第十九話 ダンジョン・バトル 1 エリナの新技!
いきり立った男が出てくる。エリナはそれに対し、笑みを浮かべていた。
「フッフッフ、では私の新しい技を披露するとしよう。蝙蝠隠れの術!」
そう声をあげたエリナは、なんか胸の前で指を立てて組んでいる。
と、その身体の周りに灰色の蝙蝠が群れになって現れた。
あれは――分霊体だ。そうか、エリナはファントムも使えるようになったんだ。
と、思っていると、その灰色コウモリの群れが、エリナの身体を覆い尽くし、まったく見えなくなる。
やがてコウモリの数が少なくなって――まばらになる。
が、その空間にエリナの姿はない。
あ~、ファントムで目隠しをして、その間に透明化したのね。
「なにっ!! 女が消えた? 何処へ行きやがった!?」
男が狼狽して叫ぶ。……まあ、そうなるよね。
「くそっ! 出てきやがれ!」
男がそう叫んだ時、何処からか飛来して来た手裏剣が、男の腰の辺りを飛び回る。
と、男のズボンがずり落ちる。
「うわっ!? なんだこりゃ!」
男は慌ててズボンを上げようとするが、ズボンは足元まで下がり、さらに誰かに押されたように前に倒れ込んだ。
「うわっ! あ、あ、ああ、ぁぁ――」
男が地面に倒れ込む。その顔の左右の地面に、飛んできた手裏剣が突き刺さった。
「ひっ! ヒィィッ!!」
「言っておくが、股の間にぶら下がってるものをちょん切ってもよかったんだぞ」
姿は見えないが、エリナの声がする。
「ヒッ! や、やめてくれっ!」
男は慌てて立ち上がり、ズボンを上げると周りを見回した。やはり、エリナの姿はない。
と、コウモリの群れが不意に沸いてくる。その群れが縦長の塊になった――と思うと、その中からエリナが姿を現した。
両手を交差させた手の中へ、手裏剣が戻ってきて収まる。
「ほら、今がお決まりのセリフを言うチャンスだ!」
エリナの声に、男は狼狽したまま首を傾げた。
「な……なんだってんだよ?」
「あれだよ、『お』から始まる言葉だ」
男は首を傾げる。
「お……覚えてやがれ?」
「そう! それだ!」
「クソっ! 覚えてやがれっ!」
男はズボンを抑えながら走っていく。仲間の二人がそれを追っかけるように去っていった。
「アッハッハ! 本当に言ってくれたな、なかなか判ってる奴だ!」
エリナは愉快そうに笑っている。……いや、そういうんじゃないと思うけど。
と、エリナはマリーの方を見た。
「他人が何を言おうと、気にすることはない。私たちはマリーのガイドで30階層まで行く」
エリナはそう言って微笑んだ。
そうか。この人、マリーの代わりに怒ったのか。
マリーがその言葉に、笑みを浮かべた。
「ありがとう、エリナ。アタクシなら気にしてないわ。人からあれこれ言われるのは、慣れてるから。けど、ちょっと嬉しかったわ」
マリーがそう言った時、不意に別のテーブルから声があがった。
「――『手裏剣』エリナ、か」
男は金髪を短くした剣士風の姿で、灰色の瞳をしていた。
「それに……『自在の』クオンと、『麗花の』キャル。つまりお前らがブランケッツという事だな」
少なくとも好意的な感じではない声。
僕らは黙って男を見た。そのテーブルには、その男が一人だ。
彼がこちらを、冷たい目つきで見ていた。
「あんな半端者を痛めつけていい気になってるとはな」
「いい気になって、こっちを揶揄してたのは向うだろ。何処見てたんだ?」
エリナがむっとした顔で金髪に言い返す。
金髪は動じた様子もなく、さらに言葉を続けた。
「ギルドマスターに贔屓にされた事で、勘違いしてるようだな。流入者に有徴族……異民ばかりが優遇される時世だ」
「異民……? 何を言ってるんだ? 私たちは優遇なんかされた覚えは一つもないぞ」
エリナは首を傾げる。
と、金髪男は席を立ちあがった。
「お前たちを見ていると気分が悪くなってくる。勘定は置いておくぞ」
そう言うと、金髪男は去っていった。
エリナが釈然としない表情で、口を開く。
「一体、何だっていうんだ?」
「ちょっとクセの強い男でしてね――。誰ともパーティーを組まないで、ソロでダンジョン攻略をしている男です。『高貴なる』ディアッド…って、呼ばれてますがね」
主人のバーナードが困り顔で、テーブルを片付け始めた。
「一人でダンジョン攻略って――凄くないですか?」
「Bランクの魔導剣士で、実力は折り紙つきでね。彼の家はローダン家といって、その昔は神聖皇国ルワイスの貴族だった。その血統から、武技においても魔法においても高度な教育を受けたようですよ」
僕は、ちょっと気になった。
「『昔は』貴族だった?」
「ええ。皇帝レオンハルトが独立戦争を起こした際、レオンハルトに帰順しなかったためにローダン家は滅亡させられたんですよ。ローダン家の生き残りは逃亡して潜伏し、それでも自分たちは元貴族であるという誇りをもって、子孫を教育している。その子孫というのが、ディアッド――の、ようですね」
僕は彼が口にした別の言葉を、マリーに訊ねた。
「異民、とか言ってましたね。どういう言葉なんですか?」
「異民というのは、原民に対する言葉よ。『原民』というのは、このガロリア帝国に、神聖皇国ルワイスから来て移住した人たちのこと。無徴族で、元の貴族たちがこういう人たちにあたるの。これに対し、先住民だった有徴族や、他国からの流入者を『異民』と呼んでる」
マリーがそう解説した後で、バーナードがそれにため息をついた。
「しかし君たちがブランケッツだったのか。最近、ブランケッツをギルドマスターが優遇してる――と言ってる者が多い。ディアッドもそうだが、原民主義者の不満の矛先になってますよ」
「え? そうなんですか?」
「ギルドマスターのカールは、他国からの移住者で、熊耳型の有徴族ですからね。それで種族や出自にこだわらない皇帝陛下の治世のなかで、推されてオーレムのギルドマスターに就いた。ギルマスのカールとブランケッツは、原民主義者の眼の仇になりかけています」
「……いつの間に、そんな事に」
僕らはため息をついた。
そこでカサンドラが声をあげた。
「恐らくだが、元領主で貴族であるバルギラ公爵が、太守代理を務め始めたことと関連するかもしれない」
「そうなんですか?」
カサンドラは頷いた。
「バルギラ公爵は太守代理になってから、要職から異民を外し、原民を採用した――と見做されてる。軍の中でも、一部そういう人事の動きがあったとおじ様から聞いた。バルギラ公爵本人は原民主義を標榜したことはないが――そう目されてる、と言ってもいいだろう」
「為政者が変わることで差別感情が剥き出しになるとはね……。この世界にも色々、難しい問題があるんだな」
エリナは苦笑してみせた。
と、バーナードがテーブルにお茶を持ってきて口を開いた。
「中には過激な行動をとる奴もいるかもしれない。充分、気を付けた方がいい」
「ありがとうございます、バーナードさん」
僕がそう礼を言うと、バーナードは渋い顔で微笑してみせた。
「なに、オレも他人事じゃないんでね」
「え? 移住者って事ですか?」
「バーナードはね、同性愛者なのよ」
マリーの言葉に、僕は少なからず驚いた。
「えっ! そうなんですか!?」
驚いた僕の顔を見て、バーナードが渋い顔で笑ってみせた。
……マジか。




