12話 ドワーフ娘と魔物との戦い
「来いっ!」
エリドはまずイリュージアを挑発、敵意を引き付ける試みを行う。
言葉の意味は一切分からないであろう獣はしかし、彼の闘志と殺気を感じ取り、まずは優先して仕留める個体はこいつである、と認識した。
それは他の個体からは、強さ、いわゆる脅威性を感じなかったからだ。
見た目の鈍重さからは予想もつかない機敏な動き。
四本の足から繰り出す踏み込みは、一般人ではどうしようもできない。
「はっ!」
飛び掛かってくる巨体。
だがエリドはあろうことか、その巨体に掌底突きを決める。
吹っ飛ぶのは質量に劣るエリドの方だろう。
しかし、その予想は覆され、巨大トカゲのイリュージアが唾液を撒き散らしながら大きくふっ飛ばされた。
「―――っ」
この衝撃の結果に、代償は付き物だ。
掌底突きを当てた左腕が痺れて使いものにならなくなる。
だが、エリドにとって、これは想定内。
「今の内に離れて! 俺の傍にいられると戦い難いっ!」
「分かった!」
「は、はいっ!」
エリドは腰を落とし、愛剣を構える。
元から片手剣のそれは、利き腕さえ使えれば問題はなかった。
「さて……【圧】のスキルは暫く使えない。これで警戒してくれれば御の字だけど」
何が起こったか理解できないトカゲは、怒りを募らせ威嚇してきた。
僅かな時間だが、お互いに時間が生まれる。
しかし、これはイリュージアにとって苦肉の策。
このトカゲ、脳を揺らされてまともに歩けない。
しかし、エリドはこの最大のチャンスに気付かない。
互いに状態が整うまで見合う形となった。
さて、エリドが放った掌底突きのカラクリだが、彼は【圧】を操る能力を持っている。
これはナナシ同様の特別な能力だ。
その能力を用いて、先ほどは空気を圧縮し、イリュージアとの間で爆発させて、あの巨体をふっ飛ばしたのだ。
爆風から身を護ったのも、空気を圧縮して作り出した見えない盾。
ただし、この能力は強力な分、エネルギーとなる体力を大きく消耗する。
したがって連発すれば自滅という可能性も見えてくるのだ。
「(【圧】は使えて、あと一回くらいか? それまでに仕留め切れればいいが)」
エリドの視線はイリュージアの喉。
そこは鱗に覆われていない、イリュージアの弱点。
しかし、それを突くには巨大な目玉の視界を掻い潜る必要がある。
大きな口から、べろりと出てくる舌。
それを見た瞬間、エリドは横っ飛びをした。
猛スピードで通り過ぎる何かは、ねっとりとした雫を撒き散らしながら主の下へと帰る。
「くそっ、やっぱり出してきやがった」
イリュージアの武器はその巨体と視界の広さ、そして頑強な鱗だけではない。
非常に長く、銅の武具くらいなら簡単に貫く舌もだ。
ゆらゆら、と舌を振りながら、エリドを貫くタイミングを計るイリュージア。
対するエリドも、すぐさま立ち上がり舌に備える。
ビリビリとした空気にルーティーは身体が固まり、どうすることもできない。
例え動けたとしても、戦闘の経験がない彼女にできることは少ないが。
だが、もう一人は違った。
自分の特殊能力をフル活用し、何かを企てている。
「ふんっ、ふんっ」
ナナシが捏ねているのは泥水だ。
彼女が捏ねれば、それはたちまちの内に固体化する。
籠に入れていた物を更に捏ねているのだが、果たして何に使うつもりか。
それを四つほど用意し、内二つをルーティーに手渡す。
「ルーティーさん、こいつをあのトカゲにぶつけるんだっ!」
「えっ? えっ? こ、これをですかっ?」
