25話 ドワーフ娘とエリドの過去
マリアンヌが戻り、報酬を得たドワーフ娘。
今まで稼いできた分と合わせると、遂に二十万ルインを達成。住民登録に必要な金額に達する事ができた。
しかし、その内訳は殆どが職人としてではなく、怪物退治や料理人としての稼ぎであったという。
「納得いかん……」
「まぁ、いいじゃないか」
「そうですよ」
ナナシの部屋に集まる面々。ルーティーは当然として、エリドやレリックも普通に彼女の部屋に集まるようになっていた。
「取り敢えずは、これで住民登録ができるようになるわけだ」
「でも、そうすると納税の義務が発生するんですよね」
「そうだね。月収の一割を納めないと」
それを耳にしたナナシは「むむむっ」と唸った。
「そうだとしたら、少し蓄えができてからの方が良いってことか?」
「うん、ナナシちゃんの場合は、まだ一ヶ月くらい猶予があるから、しっかり稼いでからでも良いと思うよ」
「そっか、そうだよな! 職人として稼いでないもんな!」
ナナシ以外の三人は内心で、絶対に無理だろうなぁ、と確信していたのであった。
やはりというか、なんというか、案の定、ナナシの作品はアーティファクトランクが当たり前で、レアランクを生み出すのがレアという訳の分からない状況に陥っていた。
そして、そろそろ秘密の小部屋がパンク寸前である。
「何故だぁぁぁぁぁっ!?」
「う~ん、ナナシちゃんの捏ねる能力って、今の世の中じゃ扱い難いんでしょうねぇ」
「いや、オイラはありだと思ってるよ」
「うん、食べ物関連にはね」
「や~だ~! 道具を作りたいの~!」
自室のベッドの上でジタバタするナナシは無駄に乳袋を暴れさせた。
彼女の作る料理はとにかく傑作だった。
ありとあらゆるものを捏ねる事ができる、ということは液体も捏ねる事ができるという事。
だが、それにとどまらないのがナナシだ。
彼女は遂に空気すらも捏ね始めたのである。つまりは香りを捏ねて、より蠱惑的にして生地に練り込んだ。
そうして出来上がったのが【特性カレーパン】である。
これは店には出さず、厨房の賄いにしていたのだが、その匂いで存在がバレてしまい、いまではスパゲティに負けないほどに売れていた。
またしてもナナシはやり過ぎたのである。
「お皿を作れているじゃないですか」
「飽きた」
「贅沢な悩みだよなぁ」
ルーティーとレリックは呆れるも、流石に皿ばかりでは飽きるだろう、と理解を示す。
「ナナシちゃんは、具体的に何を作りたいんだい?」
「うんとな、伝説の剣」
「フライパンなら出来上がっているんですがねぇ」
秘密の小部屋で燦然と輝くフライパン。
その圧倒的な性能は他の追随を許さなかったという。
ただし、完全火耐性を持つが故に食材に火を通すことができない。
フライパンとしては完全に失敗作である。
「銅の剣を作ったじゃないですか」
「不完全燃焼で出来ちゃった剣だから。返って申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
「え? 銅の剣を作ったの? アーティファクトランク?」
「いえ、ゴッズランクです」
「ひえっ」
一般人がこの会話を聞いていれば頭がおかしくなるであろう内容だ。
エリドもレリックも慣れたもので、ゴッズランクという言葉が出てきても動揺することはなくなった。
ただし、呆れはする。
「武器か……勇者様になら渡してもいいかもな。欲しがってたし」
「あぁ、前に聞いたことがあるかも。今も魔王軍とやり合っているんだっけ?」
「うん。でも遥か遠くのアグトランドで戦っているらしいから、渡すのは無理かもなぁ」
う~ん、とエリドは神妙な顔持ちを見せる。
そんな彼を見て、ナナシは思ったことを口にした。
「エリドって、勇者の知り合いなのか?」
「えっ?」
「いや、随分と詳しいなって」
これにレリックも同調する。
「そういやそうだな。勇者様が戦っている場所なんて、普通の冒険者には伝わってこないぜ」
「ええっと……これは、だな」
「でも、一般市民じゃ勇者様には会わせても貰えないはずですよね」
「それなら冒険者ギルドで高ランクな……あっ」
エリドは慌てて口を塞いだ。拙い、と思ったが後の祭り。
「何か隠してるだろぉ。白状しろぉ」
「ちょーっ! ナナシちゃんっ!?」
ベッドにエリドを引き倒すナナシは、そのまま彼を押さえ込みに掛かった。
