6 バーナードの店
マリーの蜘蛛ファントムは、超巨大エイに対峙している。
超巨大エイは、まるで蛇が鎌首をもたげるかのように、身体を起こした。
僕らの頭を越える、優に3mはある巨体だ。
なんか――笑ってる人の顔ような、模様が白い腹にある。
「キング・トーピードーよ。電撃を発射できるわ! 気をつけて!」
マリーが言ってる端から、エイがバタンと地面に伏せる。
その勢いで凄まじい風圧がやってくる。
その風に紛れて、いきなり電撃が飛んできた。
「魔導障壁!」
キャルが電撃を防御してくれる。よかった、僕、これに弱いんだ。
そう思ってると、エリナの手裏剣が飛んでいき、地面に伏せたエイに刺さる。
しかし、三枚の手裏剣は、空中に放射された電撃で撃ち落とされていた。
「――え? なんか、効いてないわ!」
「キング・トーピードーは凄く肉厚で、斬りずらいの」
エリナの声に、マリーがそう返す。
「ここは私が行こう。キャル、一瞬、障壁を解いてくれ」
「うん」
一瞬、障壁が消える。と、姿を消す勢いでカサンドラが出た。
気づくと前に出たカサンドラの身体に、紅い炎がまとっている。
エイが空中に電撃を放射するが、カサンドラの炎にはきかない。
「巨大火炎波!」
カサンドラが左手から発射した火炎放射が、地面に付したエイを襲う。
と、エイは再び身体を持ち上げた。もう一度、突風を起こすつもりか?
だが、その機をカサンドラは見逃さない。
カサンドラの全身の炎が、一層強く燃えあがった。
「爆炎閃光斬!」
一瞬、光と化したカサンドラの姿が消える。
と、カサンドラはエイの背後に抜けていた。
巨大エイの身体にピーッと線が入り、それがズレて落ちた。
「さすがカサンドラ、凄いな」
思わず、言葉が洩れる。やっぱり、ちゃんとした剣技は美しい。
「え? 一撃なの? ちょっと、アナタ、隊長って話だったけど、どのクラスまでいったの?」
マリーの問いに、カサンドラはなんでもないように答えた。
「帝都にいた時は――大隊長になったな。半年だけだったが」
「大隊長!?」
マリーが大声をあげる。
「え、そんなに凄いんですか?」
「当たり前じゃない! 大隊長はBランク相当よ。軍隊では50人の中隊を五隊指揮する立場――つまり250人相当の強さってことよ!」
マリーの言葉に、僕らは、お~…とカサンドラを見つめる。
と、カサンドラが首を振った。
「やめてくれ。昔の話で、今はそれだけの戦闘力もない。それに大隊長でいたのは半年だけで、結局、オーレムに配置替えの後、ファフニールの御用聞きの特殊部隊に移された。体のいい左遷人事だ」
カサンドラは苦い顔をした。
「何か理由はあるのかい?」
「私がガルドレッド将軍の口利きで入った――と言われていて、女が軍にいるのをよく思わない一派がいた。そいつらの差し金だろう…とは思っている」
エリナの問いに、カサンドラは面白くもなさそうに言った。
それを聴いたマリーが声をあげる。
「アナタの気持ち、少し判るわ。男とか、女とか、そんな事が問題なんじゃないわ! けど、そんな事でしか物事を見れない連中もいる。…悲しいことよね」
「まあ、私はもう軍に未練はないので、どうでもいい話ではあるのだが」
カサンドラはそう言うと、軽く微笑んだ。
それから僕らは21階層から下へと進み、25階層まで降りた。
途中、何体かのモンスターも倒したが、そんなに手こずる事もなかった。
「アナタたちは、やっぱり強いわね。けど油断は禁物。25階層にはセイフティ・エリアがあって、そこにはモンスターが近づかない。そこで休憩しましょう」
マリーがそう言うので、それに従って僕らは進む。
やがて迷宮をぐるぐる廻った後、開けた場所に出た。
