきだ。
と、思ってると、触手が僕の身体を巻き取る。
「え、え?」
同様にキャルの身体も巻き取って、宙に浮かぶ。そのままアーケルドンは、背中に僕らを乗せた。
「お前たちをマルヴラシアン様のもとへ連れていく。おとなしくすることだ」
ここで逃げ出そうとしたり、暴れたりしても――全然、うまくいく自信がない。
このアーケルドンという人――いや、亀は僕らよりはるかに高い能力を持ってる。
アーケルドンが洞穴の中を進んでいき、やがてある一角に到達した。
視線の先には、真っ暗になって先が見えない巨大な洞穴がある。
「マルヴラシアン様、48階層に落ちていた侵入者です。どうやら、新しいワープホールを作った者たちと関係すると思われます」
「そうか。しかし、そのまま追い返せばよかったではないか? 何ゆえ、此処まで連れてきた」
少し高めの年寄りっぽい声がする。だが、陰になっていて、その声の主が見えない。
アーケルドンがそこで、一言添えた。
「この者のうち一人から、龍王の加護の気配がしたものですから」
「なに? それは真か」
暗闇の奥から、何かが近づいてくる気配がする。
それは陰から、姿を現した。
――超巨大な亀の顔だ!
家くらいもある亀の顔だ。カミツキガメみたいに、口の先が尖った形をしており、顎鬚のように白い毛が垂れ下がっていた。しかし亀と大きく異なる点がある。
その額には、一本の長い角が生えていた。角、というより刀のように平らで尖った角だ。その角を持つ亀が、口を開いた。
「ふむ……女の方が、加護持ち――キグノスフィアから譲られたものじゃな?」
不意にアーケルドンが、触手を使って僕らを背から降ろす。
家ほどもある巨大な亀の顔が接近してきて、僕らに言った。
キャルが口を開く。
「わたしのご先祖様が……氷龍王キグノスフィア様から、加護の龍水晶をいただいた、と聞いてます」
「ふむ――あやつは魔龍大戦時は中立。ヒト族に対する思い入れはなかったと記憶しているが……その後に、何かあやつの心を動かす出来事があったのじゃろう。あの氷の女の心を動かすとは、よほどの事に違いないぞ」
マルヴラシアンは興味深そうに、キャルを眺めた。
「身体の中に龍水晶を入れておるのか? それはヒト族にとっては、危険で負担のある方法であろうに」
「村の掟で――代々、依代が選ばれるのです。けど……その村も滅んでしまった…」
キャルはそう言うと、悲し気にうつむいた。
マルヴラシアンは神妙な目つきでキャルを見ていたが、不意に首を引っ込め始めた。
「こちらへ入ってくるがよい。娘御と、その仲間よ」
僕らは首についていって、洞穴のさらに奥へと歩いて行った。
と、開けた巨大洞穴に出る。そこで僕らは、海龍王マルヴラシアンの全体像を見た。
――いや、厳密に言うと、巨大すぎて全部は視界に入らなかった。
驚いたのは、僕らがついていったのは、三本ある首の一つでしかなかったことだ。
その後方には体育館ほどもある巨大な甲羅を背負った身体がある。
そこから三本の首が伸びているのだが、ヒゲと角があるのは真ん中の頭だけだ。あれが一番、本体なのだろう。
僕らはあまりの威容に、息を呑むしかなかった。
「フム……して、お前たちは此処に何用で来た?」
マルヴラシアンの言葉に、キャルが応える。
「わたしたちはサンダーチーターを負って34階層まで来て、そこで敵の襲撃に合ったら――」
「敵の攻撃でダンジョンが崩れたんです。そしたら長い穴に落ちた後に水流に巻き込まれて、此処まで流されてきました」
キャルは途中で記憶がない。だから言葉を僕が引き継いだ。
「そうか。しかしヒトの子たちよ……可哀そうじゃが、お前たちは戻れぬな」
マルヴラシアンの言葉に、僕たちは息を呑んだ。




