14話 ドワーフ娘とプレゼント
ナナシたちがイリュージアを退治して三日。
アイレーンの町では一つの噂が持ち切りになっていた。
それは隣国の【テネルガーラ帝国】が攻め込んでくるのでは、といったものだ。
ただ、確かな証拠もなく、根も葉もない噂だ、との見解が大多数を占めている。
そんな噂の中でも、ナナシは残り十五万ルインを工面すべく奮闘中である。
「これは、どうかな?」
「もう一声っ」
ナナシが捏ねた素材は朽ちた動物の骨だ。
適度に捏ねて骨の塊にした後に形を整える。
今回は槍を作ってみたのだが、少し几帳面にやり過ぎたのだろう、ギリギリにアーティファクトランクに滑り込んでしまった。
新たなる仲間を迎い入れる例の部屋。
既に聖域となりつつあるそこに、ズモン司祭は恐怖した。
「もうちょっとなんだけどなぁ」
「そうですねぇ。どこかで息を吐けば良いんじゃないでしょうか?」
「息を吐く、ねぇ」
それは一休みする、とも取れるし、手を抜けとも取れる。
全力を許されないナナシは、これを体得する必要性を感じた。
「ん~、そう言えば、櫛が駄目になってなかったっけ?」
「そう言えばそうでしたね。作っちゃいます?」
「櫛なら武器にならないし、全力でやってみていい?」
「そうですねぇ……完成したら、こっそり使いましょうか」
うふふ、と乙女たちは悪だくみをする。
久しぶりに全力で捏ねる。素材は余っていた骨玉だ。
えいや、こりゃさ、と輝く汗を飛び散らせながら浮かべるは笑顔。
少し淀んだ色をしていた骨玉は、いまや真珠のごとく上品な光沢を放っている。
「いいかなぁ?」
「はい、識別してもまったく分りませんっ! ゴッズ確定ですねっ!」
「わぁい」
「わぁい」
テンションがおかしくなっているのか、乙女たちはハイタッチ。
どう転んでも悪い予感しかしないそれは、いよいよ以って形を成す。
これでもか、と丁寧に形を整えられる骨の板。
ナナシの直感であしらわれる意匠は、完成の宣言と共に神秘を模る。
「三十分後が楽しみだな」
「まったくです。うふふ」
適度なガス抜きになったのだろう。
その後は作品もレアランクを連発し、マリアンヌから販売の許可がようやく下りる。
レア、といっても、それらの作品は下手なアーティファクトランクを上回る。
これはマリアンヌ痛恨の失敗であった。
後に、もっとしっかり見ておくべきだった、と猛省している。
ナナシが作ったのは鉄のナイフであり、攻撃力もノーマルのそれと同じである。
そして特殊能力は一つ。
これだけなら何の問題もないであろう。
だが、大問題だったのだ。
たった一つの特殊能力、それはが上位特殊能力であったのだから。
そのナイフに付与された特殊能力、それは【羅刹】である。
この特殊能力を持つ武器で切付けた場合、一振りで五十回もの斬撃、或いは刺突が飛んでくる。
そもそも、ナイフはリーチに難があるとはいえ、扱い易く、普通に二回攻撃が可能だろう。
要は二回振れれば、百回もの攻撃が対象を襲うという事になる。
それが、三本も世に出回ってしまったのだ。間違いなく大惨事である。
運よく、いや、運悪くそれを入手した駆け出しの冒険者たち。
後に【伝説の三傑】と呼ばれることになろうとは、この時、微塵も思わなかったであろう。
そんな彼らは今、「このナイフ、スゲー」と喜んでいる。
束の間の幸福感に浸りながら。
「さぁ、だいぶ慣れてきたし、本命を作ろっかな」
「エリドさんのスケールアーマーですか?」
「俺が作る、とちょっと構造が変わるけどな」
スケールアーマーとは鱗状の金属板を繋ぎ合わせた鎧だ。
非常に手間がかかるが、作り様によっては軽くて丈夫になりプレートアーマーよりも使い勝手が良い、とさえ言われていた。
だが、ナナシの場合は鱗を素材にした胸鎧となる。
なので、この場合はブレストアーマーと呼ぶのが正しいだろう。
「やっぱり、レアにとどめた方が良いのかな?」
「どうでしょう? 販売するわけじゃないので、ゴッズにしなければいいのでは」
「ん~」
どうせ、プレゼントするのであれば、良い物を作って喜んでもらいたい。
そして、ゴッズランクが駄目なら、アーティファクトランクの最上級を作ってやりたい。
見極めが大変だが、なんとしても限られた材料で完成させる。
「うんしょ、どっこいしょっ」
イリュージアの鱗を捏ねるナナシの手に力が籠る。
今までの素材と違い、妙な抵抗感を覚えた。
それは、主に害を与えた者に反発しているかのような感覚。
だからだろうか素材の声も聞こえない。
「おりゃっ! ここか? ここがいいのかっ!?」
ぐにぐに、としつこく捏ねて捏ねまくる。
すると、イリュージアの鱗は、らめぇ、と音を上げた。
その後はナナシにされるがままになり、自分に素直になったではないか。
「よし、良い感じ」
「へぇ、毒々しい色が消えて、上品な紫色になりましたね」
ほのかに銀の混ざる不思議な紫色の鱗玉になったそれに、ルーティーは識別の魔法を施す。
「やっちまったな、という情報が表示されましたっ」
「うほっ、ゴッズランク」