「うん、ぶつけさえしてくれれば、あとはこいつがなんとかするって!」
ルーティーは頷き、泥水の玉をぶつけるタイミングを窺った。
何度も捏ねた末の不思議な現象を垣間見れば、疑うという行為は愚かな事だと学習する。
更にナナシは鉄草を捏ねる。
あまりやり過ぎは良くない、と言われているので速度を重視して数回捏ねて鉄草玉を作り上げた。
それを棒状にする。先はとがらせ完成を宣言。
「完成っ」
簡単に作った分、形が整うまでに掛った時間は僅か十秒。
鉄草製の棒手裏剣が六本完成する。
「これで、援護くらいはできるっ! 頼むぞ、鉄草っ!」
鉄草の棒手裏剣は、ほのかに輝き期待に応えんとした。
互いに攻撃のタイミングを計る三人と一匹。
エリドの最初の掌底突きが功を奏しているのか、積極的に攻撃をしてこないイリュージア。
この時間経過はエリドの左腕の痺れを癒す。
しかし、それはイリュージアの脳の揺れをも癒す結果になった。
踏ん張りが利くようになった巨大トカゲは、先ほどまでとは打って変わり、積極的に攻撃を仕掛けてくるようになった。
体当りと長い舌を織り交ぜた、人間には叶わない攻撃方法。
予想外の角度から槍のごとき舌が襲い掛かってくる。
「っ!」
タイミングが遅れた、そう認識したエリドは咄嗟に左腕を捨ててガードを試みる。
これで防げれば御の字、ただし、左腕はもう使い物にならなくなるだろうが、と予想。
しかし、悲鳴を上げたのはイリュージアの方。
その長い舌に突き刺さる無数の針のような物が確認できる。
「っだぁぁぁぁぁっ! 纏めて投げちまった!」
六本作った鉄草の棒手裏剣。ナナシは、その全てを一度の投擲で放ってしまったのだ。
結果としては内、三本が命中。他は地面に突き刺さる結果となる。
だが、成果としては上出来を通り越した大成功だろう。
ナナシは別に投擲が得意というわけではない。
当たれば御の字、といった程度の腕前だ。
棒手裏剣がしっかりと刺さった理由は、棒手裏剣の素材となった鉄草が頑張って軌道修正を行ったからである。
「助かった!」
エリドはお返しとばかりに、イリュージアの片足を斬り付け負傷させた。
巨大なトカゲにとって、身体を支える四本の足は生命線だ。その内の左前脚が不自由になったことは、戦闘能力が著しく低下することを意味する。
だが、イリュージアは身体を傷つけられた怒りで痛みに鈍感になり、先ほどとは比べ物にならない暴れっぷりを見せつけた。
舌で地面を砕き、後ろ脚で大きく跳躍し、エリドたちを押し潰さんと躍起になる。
「む、無茶苦茶だろっ!?」
「ひぃぃぃぃっ、お、おたすけ~っ!」
ナナシとルーティーは巻き込まれないように遠くへ避難。
エリドは、なんとかイリュージアの猛攻を引き付けつつ機会を狙った。
「(この巨体なら、もうすぐ体力も尽きるはず……その時が決着の時だ!)」
辛抱強くイリュージアの攻撃を凌ぐエリド。
その時、巨大トカゲがぐらりと傾いた。
怒りで痛みに鈍くなったとはいえ、肉体の方はそうではない。
酷く暴れたことによって、左前脚の負傷が悪化。
その結果、イリュージアは左前のめりに転倒してしまった。
「もらった!」
ここが勝機。エリドは踏み込む。
狙うは巨大トカゲの鱗に覆われていない部分。
一撃必殺となる喉だ。
しかし、イリュージアにはまだ、舌という武器が残っていた。
当然それで迎え撃とうとする。
そこに飛来する何か。
「ギッ!?」
本来、イリュージアは景色に溶け込み、獲物をジッと待って舌で捕らえる、という狩りを行い暮らしている。
それには鳥や、砂トビウオという砂漠を泳ぐトビウオも含まれる。