そこは――まるで屋外のような明るさだった。エリナが声をあげる。
「なんだ? 凄く明るいな」
「此処の天井には輝光石という特殊な鉱物があって、龍素に反応して輝くの。外に出すと光らないんだけど、ダンジョンの中では光るのよね」
と、マリーが説明する。
その一帯には植物が茂り、庭園の中にいるようだった。
その豊かな緑の先に、屋根付きの小屋がある。茶店だった。
茶店の店先にはテーブルと椅子が並び、冒険者がたむろしていた。
「こんな処に――お店?」
「バーナードの店よ。バーナード、ごきげんよう!」
マリーが手を振って挨拶したのは、がっちりとした身体つきの、口周りに薄く髭をたくわえている渋い男だった。
「やあ、マリー。新しいパーティーを連れてきてくれたのか?」
「そうなの。今、噂の――」
「マリーさん、ちょっと!」
マリーがご機嫌で喋りそうになったので、僕は慌てて制止した。
と、マリーが気づいて言葉を呑み込む。
「Cランクになったばかりの子たちなのよ。こう見えて、凄い実力だったわ」
「そうか。今後ともご贔屓に」
ヒゲおじがダンディに微笑む。
……そうかあ、無精ひげの魅力って、こんな渋い感じかあ。
残念ながら、童顔の僕にはなれそうにもない。
「誰かと思えば、『地獄の』マリーじゃねえか。なんだ、女子供のパーティーを引率か?」
不意に――少し離れた席に座っていた男から、声があがる。
その隣に座っていた男が、さらに口を開いた。
「へへっ、マリーのガイドでパーティー全滅! なんて事にならないように気をつけろよ!」
その言葉を聞いた瞬間、マリーの顔色が変わった。
マリーは言い返そうとはしない。
と、さらに同じテーブルにいた三人目の男が、席を立ってこっちに近づいてきた。
「おいおい! よく見たら中々の美人揃いじゃねえか! 坊主はマリーにくれてやるからよ、お前たち、オレたち先輩がガイドしてやるぜ!」
いい気になった男は、そう言いながらカサンドラの身体を上から下まで舐めるように見た。他の二人も立ち上がって、こちらに寄ってくる。
と、エリナが口を開いた。
「まあ、私が美女なのは否定しないが、君たちでは私には不釣り合いだ」
また、そんな事を――
と、思うと、やはり男たちがいきり立つ。
「なんだとこの女! 下手に出てりゃいい気になりやがって!」
「何処が下手に出てるんだ? 偉そうに上からもの言って、頼んでもないのに絡んでくるのが、君の『下手』か? 常識を知らないのか言葉を知らないのかは判らんが、品性が下劣なのだけは確かだな」
エリナに言い返された、頬に傷のある男が赤くなった。
「なんだと、このクソ女! 痛い目みないと判らねえようだな!」
「――お客さん、此処で争い事はやめてもらえませんかね」
そこに口を出したのは、店の主人のバーナードだった。
静かな口調だが……圧の雰囲気が判る。
男たちはその様子に、声を潜めた。
「まあ、あんたがそう言うなら仕方ないな……。女、口には気を付けないと、痛い目みるぜ!」
男はそう捨て台詞を残して、席に戻ろうとする。
これで事態は収拾したか――と、思ったその時だった。
「痛い目をみるのはどっちだか、判ってないみたいだな。自分は強いと思い込んで、他人を従わせる事しか考えてない。……君、人に愛されたことがないだろう? 人間が貧相だからだよ」
「エリナさん!」
どうして、わざわざ喧嘩になるような事を。
案の定、男は怒り出した。
「てめえ、もう我慢ならねえ! 見逃すつもりだったが、思い知らせてやる!」
「奇遇だな、私もだ。気が合うじゃないか」
エリナは眼鏡の奥の眼を、不敵な笑みとともに輝かせた。




