5 女子同士の恋愛話
「アタクシに……30階層より下まで案内させたい…と?」
「マリーなら、信頼できるし頼りにできる。――そう、思ったんだ」
僕は言った。
マリーは驚きの顔のまま、口を開く。
「ど、どうしてそんな事が言えるの? アタクシはただの、金で雇われてるだけの案内人よ」
「白熊が出てきた時、マリーは僕らより早く気付いて外に出ていた。そのまま逃げることもできたはずだ。けど…マリーは僕らと一緒に戦ってくれた。そして僕を治癒してくれた――信頼しないわけないじゃないか」
僕が笑って見せると、マリーが驚いた顔を見せる。
と、その瞳に涙が溢れ出した。
「……誰かに信頼したもらったのなんて――本当に久しぶり……。こんなに嬉しいことだったのね。判ったわ、クオンちゃん。アナタたちが行きたい処までついていってあげる。けど――」
「けど?」
「無理だ、危ない――と思った時は、すぐにそう言うわ。その時は、アナタたちが引き下がらなくても、アタクシは帰る。それでいいかしら?」
マリーの真剣な顔に、僕は頷いた。
「もちろんだよ。むしろ、その危険水域を見極めてほしいから、マリーにお願いしたいんだ。…よろしく頼むよ」
「クオンちゃんに、そう言われちゃ断れないわね」
マリーはそう言うと、うつむいて頬を赤らめた。
と、エリナが口を開く。
「出たぞ、クオンくんの人たらしが」
「あぁ……なるほど――」
なるほどじゃない、カサンドラ! と、キャルが抗議するかのような眼でこっちを見ている。え? 何? なんかいけなかった?
こ、これはなんか――話題を変えよう。そうだ、そうしよう!
「と、ところで――マリーは、バーナードさんのこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
マリーは不思議そうな顔をした。
「バーナードは……いい友達だけど?」
「あの…例えば――恋愛の対象ではない?」
マリーがちょっと眼を開いて、そして笑ってみせた。
「ああ、そういう事ね! アタクシとバーナードは…ちょっと好みというか、方向性が違うのよね~。アタクシもバーナードも、男が恋愛対象であって、同性愛者が対象じゃないというか――」
そう言いながら、マリーが途中で狼狽し始めた。
「――と、思ってたんだけど……」
「もしかして、バーナードの事は聞いてない?」
エリナがマリーに訊いてみる。
マリーは少し顔を赤らめて頷く。
「じゃあ、本当の気持ちは判らないの?」
キャルの声に、マリーははっとなって顔を上げた。
そして慌てたように、両掌を見せて振ってみせる。
「そ、そんなこと、しなくたって……あ、アタクシは――」
狼狽するマリーを見て、不意にカサンドラが、ぐっと握り拳を握った。
「そうか! これが噂に聞く――女子同士の恋愛話か!」
まあ……一人は、心がオトメの人だけど。
そして、この場にいる僕はなんなんだ?
「そんな事はもういいわ! 少し休んだら、出発よ!」
マリーの上げた声に、僕らは思わず笑みが漏れた。
*
そうして僕らは出発して、25階層からさらに下へと潜っていった。
マリーが注意した通り、出てくるモンスターは格段に強くなっていた。
が、僕らはそれを撃退してさらに降りる。
30階層まで着いた時、マリーがふと口を開いた。
「おかしいわね……出てくるモンスターが、みんなその階層に合ってない」
「どういうこと?」
「明らかに、本来、その階層に出てくるはずじゃないモンスターが出てきてるの。これは、どういう事かしら?」
そこでカサンドラが口を開いた。
「恐らくだが……我々が追っているサンダーチーターの影響ではないのか?」
「サンダーチーター? ああ、そういう事ね。サンダーチーターにその階層を追われたモンスターが、上の階層に上がってくる。そしたら、そのモンスターに追われたモンスターが、またさらに上の階層に上がってくる。――考えられることね」
「という事は、その不適合が止む階層が、サンダーチーターのいる階層という事か」
エリナが眼鏡の奥の眼を光らせた。
僕らが31階層まで降りた時、異変が起きた。
僕らが行こうとした視線の先に、岩壁にもたれてうずくまるパーティーがいたのだ。
「大丈夫ですか? どうしたんですか?」
僕は歩み寄って、目つきのキツい剣士に声をかけた。
剣士は頬に傷があり、口から血を流した痕もあった。
「平気だ。誰も致命傷はない」
「治癒とか回復役とか必要ですか?」
僕がそう言うと、剣士は驚いた顔をした。
「何を言ってる? それは自分のパーティーのために用意したものだろ。そのために自分のパーティーが命を落とすハメになったらどうする?」
……正論だった。僕は何も言い返せず、ただ剣士を見つめた。
と、剣士が苦笑した。
「新人に近いパーティーだな、よくこの階層まで来たな。だが、この先は優しさや甘さが捨てろ。自分たちが生還する事が最優先だ。俺たちは負傷はしているが、命に別状はない。少し休んだら、帰還する。心配するな」
「そ……そうですか」
僕は頷いて、礼をした。踵を返して、その場を去ることにする。
その背中から、剣士の声が聞こえてきた。
「サンダーチーターを狙ってるなら、注意することだ! 奴の速さは並大抵じゃなく、傍をすれちがっただけっで電撃を食らう。奴は腹が減って襲ってくるというより――この迷宮から逃げ出したいようだ」
僕は振り返った。
剣士と、その仲間たちが苦笑いを浮かべている。
「教えていただき、ありがとうございました!」
僕は頭を下げた。
少し歩くと、マリーが口を開く。
「あの剣士、顔はキツめだったけど、いい事を教えてくれたわね」
「そうですね。やっぱり、サンダーチーターも、住み慣れた場所に帰りたいんだ」
マリーは、ふっと笑みを洩らした。
「それもあるけど、冒険者として重要な事を教えてくれたって事よ。冒険者は皆、危険を覚悟でダンジョンに入る。だから、どんな結果でも、それはパーティー自身が引き受けるべきことなの。半端な同情や優しさは、自分たちの首を絞める結果になりかねないわ。人を見捨てるようで辛いかもしれないけど、まず自分たちの事を最優先にしなさい」
僕はそう言ったマリーに、頷いてみせた。
「判ったよ、マリー」
そして、そこから異変が続いた。
負傷者がいやに多いのだ。
岩壁に寄りかかってうずくまるパーティー。そんなパーティーの横を、何回か通り過ぎる。
座り込む冒険者たちは、口惜しそうに歩いて行く僕らを見ていた。
「これ、みんなサンダーチーターにやられた人たちなんでしょうか?」
「訊いてみようか」
エリナがそう言うと、不意に座り込んでいるパーティーの女魔導士に近寄って声をあげた。
「ねえ、ちょっとお訊ねしますけど、それはサンダーチーターにやられた痕?」
女魔導士と、その仲間がギョッとした顔でエリナを見る。
と、すぐにそれは睨みに変わった。
「なに、アンタ! あたしたちの事を馬鹿にしようってのかい!」
「いえいえ。もし、何階層の何処で出会ったか教えてもらったら、一つ治癒術をサービス……なんて、考えてたんですけど。まあ――邪魔ですよねえ。それじゃあ、お騒がせしました!」
そう言って立ち去ろうとするエリナに、女魔導士が声をあげる。
「ちょっと! ――あんた、治癒士なの?」
「本業は霊術士? だけど、一応、治癒術もできるんで」
エリナがそう言って、軽く微笑む。躊躇してた女魔導士が、口を開いた。
「……頼むよ。うちのリーダーが一番ダメージがひどいんだ」




