2 ダンジョン野営
僕がバーナードの色気にアテられてる間に、マリーが口を開く。
「そう。原民主義者は男が一番偉くて、女はそれに従うのが理想の社会――って考えてる。だからアタクシたちみたいのは、『異民』に括られてるのよ」
「だからオレも原民主義はちょっとね……まあ、客商売なんで、来る者は拒みませんけど。そこを拒んだら、それこそこっちが差別になっちまう」
そう言うと、バーナードは軽く微笑んだ。
と、エリナが口を開く。
「素敵だな、バーナード! いい店だよ、ここは。こんな地下深くにあって、まるでオアシスだ」
「うん……お茶も美味しかった」
キャルも微笑む。
「また、来ます」と告げて、僕たちはバーナードの店を後にした。
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「ボス、ブランケッツがダンジョンに潜ったと連絡がありました」
デカい机に座るカリヤにそう告げたのは、ジェットだった。
この数日で、青臭い子供の影が無くなり、顔には凶悪な人相が浮かび上がっている。ヒモグラの因子の移植手術を受けたせいもあった。
「根回しの方はどうなってる?」
「各班のリーダーに金を渡して、遊び場で不満をぶちまけさせてます。周囲の冒険者から、同調の声が上がったという処もあるようです」
「フン、こんな工作みたいな事は退屈だと思ってるだろう?」
カリヤはそう言うと、ジェットを見た。
「いえ。ボスの命令なら従います。それが必要な事だろうし、後々、意味を持つと思うんで」
ジェットの言葉に、カリヤは満足げな笑みを浮かべた。
ただし、その笑みは黒マスクの中に隠れてジェットには見えない。
「この前のザガルダ一家殲滅の際の、ヒモグラたちの動きはよかった。お前が指揮してたんだったな?」
「はい。仲間うちに通じるサインを覚えさせ、戦闘中に必要に応じてそれを出しました」
「お前、頭のいい奴だな。どうしてはぐれ者の組織に入った?」
カリヤはジェットに訊ねる。ジェットは答えた。
「金がなくて、学校に行けませんでした」
「職人とか、そういう道もあったんじゃないのか?」
「頭ごなしに命令されたり、実力もない奴に先輩風吹かされるのが嫌で、大概、喧嘩になってました。そのうち、行く所がなくなったんです」
「なるほどな」
カリヤは笑った。
「ジェット、お前、次の作戦の指揮をとってみるか?」
カリヤの言葉に、ジェットはさすがに驚きの顔をみせた。
「オレが? ――幹部の方々がいるんじゃないんですか?」
「あいつらは能力は高いが、その分、からめ手がヘタクソだ。要は、頭が回らねえ奴らが多い。幹部たちを使ってもいい。お前が指揮をとってみろ」
カリヤの言葉に、ジェットは顔を引き締めた。
「それで……作戦の内容は?」
「猫耳の拉致だ」
カリヤは告げた。
「他の連中は殺してもいい。――殺せたら、だがな。目的は白い猫耳女を生きたまま攫うこと。ただし、お前も見ただろうが、あの猫耳が潜在能力を発揮したら、あのネラと対張るほどの魔力を出しやがる。ああなると、こっちも手がつけられねえ。何人使っても、幾ら使っても構わん。その辺のところをうまく考えて、さらって来い。…できるか?」
「判りました、ボス」
ジェットは刺すような目つきで、そう返事をした。
○ 〇 ○ 〇 ○ 〇 ○ 〇
「此処からは、モンスターたちも手強いわよ」というマリーの言葉通り、26階層から下のモンスターは強敵だった。
26階層で出たジャイアント・フロッグ――要は10mサイズの超巨大ガエルだが、それが三体同時に出てきたのには参った。身体がヌメヌメして斬りにくい上に、舌を伸ばして捕らえに来る。
結局、カサンドラとキャルが焼きガエルにした。もちろん、食べてはいない。
さらに27階層では、浮遊クラゲの群れが現れた。
これは5mサイズのクラゲだが、空中とフワフワ漂っている。その飾りみたいな長く伸びた触手を広げて捕らえに来るところを、棒剣で斬ろうとした。
