17話 ドワーフ娘と手料理とお邪魔虫
赤、黄、青、そして白。色とりどりの花々が満開の時期を謳歌する庭園。
それなる場所はアイレーンのライバー教会にあった。
教会建設時には猫の額ほどだったその庭は、歴代の司祭たちによって徐々に拡張してゆく。
二十代目司祭ズモンの頃になる、とそれは庭というよりかは庭園と至り、信者でなくとも訪れる見事な芸術品にまで昇華されていた。
その庭園には四か所ほどテーブルスペースが設置されており、代金を支払う事によってお茶を堪能することができる。
この庭園で採れるハーブティーなどが有名だ。
ただ、焼き菓子などは提供していない。食べカスなどで庭園の外観が損なわれないようにという配慮から提供をしていないのだ。
しかし、美麗な花々に囲まれてのティータイムは優雅にして至福の一時を与えてくれる。
特に花々の満開の時期は貴族令嬢などがお忍びで訪れたりもする穴場。
それ故に、低級貴族の子息たちが玉の輿を狙い、その目を光らせることもしばしばであった。
ただ、その庭園にはもう一つ裏の顔がある。
それは、ここのライバー教会で働く者たちのために造られた小さな庭園の存在だ。
教会の裏手にひっそりと咲き誇る、赤紫、群青、黒の花々。
その色から観賞用としては不遇の扱いを受ける者たちだ。
しかし、この場に限っては彼らこそが主役であり、また、月の輝きの寵愛を最も受ける存在でもある。
この花々は普通の花ではなく、月の輝きを受けて薄っすらと発光するという特徴を持つものばかりだ。
それ故に一昔前は、幽霊や悪霊といったものと勘違いされていた。
そういった花たちを不憫に思ったズモン司祭が、十年の時を掛けて完成させたのが、この秘密の裏庭園である。
月が灰色のドレスを纏わず素肌を晒す時、この花々は最も美しく咲き誇るのだ。
「らっしゃ~い」
しかし、そのような神秘的な場所にあって日常的な乙女の姿。
ランニングシャツに半ズボン、というラフ過ぎる姿に色気は無い。
いや、正確に言うと色気が無いわけではない。僅かに損なわれているといった感じだ。
もう少し、半ズボンの丈が短ければ、男たちを悩殺するには申し分無くなる。
そんな彼女の細腕に支えられ運ばれるのは、出来立ての肉団子入りミートスパゲティだ。
肉汁たっぷりの肉団子には豚のミンチと玉ねぎのみじん切りを捏ねた物を一度、フライパンで焼き目を付け、ミートソースと一緒に煮込んだ自信の一品。
当然、ナナシが捏ねたのだから、普通の肉団子と同じなわけがない。
また、パスタの方もナナシが丹精込めて捏ねた物を麵状に加工したもので、これも普通のパスタとは一線を画す。
白の円テーブル。そこに設置された同じく白の椅子席に座る三名は、三者三様の表情を浮かべている。
「(教会に、こんな場所があったなんてなぁ。ナナシちゃん可愛い)」
正式にお呼ばれしたエリドは、肉団子入りの山盛りミートスパゲティを重そうに運んでいるナナシを認め、すかさず立ち上がって彼女を手伝う。
「持つよ」
「おっ、ありがとな」
これにレリックは、出遅れた、と痛恨の極みを認めた。
しかし、過ぎてしまったことに囚われては後に支障が出る、と自分を諭す。
冒険者の心得を違う場面で応用した形だ。
「まぁまぁ、美味しそうなパスタですね」
そして、このルーティーの顔である。
満面の笑みを浮かべているシスターは招かれざる客だ。お邪魔虫だ。
しかし、彼女はミートスパゲティが大好物で且つ、ナナシの特製ミートスパゲティを前もって味わっている。
この機会を逃すわけもなく、さり気なくテーブルに紛れ込んでいた。
無論、エリド、レリック共に大迷惑である。ナナシは気にしていないようだが。
「いや、スパゲティを作り過ぎちゃって、どうしようかなって。それとも、二人とも食べれた?」
「ナナシちゃんの手料理を残すなんてとんでもない」
「死んでも食べるさ」
「いや、死なれたら困るんだけど」
そう言っている割には、はにかんだ表情を見せるドワーフ娘。
これには惚れている男どもはもちろん、ルーティーも思わず「おっふ」と吐息を漏らすほどであった。
普段は男らしいナナシが時折見せる乙女の部分は実に強烈で、彼女を知れば知るほどに威力が増すという極悪非道な武装ともいえる。
しかも、本人は一切の自覚が無いので、いつ飛び出してくるかは分からないのだ。
「(やっべ、抱きしめたい)」
「(同じドワーフなんだ。同族の強みを生かして落として見せる)」
「(堪らん、【ぴー】、して、【ばきゅーん】、して、【ちゅどーん】、したい)」
順にエリド、レリック、ルーティーである。
シスター・ルーティーの煩悩に神罰あれ。
「さぁさぁ、冷めないうちにどうぞっ」
椅子の上に立って健気にミートスパゲティを皿に取り分ける。
そうなると前屈みになるのだが、やはりというかなんというか、狂暴過ぎる乳房が強調されるわけで。
三人は自分の煩悩との格闘戦へと移行する。
エリドとレリックは分かるとして、ルーティーがそれに突入してはいけないのか?
