一線は越えさせない
「証拠? そんなもん必要ないね」
衝撃的なことを言ったのは木島さんだった。
捕まえるのであれば、絶対に必要なものだと思うんだけど。考えが読めない。
「……木島さん?」
村田さんは、これからされることが分かったのだろうか。怯えているようで声は震えている。
後ずさると、取り囲んでいた探索者が腕を掴んで動きを止めた。逃げ場はない。
「そこにいる犯人が、お前に依頼したと言っている。それで十分なんだよ」
木島さんからものすごい圧を感じる。あの人、絶対、探索者として活動していただろ! 戦う人特有の危険な香りがぷんぷんする。
「ははっ。そんなんじゃ、裁判じゃ勝てませんよ? それとも自白でもさせますか? 俺は絶対に黙秘を貫きますけどねッ!」
顔色が悪くなった村田さんは必死に叫んでいる。
負けが確定しているのに認めたくないような、そんな必死さを感じた。
ユミを巻き込んで襲ってきたから許すつもりはないけど、人が終わっていく姿を見るのは悲しい。
「裁判? お前は何を言っているんだい?」
木島さんが一歩前に進むと、村田さんは逃げようとする。
でも、探索者に捕まって失敗してしまった。
「ラルクノアを盗み独占するだけじゃなく、焼き払おうとした者を法で裁いてもらえると思わないことだよ」
若返りの効能すらある万能薬の材料は、世界中の金持ち、政治家、いや全人類が欲している。
なのに供給は、ほぼゼロだったのだ。ようやく見つけた群生地を焼こうなんてする人が出てきたら、それは牢獄行きだけじゃ許されないよね。
生ぬるい罰じゃ、模倣犯が出るかもしれない。
見せしめとして酷い終わり方をさせるつもりなんだろう。噂という形で出回るだけでも、かなりの抑止力になるだろうしね。
これ以上は、もういいや。結末も想像できたことだし、もうこの場から離れてもいいよね。
俺はユミに当ててた手を外す。
「山小屋に戻ろう」
「マスター、よろしいのですか?」
「村田さんがどうなろうが、興味ないからね」
仮にこれから死ぬとしても、俺の人生になんら影響はない。むしろ好転するぐらいだ。
会話を聞いている限り、木島さんは絶対に許さないだろうから、適切に処理をするはず。全てを任せればいいので、もう村田さんについて考える必要はない。
そう言った意味で、既に興味は失せていた。
「天宮ぁぁぁッッ! 失敗した俺を嘲笑っているのかッ! お前だけは許せない!」
先ほどの発言が気に入らなかったようで、村田さんが名前を呼んだ。
振り返ると手にいくつか手榴弾らしきものがあった。服のポケットをマジックバッグ化させていたのかな。
コン、と音がして手榴弾が地面に転がった。
探索者たちは遠くに投げようとして村田さんから手を離し、知晴さんは木島さんに覆い被さって守ろうとしている。
そんな中、俺に向かってくる男が1人いた。
「殺してやる!!」
どうして俺を狙うんだ?
木島さんや知晴さんの方が憎いんじゃないの……?
もしかして倒しやすそうだから襲われているだけ!?
俺の考えがあっているなら、どうしようもないほど性根が腐った男だね。ユミの教育に悪いから早くいなくなって欲しい。マジックバッグからミスリル銀鉱石を取り出して投げつけようとしたら、目の前に淡い光を放つ青白い蝶が数え切れないほど出現した。
ユミが幽灯蝶を出現させたのだ。
人は急に止まれない。村田さんは淡く光る蝶に突っ込んでしまう。
「あばばばばばばっっ」
ドラゴンを痺れさせるほどの威力があるのだ。人間が耐えられるものじゃない。
目や鼻、口、そして股間辺りから大量の液体を出すと、力が抜けたように倒れてしまった。幽灯蝶が消えても手足は痙攣していて、立ち上がるどころか話すことすら不可能だ。
村田さんが倒れてから遠くで爆発音が聞こえた。
探索者は無事に、手榴弾を安全圏まで飛ばしてくれたようだ。助かったよ。
「マスターを狙った罪は、万死に値します」
怒りによってユミは冷静さを失ったようだ。
手を前に出して攻撃しようとしたので、俺はそっと抱きしめる。
「それ以上はダメだよ」
「マスター?」
「もういいんだ。全て終わったから」
普通の少女として育って欲しいから、一線を越えさせるわけにはいかない。
スキルを持つ人間以上の力があるからこそ、使い方は慎重にしなきゃいけないんだ。
「マスターは、あの男を許すんですか?」
首を横に振った。
ユミを巻き込んだことを許すなんて絶対にしない。
「けどね、俺たちの手を汚すほどの価値はない」
大切なものを守るため、怒りを抑えてほしい。どうせ村田さんの結末は変わらないんだから、感情のまま動くのではなく、理性を働かせてくれ。
そう言った願いを込めて言ったんだ。
「…………マスターが、そう言うなら従います」
完全には納得してないようだけど、それでもいい。ちゃんと自分をコントロールできたんだから。
体を離すと頭を一撫でしておく。
目を細めて嬉しそうにしてくれた。
俺はこの顔が見たくて頑張ってるんだ。やっぱり村田さんを攻撃させないで正解だったよ。
「あれが天宮の使役する精霊ねぇ。素晴らしい力じゃないか」
木島さんが値踏みするような視線でユミを見てきたので背に隠した。
ギルド長に能力を見られたのは失敗だったかもしれない。万が一でも人工精霊だとバレたら、何を言われるかわからない。
警戒していると、知晴さんが間に入ってくれた。
「天宮裕真は私の右腕です。取られると困ります」
「わかっておる。奪いはしないよ」
木島さんは俺たちへの興味を失ったようで、痙攣したままの村田さんに近づいた。
「こいつの処分は、私の方で好きにさせてもらうからね」
「お任せします」
知晴さんが頭を下げると、木島さんは探索者たちに命令をして村田さんをヘリコプターへ持って行ってしまった。
「ラルクノアは任せたよ」
「探索者ギルドとは予定どおりに話を進めています。ご安心ください」
「うむ」
満足したようで、木島さんはヘリコプターに乗る。
プロペラが回ると風が強くなり、宙に浮く。見守っていると東京方面へ飛んで行ってしまう。
風で乱れた髪を直しながら、知晴さんにこれからの計画を聞こうとした。





