4 マリーの過去
ダメだ……手足が、全身が凍りついていく。
硬化を解いて動きたいが、硬化を解いたら恐らくとんでもない凍傷になる。
そんな一瞬の逡巡の間に、僕の手足は完全に凍結した。
「クオン!」
キャルが僕の前に出てきて魔導障壁を張る。
「キャル、防御を頼む! クオンは私が解凍する」
「お願い!」
カサンドラの声に、キャルが応える。
横に来たカサンドラの全身から、炎が上がる。
そして炎を見にまとったまま、カサンドラは僕を抱きしめた。
「クオン、少し耐えてくれ」
カサンドラの炎で、凍りついた身体が溶けていく。
白熊が咆哮し、長い爪で魔導障壁を攻撃した。
信じられない威力で、魔道障壁に穴が空き、長い爪が侵入してくる。それはキャルの身体、寸前まで伸びていた。
「キャルちゃん、援護する!」
エリナが手裏剣を飛ばし、白熊の眼を狙う。
しかし飛んできた手裏剣を、白熊は手で打ち払い、牙を当てて防御した。
「なんて反応力だ! しかも、当たっても弾かれてる――マリー、どうしたんだ!?」
エリナが呆然としているマリーに声をあげた。
マリーはその声も届いてないように、驚愕の顔で白熊を凝視している。
「何故……なんでコイツがこの階層に来るの? どうしてなの――」
「マリー! しっかりしてくれ! こいつの攻略法とかないのか!?」
エリナの再度の大声に、マリーが我に返った。
「あ! ブリザード・ポーラーは、体毛が凍っていて体表がとても硬い。普通の物理攻撃で傷つけるのは難しいの! 火炎魔法で表面を溶かしてから、物理攻撃をするべきよ!」
「ありがとう、マリー! ――カサンドラ、クオンくんの様子はどうだ?」
エリナの声に、僕を抱きしめているカサンドラが応える。
「もうすぐ解凍できる。しかし凍結と火炎のダメージは残るだろう」
「カサンドラ、キャルちゃんと一緒に火炎で攻撃してくれ。 その間、気を逸らすのと防御は引き受ける。マリーはクオンくんの回復をお願いできるか!?」
「承知!」
「判ったわ、任せて!」
カサンドラが僕から離れる。と、僕は全身のダメージにふらついた。
それをやってきたマリーが支える。
今度は僕がマリーにお姫様抱っこされて、後方へと下がる。
「クオンちゃん、待ってて。すぐ回復する」
マリーは僕を寝かすと、治癒術を施し始めた。
前方では距離をとりつつ、エリナが手裏剣を白熊の顔の周囲をブンブンと飛ばす。
それを鬱陶しがる白熊が、手裏剣を追い回すように手を振る。
と、斜めから一斉に、カサンドラとキャルの火炎魔法が火を噴いた。
「巨大火炎波!」
「爆裂砲閃花!」
二人の火炎に包まれて、白熊が凄まじい咆哮をあげた。
僕はその時、自分が回復したと感じた。
「行きます! ――二人とも、僕が攻撃する!」
「「判った!」」
僕は瞬時に棒剣を手にし、バネ脚ダッシュで洞穴の壁へと跳んだ。
岩壁を蹴り、さらに天井へ。
そして最高部の岩壁を蹴ると、僕は斜め下にいる白熊に向かってバネ脚で岩壁を蹴って突進した。
「重化斬り!」
僕が白熊に到着する一瞬前に、二人の火炎魔法が止む。
が、白熊は僕に気付いて長い爪で迎撃する気配を見せた。
しかしその時、飛んできた手裏剣が白熊の片目に刺さる。
その激痛に白熊が咆哮をあげた。
みんなが――その機会をつくってくれた!