そのような事は無い、この世界は同性婚が認められている。
そして、シスター同士が結ばれるのはよくあることで。
故に、うかうかしてはいられないのは男二人の方だ、と言えようか。
「あ、ワイン飲む? 安物だけど買っておいたんだ」
「そりゃあ、ありがたい。いただくよ」
「あっ、俺も」
「私はシスターなので……清め水を飲みますね」
もちろん、ルーティーのいう清め水とは黄金のシュワシュワである。
もう破戒僧であることを隠そうともしない彼女はしかし、相も変わらず正義と公平の女神に愛されていた。
どうなっているのか、これがもう分からない。考えたら負けなのだろう。
「「「「かんぱーい」」」」
チン、というガラス同士がぶつかる雅な音と共に、ささやかなディナーは幕を開ける。
月明りだけが照明となるが、今宵の月は何者かと照らし合わせたかのように明るい。
青白い輝きは優しさのみで作られているかのようだ。
「今日の月夜は明るいなぁ」
「灯りを用意しましたけど、要りませんねぇ」
ワインを軽く口に付けたナナシと、清め水という名のエールを豪快に飲み干し、泡の髭を作ったルーティーが青き月を眺めた。
それは月に愛でられし花々に授けられる祝福の恩恵であったか。輝きは何故か一ヶ所のみに注がれる。それは言うまでもなく秘密の庭園にだ。
他の輝きは不要なほどでルーティーが用意したランタンも、今宵は月見と洒落込んでいる。久しぶりの休暇を満喫するもようだ。
「うっま! なんだこれっ、ヤバイっ!」
「がふっ、がふっ! お、おかわりっ!」
「はいはい、がっつかなくても沢山あるよ」
だが、男たちはナナシの特製ミートスパゲティに夢中になっている。
一口を口に含み咀嚼したが最後、その味の虜になってしまっていたのである。
まずはミートソースの複雑玄妙な味が舌を包み込んだ。
それは、ともすれば遊女の抱擁とも取れるであろうか。
酸いも甘いも、人生の苦さすら感じさせるそれに、官能的な肉を持って堕落させて来る。
堕落すれば後は堕ちてゆくだけ。ソースに支配された舌は言われるがままに、もっちりとした肌の遊女に弄ばれる。
それは、ただもっちりとしているだけではない。時にぷりぷりと、しこしことした別の表情すら見せ、彼を更なる深淵へと引きずり込むのだ。
そうして堕落しきった彼を現実に引き戻すのが、荒々しいまでに逞しい肉の塊。
圧倒的、それは圧倒的に男らしかった。
繊細な遊郭の中にあって、雄々しいそれは蕩け切った情けない顔を引っ叩く。
噛み締める、と爆発するかのように肉汁が溢れ出て口内を焼き尽くす。
それは旨味の氾濫。さっさと目を覚ませ、という気付け。
こうして、パスタの誘惑から目覚めるわけだが、人というのは一度覚えた蜜の味を忘れる事ができなく、またしても堕落の道を歩む。
魔性の料理とは、この事を差すもので。
そして、その原因となるのがナナシの捏ねる能力。
これによって作られた食材は、言うまでもないがゴッズランク。
食べ物だから、いちいち調べる必要はないだろう、という軽い考えは間違いを引き起こすには十分。
加えて、大切な友人だから、と余計に捏ねまくった。
あれ程、やりすぎ注意、といわれているのに懲りない娘である。
だが、今日くらいは良いよ、と魔性の効果を和らげる月の輝き。
彼女は全ての生命に安らぎを与える女神。その愛を、ちょっぴり多く授けるのは月の花だけではなかったのだ。
「ふはぁ、食べた、食べた。こんなに美味しいパスタを食べたのは初めてだ」
「ごちそうさん。俺もだよ」
「ふふん、私はこれだけじゃないですけどねっ」
大満足を示すエリドとレリック。
そんな彼らに対して、何故かドヤ顔を見せるルーティー。
「お粗末様。全部、無くなったなぁ」
すっかり空になった大皿を見て、ナナシは嬉しくなったのか、くすりと微笑んだ。
食後は軽く飲酒をしながら談笑に更ける。
だが、酒が入り、また緊張していたのだろう。ナナシが舟をこぎ始めた。
「あらあら、ナナシちゃん。どうやら、疲れていたようですね」
「それはいけないな。夏に向かうことろはいえ、身体を冷やすものじゃない」
「だよな。女の子だもん」
エリドはナナシを抱き上げて自室へ運んでやろうと意気込む。
だが、今度こそはとレリックも狙っていた。
がしかし、ひょい、とナナシを持ち上げたのはルーティーだった。
呆気に取られる男二人。
ルーティーは、こんな事もあろうか、と密かに体を鍛えていたのだ。
「触らせませんよ? 乙女の身体」
「「ちぃっ」」
ナナシを取り巻く激しい攻防は月明りの下に。
今宵の勝者はルーティーに決まる。
これには月もニッコリ困り顔であったという。




