3 エリナとの対話
僕は少しだけ振りむいて、歩いてきたエリナを見た。
「エリナさんも……寝つけなかったんですか?」
「そんなところかな」
そう言うとエリナは僕の斜めに腰を下ろす。
焚火の炎が、眼鏡をかけてないエリナの顔をオレンジ色に浮かばせていた。
焚火がたてる音以外、何も聞こえない。
少しの間、二人で燃える焚火を見ていた。
「少し…話していいですか?」
「うん」
僕はエリナの方を向かず、焚火を見つめたまま口を開いた。
「……ギュゲス・ネイを殺したのは…エリナさんですか?」
僕の問いに、エリナがふっと息を洩らす。
「やっぱり…気にしてたのか」
「…どうなんです?」
僕は、エリナに視線を向けた。
エリナは、軽く微笑んでいる。
「私だ」
そう――なのか。
「――と、言いたいところだが…多分、違うだろう」
「どういう事ですか?」
その曖昧な答えに、僕は戸惑った。
エリナが微笑んだまま、焚火の方に視線を移す。
「動乱のどさくさであいつに近づいて、手裏剣を顔面に叩きこんでやった。ついでに身体も切り刻んでやった。――が、とどめを刺すことはできなかった。あの傷なら、私たちが元いた世界では相当の重傷だ。両目も潰れて、視力も戻らないくらいの損傷だった。が、この世界では治癒士にかかれば回復するだろう。…それくらいの手傷だった」
僕は、静かに微笑むエリナの横顔を見ていた。
「助けられる傷だったのに、ギュゲスは死んだって事ですよね?」
「傍には――カリヤがいた」
僕は、エリナの言葉に息を呑んだ。
「恐らく、カリヤが治癒士を呼ばなかったんだろう。というより……多分、とどめをさしたのはカリヤだ。――ちょっと残念だがな」
エリナは苦笑する。
僕は、気にかかっていた事を、口にした。
「……エリナさん、なんだか攻撃的になってませんか? さっきも、わざわざ喧嘩を売るような行動に出たし。エリナさんが強くなったのは認めますけど」
「そうだな。確かにそうかもしれない。腕力だったら叶わない男相手に、私は対等以上に戦える。――そう思えるようになった」
エリナはそう言うと、真面目な顔をして僕を見つめた。
「けど、自信があったのは、ほんの一瞬だった。今はむしろ不安が募るばかりだ。あの――ネラという少女の驚異的な霊力を見てからは」
僕は、エリナの眼を見返して――何も言えなかった。
エリナはふっと笑みを洩らした。
「それに……私は結局、ギュゲスにとどめはさせなかった。少し喉笛を裂いてやればよかっただけなのに――無意識にそれを避けてた。君にはカリヤを殺してもいい、とか言ってたのにな。けど、今はクオンくんの気持ちが判るよ。人を殺すというのは――相当に心理的負担のある行為だ」
エリナは焚火に目を移すと、考えるように言葉を続けていった。
「……不思議なものだな、人間の心というのは。戦争に行かされて人を殺し、心を病んで帰ってきた人が沢山いる。それとは別に、平和な社会に住んでるのにわざわざ殺人を犯し、まったく痛むところがないような奴もいる……。この違いは、なんだというんだ?」
「人を傷つけて平気な奴もいれば――そうじゃない人もいる。…そうですよね」
僕の言葉に、エリナは頷いた。
「人を殺しても平気な奴や、死に直面してもなんとも思わない奴のほうが……ラクに生きられるんじゃないか? その方が適応力が高い生き方なんじゃないか――と、思うことがある」
「僕は……そうは思いませんけど」
僕は、やんわりとそう告げる。
エリナは僕の言葉を聞いてか聞かずか――言葉を続けた。
「たまに眠れない時があるんだ。ギュゲスのせいで、同時期に転生した人が巨大ワニに生きたまま喰われて死んだ。あの時の絶望の顔が――目に焼き付いて離れない」
エリナは、恐ろしく真面目な顔で、焚火の炎を見つめていた。
「裁判所でギュゲスを見た時、お腹の底から怒りが沸いてきて――殺してやろうと思ったんだ。この苦しみを生んだあいつを、許しておけないと思った。そして機会を狙っていた。……けど、いざ実行に移した時、私はみんなの仇をとることができなかった」
「それで、よかったと思いますよ」
僕は言った。エリナが、僕を見て微笑む。
「まあ、君ならそう言うだろうと思った。けど、君が許してくれても……みんなが許してくれるかどうかは判らない」
「僕は――エリナさんを許すような立場じゃありませんから」
僕はエリナに言った。
「僕はただ……エリナさんに、力に溺れて欲しくないだけです」
「力に溺れる?」
僕は頷いた。
「力に溺れてしまうと、その力に呑まれてしまう。人の話を聞いたり、その気持ちを考えるより――人に自分の言う事をきかせた方が早いと思うようになる。けどそれじゃあ……幸せになれないと思うんです。たとえ何もかも自分の思い通りになったとしても――それは幸せとは違う、って思うんです」
エリナは少し眼を開いて僕の言葉を聞いていた。
不意にエリナは、上を向いた。
「なあ、クオンくん。私たちは元いた世界から随分と遠い世界まで来てしまった……。こんな私たちが、幸せになれるのかな?」
「そうなりたいと――いや、そうなって欲しい人たちが、僕にはいます」
キャルに……幸せになってほしい。
無論、エリナも、カサンドラも。
「傷ついても、きっと幸せになれる――そう思って、僕は頑張ります」
「君は……」
エリナが微笑んだ。とても綺麗だった。
「やっぱり、君は私の羅針盤だよ、クオンくん。私は少し――焦ってたのかもしれないな」
「僕だって、エリナさんを、いつも頼りにしてますよ」
僕もエリナに笑い返した。
と、エリナがいつもの明るい表情に変わる。
「さて、君もいい加減、寝た方がいいぞ。明日も戦いの日々だ」
「そうですね」
そんな風に言って、僕らはそれぞれ眠りについた。
*
多分、深夜。僕はけたたましい警戒音で目覚めた。
「敵だ!」
僕は跳び起きて、テントを出る。
周りを見ると、洞穴の入り口に巨大な影が立っていた。
巨大すぎて、頭が洞穴の天井に隠れている。少なくとも、体高が5mはある、白い毛むくじゃらの化物だ。
「なんだ、一体!」
テントからカサンドラたちが出てこようとする――と、その巨大な影が咆哮をあげた。
洞穴の中に共鳴し、耳が割れそうだ。
が、その耳を塞ぐ前に、影が前かがみになってその顔を覗かせた。
白熊だ。ただし、上向きに生えた牙が、大きく聳えている形状の。
その異様を確認した瞬間、巨大白熊が大きく口を開けた。
「ブリザードよ! 防御して!」
既に外に出ていたマリーの声がする。
白熊が大きく息を吐きだした。
それは吹雪ともいえる氷冷の風だった。
まずい。コートも着てない。盾も持ってない。
このままだと、凍りづけだ。
僕はとっさに、傍にあったソロテントを手にして盾代わりにした。
「硬化!」
盾の代わりにはなった。が、冷風は盾の周囲からも吹きこみ、僕の手足を凍らせる。寒い。手足が寒さで痛い。
そして僕は――完全に凍結した。