でも、素材はこれっきりだ。
ナナシはルーティーに袖の下を渡すことにより、そのまま製作を続行する。
武器ではないし、鎧だから大丈夫だろう、との甘い考えはとんでもないブレストアーマーの完成を招いてしまった。
「わぁい、完成」
「わぁい、明らかにヤッベーやつ」
ルーティーが呆れるブレストアーマーは、彼女の識別魔法の情報開示を一切否定。
見せられないよ! との一文が表示されるのみだ。
「ああだ、こうだ言われる前にエリドに渡しちゃおう」
「そうですね。例の件は忘れないように」
「うぐっ……分かってるよ」
「ぐへへ、どうしちゃおうかしら」
これ以上ない邪悪な顔を見せるルーティーは、何度も言うようだが聖職者である。
正義と公平の女神ライバーは、そろそろ行動を起こすべきである。
作業着から水色のドレスに着替え、出来上がった神秘的なブレストアーマーを昨日使用した籠に入れて運ぶ。
そして、外に出た途端、籠の中から天に向かって一直線に伸びる光線。
日の光に当てられ、胸鎧が張り切ってしまったのだ。
「おわぁぁぁぁぁっ!? めっちゃ輝いてるっ!」
「ふ、蓋っ! はわわっ、どこにも無いわっ!」
これは拙い、とナナシたちは慌てて自室に引き返した。
「これじゃあ、運ぶこともできない」
「目立ちすぎますね。何かを塗って光らないようにします?」
「おぉ、ナイスなアイデア」
それならば、とナナシは厨房から炭を持ってきた。それを砕き、水で溶いて炭水を作り、丁寧に捏ねる。
そうして出来上がった炭水玉をブレストアーマーに塗しコーティング。
派手な色合いは落ち着きを獲得し、上品な色へと変化を果たす。
また、その過程で強い殺菌能力と防臭性能が追加されることになった。
「お~、渋い色合いになった。格好いい」
「大人の色になりましたね。これなら大丈夫でしょう」
ブレストアーマーも、化粧を施してもらった、と喜んでいるもよう。
ようやく、外に持ち運べるようになったので、急ぎ噴水広場へと向かう。
そこにエリドがいるとは限らないのにだ。
「居ないっ!」
「居ませんね」
ぼへっと佇む情けない乙女たち。
そこを偶然にも通りかかったのは、大衆食堂ひらや亭のマスター、ウラザンだ。
どうやら、散歩のついでに、不足していた食材を購入していたもよう。
その逞しい腕の中には、たんまりと食材が詰まった麻袋の姿が。
「うん? おや、ルーティーさんに、いつかのドワーフさんも。こんなところに突っ立って、どうしたんだい?」
「あっ、ウラザンさん。実は……」
ルーティーは、エリドを探している事をウラザンに伝えた。
すると、彼はエリドの住居を知っているようで。
「彼は東区の【メルドット荘】の一階三号室に住んでいるよ」
「随分と詳しいんですね?」
「彼が店で酔い潰れてね。その際に運んであげたのさ。俺の自宅も東区だからね」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「ありがとうっ」
ウラザンにお礼を言ったナナシたちは、情報を頼りにエリドの住居を探す。
東区は非常に民家が密集しており、且つ乱雑に建てられたため、まるで迷宮のような複雑さを感じさせた。
教わった通りでは中々、メルドット荘には辿り着けず、途中で道行く人々に道を訪ねながらもようやく目的地へと辿り着く。
メルドット荘は二階建てのアパートだ。
お世辞にも良物件ではなく、オンボロで、そこに暮らす人々も全員が訳ありの者たちばかりだ。
「うわぁ……」
「うげぇ……」
乙女二人は今にも倒壊しそうなアパートを見て、本当にこんなところに人が住んでいるのかと目を疑う。
アパートの隅には決して開いてはいけない異臭を放つ麻袋の山。
何かの間違いでは、とアパートの看板を見るが、そこにはメルドット荘としっかりと書かれていた。
「マジかよ。本当にここにエリドが住んでるのか?」
「ウラザンさんが嘘を言うとは思えません。一応、尋ねてみましょう」
鼻を摘まみながらアパートの敷地内に足を踏み入れる。
乙女たちは、それだけで純潔が穢された感じを覚える。
「ごめんくだひゃい」
鼻を摘まんでいるので、情けない声になる。
ナナシが、ドンドンとドアを叩くと少しの間を置いてドアが開いた。
「ふぁ~い、金は借りた覚えはないぞ~」
「―――っ!?」
出てきたのは間違いなくエリド。
しかし、彼は下着姿。しかも上半身は裸だった。
これに、ナナシはツインテールを逆立たせ、顔を真っ赤にした挙句に頭から煙を昇らせる。
遂にはピーっと悲鳴を上げて卒倒してしまった。
「ちょーっ!? なんて格好をしているんですかっ!?」
「え? あ? はぁっ!? なんで、ナナシちゃんが俺んちを知ってんだっ!?」
今度はエリドが、ぎゃおぉぉぉぉぉぉっ、と悲鳴を上げる。
混乱は混沌を招き、収拾が付きそうにもなくなったことを理解したルーティーは、取り敢えず卒倒したナナシと、パニックになっているエリドを彼の自宅へと押し込んだ。
バタン、と音を立てて閉まるドアは波乱の前触れか。