したがって、飛行物体には無条件で舌を伸ばしてしまうのだ。
それを知ってか知らずしてか、ナナシはルーティーに合図して、泥水玉を一斉に巨大トカゲに投げつけたのである。
飛来する泥水玉を本能から舌で絡め取るイリュージア。泥水玉は収容された口の中で炸裂。
どろりとした粘着性の泥で、巨大トカゲの舌の自由を奪ってしまった。
本来は、イリュージアの身体にぶつけて自由を奪うつもりだったのだが、結果的にはもっと良い方向に傾いた形だ。
「エリドっ!」
「おうっ! でやぁっ!」
会心の一振り。
最大のチャンスをものにしたエリドは見事、イリュージアの喉を切り裂いた。
喉から吹き出る紫色の血液。
しかし、喉を切り裂いたからといって、すぐさま絶命するわけではない。
巨大トカゲの最後の悪足掻きが始まった。
絶命まで暴れ狂い、怨敵を道連れにしよう、とのた打ち回る。
「おっぶぁっ!?」
その際に大量の血液が撒き散らされ、飛び散ってきたそれの直撃を受けたルーティーは紫色に染まり美人台無しとなった。
これにはナナシもドン引きである。
「ナナシちゃんっ! ルーティーさんっ! こっちに!」
「お、おうっ!」
「うえぇぇんっ! 臭いぃぃぃぃっ!」
ここでエリドは納刀し、左腕を突き出す。
残しておいた切り札【圧】を使い、見えない大盾を生み出しイリュージアの悪足掻きを耐えんとする。
「ぐ……! うおぉぉっ!」
ミシミシ、と見えない盾、そして左腕が軋む。
耐えきれなくなって片膝を突くエリドだが、その際にナナシを胸に抱き寄せ、勇気を貰う辺り、ちゃっかりしていた。
やがて、紫色の巨大トカゲは力無く大地に伏し、ピクリとも動かなくなる。
周囲に巻き散らされた、おびただしい紫色の血液の量は致死量といえよう。
「やった……のか?」
見えない盾を解除する。
それに付着していた紫色の液体が、ばしゃりと地面に降り注いだ。
「……みたいだな」
「はぁぁぁぁぁっ、生きてるぅっ!」
ナナシ、ルーティー共に緊張がため息と共に放出された。
特にルーティーは全身がイリュージアの血液と冷や汗、その他いろいろの液体で酷いことになっていた。
しかし、誤魔化せた液体もあるので不幸中の幸いなのかもしれない。
「おぉい! いったい何事だっ!?」
「うげっ!? なんじゃこりゃっ!」
この騒ぎを聞きつけたのか、ようやく兵士たちが武器を手にして駆け付ける。
その中にはマカックとケイクもいたが、イリュージアの死体を見て表情を青褪めさせた。
「ぜぇ、ぜぇ……おっせーんだよ」
悪態を吐くエリドだったが精も根も尽き、そのまま意識を手放してしまう。
「うわわっ!?」
そんなエリドを受け止めたナナシの姿勢は偶然にも膝枕の姿勢。
これは彼の計画的な犯行であろうか。
「丁度良い、ナナシちゃん、そのままエリドの奴を介抱してやっててくれ」
「えっ?」
「俺たちは、こいつの後始末をするからさ」
ケイクはナナシにウインクを投げかけ、他の兵士と共にイリュージアの後始末を開始した。
この後始末には、何故ここにいたのか、侵入経路はどうなっているのか、も含まれる。
また、飛び散った血液も他の魔物を呼び寄せる要因となるので神聖魔法で除去する必要があった。
「ルーティー先生は……うん、厳しいな! くっさいし」
「ぐすん、ケイク君、怖かったわ~」
「おぎゃぁぁぁぁぁっ!? 抱き付かないでっ!」
ケイクを臭い仲間にして満足なルーティーであった。
エリドは額を柔らかな何かで撫でられる感触で目を覚ました。