僕は最大重化で棒剣を振り切った。
白熊の首がボン、と飛ぶ。
着地した僕の足元に、白熊の首がボトリと落ちた。
首が無くなった白熊の巨体が――ゆっくりと倒れこんだ。
「ふぅ……」
僕はようやく、安堵の息をついた。
そこでカサンドラとエリナの声が上がった。
「やった!」
「やったな! クオンくん」
僕の元に、キャルが駆け寄ってくる。
「クオン、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ、キャル。守ってくれて、ありがとう。あそこでキャルが守ってくれなかったら――多分、ダメだったよ」
キャルがようやく安堵したように、微笑みを浮かべた。
「よかった……クオンが無事で…」
僕がキャルを守るつもりなのに――
守られてしまった。うん……これが今の僕だ。仕方ない。
「僕、本当に電撃とか吹雪とかに弱すぎるよね」
我ながら苦笑した。
能なしである以上、防御策がないのだから仕方ない。
これもだけど、ちょっと考えないとな――
と、マリーが突然、膝から崩れ落ちて両手で顔を覆った。
肩を震わせて、泣いている。
「……どうしたんだい、マリー?」
エリナが声をかけた。
「アナタたちが死ななくて……ホントによかった――」
「うん、確かによかったが――何か、特別な想いでもあるのだろう?」
エリナがマリーに近づくと、肩にそっと触れた。
僕らは冷え切った身体を温めるため焚火を起こし、円になって座った。
温かいものを呑んで、身体を温める。
「――ブリザード・ポーラーは、アタクシがいたパーティーが33階層で遭遇し、全滅させられたBランクモンスターなの……」
マリーがそう、話し始めた。
「アタクシたちはまだ、ブリザード・ポーラーの弱点や対策法も知らず、無我夢中で戦った。けど……回復役のアタクシが凍結されるとパーティーは負傷を回復できなくなり、次第に爪と牙でやられて――皆が餌食になった」
マリーの言葉に、僕らはただ真剣に耳を傾けていた。
「凍結してるアタクシの前で、4人の仲間が殺され、内臓を喰われてた。アタクシは身動きもできず、眼を逸らすこともできずに――それを見るしかなかった。けど、最後はアタクシも皆と同じように喰われるんだ…そう思っていたのに…ブリーザードポーラーはもう満足したらしく、凍ったアタクシを放置してその場から去っていった」
マリーはそこで、大きなため息をついた。
「二日経って、偶然、通りかかったパーティーに助けられたの。それがバーナードのパーティーだった。けどその後、アタクシの性的違和感を揶揄する仲間にバーナードが怒り、流れでバーナードは自分が同性愛者だと告白してしまった。……バーナードのパーティーが解散したと聞いたのは、それから少し経ってから。アタクシを助けたばかりに、バーナードには迷惑をかけたの」
マリーはそう言って、苦い笑みを浮かべた。
「もう……誰か仲間をつくるなんてできないし、かと言って冒険者以外の事ができるわけでもない。だからアタクシは、案内人になったの。少しでも、冒険者の安全性を高めることができれば――そう思って始めた事だった」
「30階層まで、としてるのは、その事件があったからなんだね?」
僕の問いに、マリーは頷いた。そして、上を向いて深呼吸をする。
「ブリザードポーラーと遭遇して、戦う自信はなかったから……。けど、アナタたちは勇敢に戦ってくれた。アナタたちのおかげで、アタクシはあのモンスターの前で、臆することなく戦うことができた。……ありがとう」
「そんな。マリーのアドバイスのおかげで、あの白熊を倒せたんだよ」
僕の言葉に、みんなが頷いた。
マリーがそれを見て、涙ぐみながら微笑む。
「ありがとう。そう言ってもらえると、案内人をしていた事が無駄じゃなかったって思えるわ。アナタたちが死ななくて……本当によかった」
「マリー、無理を承知でお願いしてみるけど――この先、30階層から何処まで下に行けるか判らないけど……それからも、僕らをガイドしてもらえないだろうか?」
僕は、マリーの眼をじっと見つめた。
マリーの眼が、微かに驚きに開かれた。