が、その触手は切れずに僕に巻き付き、放電されてしまう。
僕はそれで感電し、意識を失ってしまった。
気づくとマリーに回復されていたが、マリー治癒術もできる霊術士だったのだ。
そして皆も、この浮遊クラゲに苦戦していた。炎も電撃もきかず、触手は柔らかすぎて斬りずらい。カサンドラの剣も、触手をかいくぐって身体を斬るが、柔らかい胴体を斬っても、ほとんどダメージがなさそうだった。
そこで、頭部の核を潰すことだけが、クラゲを倒せるとマリーが教えてくれる。
僕はその辺にあった巨大な岩を軽化で持ち上げて、ジャンプし、落とす際に重化して一匹ずつ潰していった。空中にいる間の僕の防御は皆に頼んで、なんとかクラゲの群れを撃退できた。
「……ちょっと、疲れましたね」
さすがにダメージもまだ残ってた僕は、そう本音を洩らした。
マリーが頷く。
「実はもう夜に入る時刻よ。明るさが変わらないから判らなかったでしょうけど。この辺で安全そうな場所を探して、野営した方がいいと思うわ」
「そうだな、そうしよう」
エリナが同意して、僕らは浅くて広い洞穴の中に野営することにした。
此処は暗く、夜の雰囲気が出るので寝やすいだろうと思ったのだ。
ラモンの店で買ったテントを張る間、カサンドラとエリナが料理の準備を始める。
僕はキャルと協力して、テントを張った。
「あれ? もう一つ張るの?」
一つ、大き目のテントを張った後で、ソロキャンプ用の小さいテントを僕一人で張ろうとした時、キャルが僕に訊いてきた。
「そうだよ。こっちは僕用」
「……クオン、一緒に寝ないの?」
「うん。そのつもり…だけど――」
僕がそう言ってる間に、キャルの顔が不機嫌な感じになる。
「い、いけなかったかな? 僕一人で贅沢しすぎかな」
「贅沢とかじゃなくて――もういい」
なんかキャルがそっぽを向いて、料理班の方に行ってしまう。
なんか、怒らせたっぽい。
「クオンくん、キャルちゃんががっかりしてるじゃないか」
そうエリナが、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
キャルがうつむいて後ろから、エリナの袖を引いた。
「私だって、がっかりだ。カサンドラもそうだろ?」
「いや……その…私は――」
カサンドラは、何故か赤くなってうつむく。
「いや、そうは言っても、女性用のプライベート空間が合った方がいいでしょう?」
「そういう処が、クオンくんだよな」
エリナがまた笑った。
僕は肩をすくめて、さらに野営の準備を続けることにする。
ラモン武具店で買った、野営アイテムをテントの周囲四隅に置いた。
「あら、いいものを用意したわね、感心、感心」
マリーがそれを見て声をあげた。
僕が置いたのは、魔導筒で自動感知する警報器だ。
置いた場所から扇型に、240度の範囲内に何かが接近すると警報を鳴らし、微弱だけど電撃を放つ魔導具だ。ファフニールの研究施設に侵入した際、これの大型のものに引っかかったから、同様の物があるだろうと思って探し見つけたのだ。
主人のラモンの話では、「これ自体は家屋に置いとくのが一派的で、あまり野営の時まで使う奴は少ない。なるべく荷物を少なくしたがるのが冒険者だからな」という事だ。
が、なにせ僕はカサンドラからもらった大型の収納珠があるので、荷物の量は気にしなかった。大事なのは、安全性。
夕飯が終わると、それぞれ就寝の準備に入る。
と、エリナが僕に声をかけた。
「なんだ、クオンくん。まだ寝ないのか?」
「あ、もう少し起きてます。なんか興奮したのかな、眠くならなくて」
「クオンちゃん。ちゃんと休まないとダメよ」
マリーが僕にそう言う。僕は、判りました、と笑って答えておいた。
しばらく一人で、燃える焚火を眺めていた。
皆が寝静まり、静かな夜がやってくる。僕はまだ――独りで起きている。
「――クオンくん、考え事かい?」
不意に背中から、エリナが声をかけてきた。