瞼を開くと愛しい女性の顔が逆さまで飛び込んでくる。
「お? 目を覚ました」
「……え? お? へ?」
状況が分からず、混乱する自称ナンパ男。
後頭部の確かな柔らかさは太ももだと理解するのに数秒。
だが、額の柔らかな感触は実のところ手ではなく、ナナシの乳房だと理解するのに数十秒要した。
そして、それを理解した時、彼の顔はやはり真っ赤に染まり、遂に鼻血を噴き出し再度気絶。
それを三回ほど繰り返した。
「うう……頭がくらくらする」
「いや、あれだけ鼻血を出せばなぁ」
流石に四回目は無かったようだ。血が足りなくなったのだろう。
その頃には日も傾き、イリュージアも解体されてアイレーンの町に運び込まれている最中だ。
ルーティーは一足早く教会へと戻り身を清めている。
彼女の代わりに神聖魔法で魔物の血液を浄化しているのは、ルーティーの後輩で彼女と同じくAランク・シスターのエイミーだ。
「これで最後です。よろしくお願いします、エイミー先生」
「オッケー、任せてよっ」
マカックの要請を受け、夕日に照らされるエイミーは最後の血液を浄化する。
地面に滲み込んだイリュージアの血液が輝く粒子となって浮かび上がり、蒸発するかのように消えていった。
ぐい、と額の汗を手の甲で拭った赤毛の彼女は宣言する。
「は~い、これでお仕事完了ですっ」
「お疲れ様~! おっと、英雄殿も、ようやく目が覚めたか」
「茶化すなよ、ケイク」
「馬鹿言え、勲章もんだぞ?」
「受け取れるわけねぇだろ」
「またそれだ。いい加減、一つくらい受け取れ」
怠そうに返事を返すエリド。
それは面倒臭いというのもあったが、極度に体力を消耗したことによるものが大きかった。
ナナシの【捏ねる】、エリドの【圧】といった特殊能力は一人に一つ秘められている。
これらは神からの贈り物とされ、【神技】と呼称されていた。
一人に一つとされているが、誰しもが秘められた神技を呼び覚ませるか、といえばそうではない。
秘めたままで一生を終える者も少なくなく、寧ろ目覚めさせなかった方が幸せだっただろう、といわれる例すらあるのだ。
「なんだ、エリドは恥ずかしがり屋なのか?」
「どうだろうね。取り敢えずはありがとう。重かっただろ?」
「これくらい、どうってことはないさ。本当にありがとう。助かったよ」
身体を起こし、ナナシに向かい合うエリドは、改めてナナシの魅力に惹き付けられた。
その微笑に近付きたくて、彼は顔を近づける。
と、そのままナナシを押し倒す形になってしまった。
「うわっ!? エリドっ……って、熱っ!? ケ、ケイクさんっ!」
「やっべ! また熱出したのかっ! おおぃ! 手を貸してくれっ!」
何が起こっているのか理解できない。朦朧とする意識。
やがて、エリドはその手から意識がするり、と抜け落ちてしまったことを認識し、闇の中へと落ちてゆく感覚を漠然と感じつつ瞼を閉じる。
ナナシの悲鳴を聞きつけたケイクと門兵たちは急ぎ、銀の英雄を門兵の詰め所に運び、簡素なベッドに横たわらせた。
そこに丁度、シスター・エイミーが顔を覗かせたので神聖魔法による治療を依頼。
エイミーの神聖魔法により一応は容体が安定するが、まだ予断は許さない、という診察結果も告げられる。
「なんだか、大事になっちゃったなぁ」
こうして、ナナシの初となる本格的な魔物との戦いは終了する。
結果的には魔物に勝利したものの、どちらかというと痛み分けというべきか。
その日はナナシも詰所に泊まり、エリドの看病をしたという。
もちろん、責任を感じての行動であり他意は無い。