「白状しないとくっついたままだぞ」
「それは嬉しいけど困るっ!」
「エリドっ! 羨ましいから早く白状して離れろっ!」
「うるせぇっ! 羨ましいだろ! ざまぁ見ろっ!」
「よぉし、くすぐってやる」
「あら、それはナイスアイデア」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「わははははははっ!」
結局、エリドは三人には勝てず自白することになった。
とはいえ明かしてはいけない部分は断りを入れている。
「へぇ、あんたAランクだったのか。だったら情報も貰えるか」
「貰えるの?」
「信頼が厚ければじゃないかな? ナナシちゃん」
レリックのエリドを見る目が変わった。
それもそうで、レリックの目指す場所に立っている者の一人なのだ。当然の成り行きである。
「イリュージアを殆ど一人で退治したもんな」
「運が良いだけだよ。でも、勇者様はアレを、赤子の手をひねるかのように仕留める。勇者とAランクとの差がどれほどか分かったかい?」
「うへぇ……」
これを耳にしたナナシとルーティーは、げっそりとした表情を見せた。
イリュージアの強さを良く知るが故にその衝撃も尚更になる。
「ただ、彼に応えてくれる武器が無い、と言うのは確かな事でね」
「勇者の腕力に武器が耐えれないのか?」
「そうだね。彼……勇者【ファイン】は常に武器で悩まされているんだ」
「それで、なんでエリドは勇者ファインと知り合いに?」
エリドは「ふぅ」とため息を吐いた。しかし、決心がついたのだろう、自身の事を打ち明ける。
「俺……昔、勇者のパーティーに居たんだ」
「「「えっ?」」」
「でもさ、ついていけなくなった。限界ってもんが見えちまった。だから……」
逃げた……彼はそう悲しそうな顔で告げる。
エリドの知られたくない過去を耳にした三人は、バツの悪そうな顔を見せた。
しかし、エリドは手を叩き、明るい顔を見せたではないか。
「俺の事は良いんだよ! それに、逃げた先で美味しい思いができたし! それにナナシちゃんにも出会えた! 万々歳! 結果良ければ全て良し、だ!」
わっはっはっ、と笑うエリドだが、ナナシはそれが無理をしているように見えて仕方がない。
だから、言葉だけではなく行動を伴い謝罪の意思を伝えようと思った。
「わわっ? ナナシちゃん?」
「ごめんな」
がしっと彼の腰に抱き付き頭を下げる。若干、声が震えているのは本当に申し訳ないと感じているからだろう。
そんな彼女にエリドはため息をひとつ。
「いいよ、これは全部、事実さ。全部、俺が悪いんだ」
「でもっ……」
「それに言ったろう? 悪い事ばかりじゃなかった、ってさ」
「う~」
半べそになっているナナシを宥め、エリドはルーティーとレリックに顔を向ける。
「エリドさん……」
「なんか……ごめん」
「気にすんなって。俺の性格じゃ、いつかはこうなってたんだし」
そんなことはないだろう、と二人は思ったが口には出さない。
そんな軽い男の手が、剣ダコでゴツゴツした物になるはずがないのだ。
真新しいタコの姿は、今も諦めが付かずに剣を振るっているからだろう。
「やめやめ、辛気臭い話は終わりだ。俺はもう、遊び人でナンパ師のエリド。それに今はナナシちゃんの今後についての方が大事だろ」
「はぁ、分かりました。そういう事にしましょうか」
「だな」
これで話は終わり、とルーティーは部屋の窓を開け放ち、室内の湿った空気を追いやる。
「う~」
「ナナシちゃんも、う~、う~、言わないの」
「え~」
「変えても駄目ですっ」
「お~」
ナナシは割と気持ちを引きずるタイプであるらしい。
自分の事はケロッと忘れる癖に、他人の事は忘れられないもようなのだ。
そんなナナシの顔を手で挟み、ちょっぴり不細工にしたルーティーは、そのまま彼女の顔を揉み解す。
「ほ~ら、不機嫌顔も元の可愛らしい顔に元通り」
「ぷはっ、捏ねるのは俺の専売特許だぞっ」
ナナシの部屋に笑い声が戻ってきた。
エリドは想う。
いまだに未練があるのは確かな事で、でも、そのお陰で大切な人を見つける事ができた。
今更、勇者ファインに合わせる顔なんてない。
でも、もし……会う事があるなら、あの時の事を謝ろうと決心した。
その為に、剣の腕ではなく、心を鍛えよう、と誓う。
いつか、あの頃のように語り合えることを夢見て。




