第十八話 新生ブランケッツ! 1 冒険者カサンドラ
玄関に出ると、カサンドラがそよ風に吹かれていた。
紅い髪がなびいている。
カサンドラは、飾りレースのついた白いブラウスの上にブラウンのジャケットを着て、同色のロングスカートを身に着けていた。頭にはブラウンの丸帽子が乗っている。今までとは全く違う印象の、どこかの貴族令嬢みたいな雰囲気だった。
「久しぶり……だな」
カサンドラが、何故か少し寂し気に微笑んだ。
「久しぶりじゃないか! とりあえず、中に入りたまえよ!」
エリナが元気よく声をあげると、カサンドラは頷いた。
リビングで丸木テーブルを囲むと、カサンドラは帽子を膝の上に置いた。
キャルがミントティーを淹れてもってくる。カサンドラはそれを一口飲むと、ふう、と息をついた。
「これだな。この味……安心する」
「カサンドラ、あれからどうしてたんだい?」
エリナの問いに、カサンドラは口を開いた。
「とりあえず、おじ様と一緒に帝都に戻り――今後のことを考えてたんだ」
「軍に戻ったのかと思ってたけど…」
僕の言葉に、カサンドラは憂いを帯びた笑みをみせた。
「軍は……辞めることにしたよ」
「えぇっ!?」
僕ら全員が驚いた。
カサンドラは話を続ける。
「……色々考えた上での決断だ。まず私は部下を全員死なせてしまった。この責任をとる必要がある」
「けどあれは……カリヤが悪党だっただけで、カサンドラの監督責任外の出来事なんじゃないですか?」
僕がそう言うと、カサンドラは悲し気に笑った。
「おじ様を含め、そう言ってくれる人も何人かいたが――遺族はそうは思わないだろう。私が指揮していながら、部下たちがかけがえのない命を落とした事に変わりはない。……何より、私はもう以前のように隊長として隊を指揮できないんだ」
「それは…どうしてですか?」
カサンドラは真面目な顔で、僕を見つめた。
「黒炎のガントレットを失ったからだ。あれは私の魔力とともに、攻撃衝動を高めていた。私は戦闘力としても以前の隊長格ではないし、また以前のように屈強な兵士たちの上に立って指揮をするだけの――精神的な覇気が無くなった」
「そう……ですか」
僕はなんと言っていいか判らず、ただそんな風に答えた。
が、カサンドラは、少し晴れやかな笑顔をみせた。
「だが、これでよかったと思う。以前の私は、何かに追われイラついている感じや、他人を攻撃し支配したい衝動に常に駆られていた。心の落ちついた状態というのがなかったんだ。……今の私は、とても自分に自然でいられる。やっと自分を取り戻せた気がしている」
「それは良かったことだと思うが――じゃあ、これからどうするんだい?」
「どうしようかな、と思っている」
エリナの問いに、カサンドラは自らを苦笑するように微笑んだ。
「私の家は領地がある貴族家ではなく、軍人である事で家の財政をまかなっていた。私が軍人を辞めた以上、経済的な基盤は無くなってしまった。それで――私はオーレムの屋敷を処分するために戻って来たんだ」
「あの家を――売るんですか?」
「あの家だけじゃなく、帝都にある本宅もな。軍人貴族としてのレグナ家は、私の代で終わりだ。……結局、私は父の期待に応えることはできなかった」
カサンドラはそう呟くと、寂しげな表情をした。
エリナがそこで口を開く。
「じゃあ、今はどうしているんだい?」
「今はおじ様の家に世話になっている。おじ様からは、剣術師範にならないかと言われてるが――私は途中で我流に走った身だ。他人を教えることなどできない。多分……おじ様の世話になりながら――嫁入り先を探すことになるだろう」
「そうです……か――」
僕はなんとも言えない気持ちで、カサンドラを見た。
不意に、場が静まる。
――が、そこでキャルが声をあげた。
「カサンドラは、それでいいの?」
「いいも悪いも……どうすることもできないんだ」
「せっかく自由になれたのに、自分の生きたい生き方を探しもしないで……それでずっと、そんなに寂しそうに笑って生きるの?」
キャル真剣な表情を、カサンドラに向けている。
「カサンドラは、お父さんやおじ様のために生きてるの? 違うよ! カサンドラは、カサンドラが生きたい生き方をすればいいんだよ。自分の心の奥底にある気持ちを――外に出したっていいんだよ」
キャルの真剣な言葉に、カサンドラは眼を見張っていた。
「私の……生きたい生き方――」
「そう。カサンドラは、何がしたいの?」
キャルの声を聴いて、カサンドラは少し考えながら口を開いた。
「それなら……冒険者になりたいかもしれない。家柄や、組織の論理に囚われず、自分の実力だけで自由に生き抜いていく――そんな、冒険者になりたいかもしれないな」
カサンドラは、そう言った後に苦笑してみせた。
僕はキャルを見る。キャルが頷く。
エリナを見る。エリナは微笑していた。
僕は頷いてみせると、カサンドラに言った。
「カサンドラ、冒険者になって――僕たちの仲間にならないか?」
「ええぇっ!?」
カサンドラは、本気で驚いているようだった。
「いや……君らには…もう既にがっしりとした絆ができているじゃないか。そこに私が割り込むなど――よくない事だ」
「カサンドラ、貴女が嫌なら――無理は言わないよ。けど、つまらない遠慮なら必要ない。貴女自身の気持ちを聞かせてくれ」
僕はカサンドラを見つめて、そう言った。
カサンドラは眼を見開いた後で、それを細めた。
「……君らといた数日…とても楽しかった。一緒にご飯を食べて、驚いて――笑って……。君らと一緒に戦った事も、とても充実した気持だった。私の誇りになるような戦いだった。おじ様の世話になりながら――君らと過ごした短い時間の事を…ずっと思い出していたんだ………」
カサンドラの眼から、涙が一滴零れた。
「こんな私を、君たちは受け入れてくれるのか?」
涙声で訊いたカサンドラの問いに、僕は答える。
「ああ。そのつもりだから、誘ったんだ」
「――もう、一緒に戦った仲間だと…わたしは思ってたけど」
キャルがいたわるような笑みで言った。
「まあ、そういう訳だ。何より君は、既に一枚の毛布で寝た仲だしな!」
最後にエリナが明るく言う。
カサンドラは此処に来て、初めて晴れ晴れとした泣き笑いをみせた。
「ありがとう……クオン、キャル、エリナ」
「うん。それじゃあ、カサンドラもブランケッツのメンバーだ!」
「「おう!」」
僕の宣言に、キャルとエリナが声をあげた。
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バルギラの屋敷からの帰り、カリヤは隣のネラに言った。
「お前、いやにおとなしかったな」
「フフ、ボクが口を出すとこじゃないだろうと思って」
ネラはいたずっらぽく、カリヤを見上げる。
「ただ、バルギラが何故、あの猫耳にこだわってるのかは気になってたんだ」
「何か判ったのか?」
「そうだねえ……」
ネラはとびきりの美少女の笑みを見せると、言葉を出した。
「バルギラは少女性愛嗜好者ではない、という事くらいかな?」
ネラの言葉に、カリヤは眉をひそめた。
「……どうして、そんな事が判る?」
「だって、とびきりの美少女のボクがいるのに、対して興味なさそうだったからねえ。それと猫耳の単純な意味での戦闘力を欲してるのでもない。これも、ボクがいるのにボクを欲しがってないからねえ」
カリヤは呆れたように言った。
「お前、よく自分でそれだけ言えるな」
「つまりさあ……あの猫耳には、ただの戦闘力以上の秘密があるってことだよ」




