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相談



「こうして直に話すのは本当に久しぶりだ。前に顔を合わせたのはリーゼとの喧嘩の時か?」


「多分そうだね。帝都中を大混乱にしてくれたあの時以来だね。」



シャリア・ブラウバルド帝国軍飛行猟兵中佐と皇帝エルヴィア・デュークフォル・ヴァンセスは、とある事件の回想に入った。




『帝都騒乱事件』


それはサクラハマ軍港から試験航海に出発した新型戦艦にて反乱が発生した所から始まる。


反乱グループは帝国内にあるいくつかの自治国及び自治区の独立をサクラハマ鎮守府に対して無線にて要求。しかし法外な金銭の要求や指定された自治国内の反政府勢力の動向を鑑み、独立の要求は建前で単なる金目当ての行動ではないかと思われた。


だが帝都の目と鼻の先にて発生した大不祥事に海軍上層部は大慌てとなり、付近の艦隊や航空隊に動員をかけると同時に、偶々休暇中で帝都に居たシャリア中佐にも反乱鎮圧への協力を要請した。


ところが要請を受諾したシャリアは泥酔したまま出動した挙句に、砲撃魔法によって戦艦の艦橋と後部砲塔を跡形もなく消し飛ばしてしまう。


その光景を目にした海軍将校の幾人かはその場で卒倒したそうだ。


幸いにも反乱に参加していなかった乗組員達は甲板より下部の倉庫に拘束されていたため、犠牲者は反乱を起こした者たちだけで済んだ。


だが彼女の行動が問題視されない筈が無く、翌日にはリーゼ近衛憲兵庁長官が近衛憲兵と軍の憲兵隊を引き連れて登場。


しかし査問委員会の開始直前にリーゼ近衛長官とシャリア中佐の言い争いが始まり、やがて其れは銃弾と魔法を撃ち合う闘争へと発展した。


帝都の上空でいくつもの爆炎が吹き出し、時折血しぶきと銃声も降り注ぐまさに死合いと呼ぶべき光景により、反乱の余波を警戒していた内務省は緊急事態と誤認して戒厳令を発令。


帝都近郊に駐屯する陸軍のみならず海軍のサクラハマ鎮守府陸戦隊までも誤って治安出動する大騒ぎとなった。



「拳骨を食らった上に減給や謹慎処分も甘んじて受けたんだから、蒸し返さなくてもいいじゃないか。いつまでも過去に拘ると嫁の貰い手が出来ないぞ、エルヴィア皇帝よ。」


「あっさりと片付けられないでしょうが。それと一国の君主が嫁に行くなんて簡単に出来る筈が無いし、というかそんな話が持ち上がったらリーゼがまたブチ切れるよ。」


「はっはっはっ‼︎ 違いない! 吸血鬼の中でも異端なのにリーゼ長官という恋敵も居るなら、皇帝を孕ませようなどと思う雄は何処にも居ないなっ。」


「仮にも女性がそんな下品な言い方しない。それに吸血鬼として異端なのはシャリアもでしょ。」


「まぁ良い。それで、休養の為に戦場から帝都へと戻った一介の指揮官を呼び出して、一体何のご用件があるのでしょうか?」



雑談もそこそこにと、シャリア中佐は本題に入るよう促した。



「聞いているだろうけど、視察団の話だよ。」



にやけた表情から一変して、シャリアは真面目な顔になった。



「皇帝が言っていた『記憶の世界』への視察か?」


「日本と地球世界の基礎情報はもう知ってるね?」



対日外交に充てられる職員や視察団の候補者には、日本を含む主要国の基本データが纏められた冊子が配布され、徹底的に頭に叩き込むよう指示されていた。



「視察について話す前に、率直に聞く。シャリアはボクの対日方針に反対?」


「・・・・・・」



暫しの沈黙が続く。



「・・・敵に回すのを避けたいというのは理解できる。だが厚遇が過ぎるのではないか?」


本来であれば皇帝が、軍の現場指揮官に過ぎない唯の中佐に意見を求めるなど、通常であれば考えられないだろう。


しかしシャリア・ブラウバルドは二重の意味で特別だった。


それは先ず肩書きを抜きにして皇帝エルヴィアと話せる仲であること。そして日本が帝国にとって逆らい難い存在であるのかを見極める要員として、軍部が選出した人物であることだ。


シャリアは個人で強力な戦闘単位であると同時に前線指揮官だ。加えて戦略レベルでの分析判断にも長けている有能な将校でもある。


軍人としての能力だけを基準とした場合であっても、シャリアが選ばれてもおかしくないほどだ。


しかし彼女は実年齢はともかく、その見た目は幼女としか言えない。初対面の相手に警戒心を抱かせない容姿ならば、日本側との会話で油断させやすいと参謀本部あたりが考えたのだろう。


確かにジェットコースターの身長制限に引っかかっても納得してしまう女児を警戒しろと言われても、理解に苦しむだろう。


尤も彼女が戦場で敵兵の血肉を貪る姿を見たら恐怖するだろうが。



「日本にはね、防波堤の役割をさせたいの。」


「防波堤?」



実務者協議に臨んだメンバーにも協議前に注意した事を改めて話す。



「日本は少なくとも国として、別の国の戦争や紛争に首を突っ込みたくはない筈だよ。」


「・・・敗戦による軍事アレルギーか?」


「そう言えなくもないか。ともかく日本の自衛隊の創設過程や政治の動きを知れば、自衛隊の武力行使が政治的に難しいのは分かるでしょ?」


「理解に苦しむがな。」


「だから日本が政治目的を遂げる為に軍事的威圧を仕掛けてくることは考えづらい。そんな事が明るみに出れば政権が揺らぎかねないからね。」



どういう理由かは分からないが、今の地球世界は日本人としてのボクが死んだ頃から然程時間が経ってない。


此方の世界で軽く半世紀以上は過ごした筈なのに、向こうでは3年程しか経過していないのだ。微かに残る日本での一般市民としての感覚はまだ参考になる。



「日本よりも、日本を囲む国々による干渉の方が帝国にとって脅威だと認識してほしい。ただし、日本が他の国に比べて内政干渉とかを露骨に仕掛けて来ないだろうからマシなだけで、日本を善人として扱えとは捉えないでね。油断すればあっという間に喰われるよ。」



日本だって国益追求の為に手を尽くすだろう。それが帝国にとって不利益となる場合だって当然ある。


日本贔屓をするつもりではあるが、許容範囲を超える損失を帝国にもたらす気は無い。



「その点を踏まえた上で、日本にはある程度の甘い蜜を味あわせて利権の独占を促す。それによって日本と他国が手を組む動きを抑制させ、こっちに進出を図る際の足枷とさせるのが防波堤と言った理由だよ。」



シャリアは暫し考え込んだ。



「・・・・一理あるな。まぁ私は一介の軍人だ。政府の決定に口を出すのは本来の姿ではない。皇帝の決定が合理性のあるものとして実行されるなら、それに従うまでだ。」


「・・・そう。ありがと。」



シャリアとの会話を終え、日本視察についての確認が始まった。



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